僕のトラック転生を天使が邪魔してくる件

shinobu | 偲 凪生

 ぶぉぉぉぉお!


 横断歩道を渡ろうとしたら、右側から、ありえないスピードでトラックが突っ込んできた。

 顔を向けると真っ青な表情の運転手。ブレーキが壊れたのか、必死にハンドルを切って僕を避けようとしているけれど、もう遅い。


 僕は全身でトラックを受け止めようと横断歩道の途中で立ち止まり、両手を広げて目を閉じた。


「さぁ、いざゆかん! Fly away!」


 次の瞬間、全身がバラバラになる衝撃を感じて意識が途絶え――




 る、はずだったのに。




 ぱこぉんっ! ……きらーん。


 トラックは何かに吹っ飛ばされて、空の彼方へ消えて行った。


「ふぅ。危機一髪でしたねぇ」


 鈴の音のような声が頭上から響いた。

 はらはらと舞い落ちてくる、輝く羽根……。


「くそっ、またお前か! どうして僕の邪魔をするんだよ!」


 見上げると、金髪碧眼美少女が微笑んでいた。

 なお、白いワンピースはひらひらと揺れているが、スカートの中が見えたことはない。


「わたしの使命だからですよぅ」


 美少女の背中からは大きな翼が生えている。

 いわゆる『天使』ってやつ、らしい。


 ふわぁっ。

 天使がアスファルトに降り立った。


「山田太郎さん。何度も申し上げますが、あな たを異世界で転生させる訳にはいきません」


 ぷぅっと頬を膨らませる仕草はまるで幼女のようだが、こいつは何百年も生きているそうなので、ジャンル的には多分ロリババアってやつだ。知らんけど。


 天使の見た目は身長も低めで童顔。なのに出るべきところがしっかりと出ている点で直視できず、僕は視線を逸らした。


「……異世界の神は僕を転生させたがってるんだろう? 僕だって異世界で無双したいし、当事者同士の利害は一致しているんだ」

「少し違います。あちらの世界に神は複数おられます。あなたを招いているのは限られた神のみ。わたしがお仕えしているのは、あなたの転生をなんとしてでも阻止したい派閥に所属する神ですぅ」


 つまり僕は異世界の神々のなかで政治利用されているらしい。

 くそっ。


「こんなところじゃなんですから、歩道へ移動しましょうかぁ」


 間延びした声で天使は提案してきた。

 天使の言う通り、トラックに轢かれないのであれば横断歩道の真ん中に留まる理由はない。


 ~ここから回想~


 僕の名前は山田太郎。

 こんな時代においては珍しい名前となってしまったが、本名である。

 就職活動に失敗した現在はフリーターをしている。

 両親だけでなく兄姉が全員公務員なのもあって、気まずさから実家を出た。今は六畳一間の木造アパートで細々と暮らしている。

 そんな僕が天啓を受けたのは2週間前のことだった。

 薄っぺらい布団のなかで惰眠を貪っていると、いきなり、窓から後光が差したのだ。


『山田太郎。山田太郎。今すぐトラックに轢かれるのじゃ』


「なななな、なんだっ!?」


 慌てて飛び起きると枕元には白髪の老人が立っていた。真っ白な服を着ていて、ゲームで目にするような神様っぽい見た目に、僕は直感する。神だ。神のお告げだ、これは。


『さすれば神の力でお前を異世界にて転生させよう。異世界でのお前は、最強。人間を超えた存在。世界を統べることのできる力を持っているのじゃ』


 流石にいきなりトラックに轢かれろと言われたときは度肝を抜いたが、次の言葉に、眠気はどこかへ吹き飛んでしまっていた。

 最強?

 人間を超えた存在?

 世界を統べることのできる力? マジで?


『山田太郎よ。異世界でお前を待っておるぞ……』


 きらきら……と光が降り注ぐようにして、神は消えた。


「うぉぉぉおお!」


 寝ぐせもそのまま、スウェットのまま。サンダルに足を突っ込んで僕はアパートを飛び出した。階段を駆け下りる。

 もし僕の頭がおかしくなって見えた幻覚だったとしても、悔いはない。

 だって、この世界に未練なんてひとつもない。

 どうせなら異世界で最強になりたい。せっかくなら、無双してみたい。


 僕は目についた横断歩道へと走った。

 タイミングよく、猛スピードでトラックが突っ込んでくる。


「待ってろ、異世界ーっ!」


 横断歩道へダイブしようとしたそのとき。


「だめですぅ!」


 かわいらしい声と共に、何かが僕の目の前に現れた。


「転生トラック、成敗っ!」


 どごぉっ。

 何者かはこともあろうに、トラックのフロントをぶん殴った。何者? 少女? いや、翼が生えている……?

 小さな体に見合わぬ力が秘められているのか、トラックはそのまま吹っ飛んでいった。は?


「……は?」


 ぱたぱたと翼を動かしながら、少女が僕の前に立った。

 翼……。


「天使……?」


 にこっ、と少女が微笑むと、背景に花が咲いた。お前の存在は少女マンガか。


「はじめまして、山田太郎さん。わたしはあなたの異世界転生を阻止するためにやってきた神の遣いです」


 ~回想終了~


「あれから! 毎回毎回っ! っていうかどうして物理で対応するんだ?! 天使なら天使らしく魔法とか使ってトラックを何とかすればいいだろうが!!」


 たとえば、バイトへ行く途中。

 たとえば、友人との飲み帰り。

 

 ことあるごとに転生トラックは僕の目の前に現れるのだが、天使は、すべてのトラックを空に吹っ飛ばしてくれやがる。拳で。

 おかげですべての危機一髪は回避されてしまっていた。


「この世界で魔法なんか使ったら、世界の理が崩れちゃいますからぁ」


 間延びした声で天使が言った。


「太郎さんは、絶対に異世界で転生させませんっ☆」

「はぁあ……」


 思わず脱力してしまう。 


「他に仕事はないのかよ。僕のストーカー以外にもやることがあるだろ」

「わたしの今の業務は、太郎さんのストーキングですぅ」


 あ、認めやがった。

 ストーカーねぇ……。

 非モテの僕としては、これが普通の人間だったらちょっとうれしいかもしれない。何せ見た目は美少女も美少女。一万年にひとりの美少女ってキャッチコピーでアイドルデビューできそうなのだ。

 しかし天使。しかも、僕以外には見えないらしい。そりゃそうか。


「24時間営業か。お前の上司はブラックだな」

「転生トラックが太郎さんを諦めない限り、わたしは太郎さんを見守り続けます……」


 発言内容はさておき、天使が天使らしく両手を胸の前で組んだ。


「分かった分かった。今日のとこは諦めるから、お前もどっか行け」

「はぁい。また転生トラックが来たら、ぶっ飛ばしますね」


 翼をはためかせながら、天使は上空へと消えていった。

 ひらひらと降ってくる羽根も、手にすればふわっと消える。やっぱり、あいつは本物の天使らしい。




   ★




「らっしゃいぁせー」


 閑散としている真夜中のコンビニは、僕の職場だ。

 あくびをかみ殺しながら耐える。


 今日も天使に異世界転生を邪魔された。このまま僕は神からのスカウトを蹴り続けて一生を無駄に終えてしまうのだろうか。せっかく目の前にやり直せるチャンスがあるっていうのに、それでいいのだろうか。


「お仕事お疲れさまですぅ、太郎さん」

「はっ!?」


 レジに現れたのは、昼間、僕を邪魔してきた天使だった。

 しかし翼がない。金髪碧眼の、ただの美少女だ。


「ど、どうしたんだよ」

「実は太郎さんからの指摘を受けて、上司がお休みをくれたんですっ」


 天使がポシェットから2枚の紙きれを取り出した。


「太郎さんも明日はお休みですよね? 一緒に動物園へ行きませんかぁ?」


 それ、休みっていうのか?

 こいつ、やりがいを搾取されていないだろうか。ちょっと心配になってきたぞ。


「まぁ、予定はないからいいけど……お前、そうやって翼をしまえる? んだな」

「はい。こうすれば普通の人間にも見えるようになりますぅ」

「なるほど。だけど、僕と歩いてたら、僕が未成年者誘拐の疑いで捕まりそうな気がする」

「分かりました。明日はちょっと成長した見た目でお迎えに上がりますね~」

「ちょっと成長した見た目」


 なんだそれ。




  ★




 そして、翌日12時。アパートのインターホンが鳴った。


「おはようございます、太郎さん♪」

「ヴァッ」


 天使は予告通り、「ちょっと成長した」見た目……推定18歳くらい……で現れた。

 白いワンピースではなくて、普通の服を着ている。上は、両肩が出ていてなんかひらひらしているやつ。スカートもひらひらしている、柄がなんかかわいいやつだ。全体的にライトグリーン。


「ペールグリーンっていうんですよぉ」

「お前、心が読めるのか」

「全部声に出てました。ふふっ」


 ……なんたる失態。


「さて、行きましょうか! 転生トラックはすべて対処しますので、ご安心ください」

「あ、あぁ」


 これはこれで新鮮であるが、いろいろと目のやり場に困る。




「1日乗車券にしましょう! あとでタピオカも飲みに行きたいんですっ」

「分かった分かった。合わせるから、そんなにはしゃぐな」


 道端でも地下鉄の車内でも、天使はひときわ周りの目を惹いた。

 外国人観光客も増えたけれどここまでの美少女は珍しい。当然、隣にいる僕の不審さも際立つ訳で、なんだかいたたまれない。

 一応持ってる服の中でいちばんマトモなやつを選んだつもりだけど見劣りする。そりゃ当然か。

 しかも動物園の入り口についた途端、見知らぬ人から天使の写真を撮らせてほしいって頼まれた。もちろん丁重に断った。


「行きましょうか」


 青空に 天使の笑顔が よく映える(季語なし)。


「キリン! 首がながーい!」

「あっ、あれがイケメンと名高いチンパンジーですね」

「ワニ……ワニ……」

「コアラってほんとにかわいいですねぇ」


 子どものように天使ははしゃいだ。

 常に僕の5歩くらい先を歩いている。振り返っては、進行方向を指差す。


「あれに乗ってみたいです」

「……マジか」


 天使が所望したのは、大きな池の、動物型ボート。

 (どこから出てるかは不明だが)費用はすべて天使持ちなので、僕に拒否権はない。


「コアラ号でいいですか?」

「好きにしてくれ」


 家族連れやカップルに混じって、僕たちはボートに乗り込んだ。

 敢えて離れて歩いていたのに、天使と隣同士に座らざるを得ない。せめて体が触れ合わないように、僕は扉に体を預けるように体勢を調整する。


 ふぁさぁっ。風が抜けていく。

 意外と広い池だ。


「わたしが運転しますね!」

「はいはい」


 ゆっくりとボートが水面を進んでいく。園内を歩いていたときは騒々しかったけれど、池の上は流石に静かだ。なんなら気持ちいいくらいだ。


「楽しいですねぇ」

「……」

「この世界も、なかなか悪くないと思いますよ」


 いつもの能天気な口調と違った。

 僕は、天使の横顔を盗み見る。何百年も生きているのが分かるような、どこか達観した表情だった。


 どきん。


 ……ん?

 何だ、今の。


「太郎さん」

「ん?」


 不意に天使が僕へ顔を向けた。

 エメラルドグリーンの瞳を初めてちゃんと見たけれど、まるで宝石みたいにきらきら輝いている。


「わたし……太郎さんのことを……」


 待て待て待て待て。このシチュエーションは、明らかに告白の流れでは!?

 動機がしてくる。体温も上がってきた。喉が急にからからに渇いてきた気がする。


 天使の瞳が、潤んだ。




「……絶対に、転生させませんから」




 がこっ。

 僕はフロントへ盛大に頭を打ちつけた。


「た、太郎さんっ!?」

「そうだよな……。お前はそういう奴だったよ……」


 地味に痛い。若干涙目になりつつ、僕は顔を上げる。

 だからモテないのだと、しみじみ思うのだった……。




  ★




「一番人気のタピオカ屋さんを調べてきたんですよ。リサーチは完璧ですっ」


 動物園を後にした僕らは、繁華街へと向かった。


「タピオカタピオカって言うけど、何であんなに流行ってるんだろうな」

「それを知りたいんです。……実は、飲んだことがなくって、人間バージョンになったら絶対に食べてみたいと思ってたんですよぅ」


 えへへ、と天使がはにかむ。実にかわいい。


「いや、僕も食べたことはないから、いいんだけど」


 待て待て。僕がツンデレになってどうする。




 無事に目的の店へ到着した僕らは行列に並んだ。


 動物園以上に人の行き来が多いものの、天使の見た目は目立つらしくって、時々スマホを向けられるのを感じる。動物園と違って無許可で撮ろうとしてくるのでたちが悪い。

 その度に僕は勝手に撮られないようにスマホと天使の間に立った。


「ふふっ。いつもと逆ですね」

「……なんだよ、気づいてたのか」

「大丈夫ですよ。わたしが元の姿に戻れば、画像はすべて消えますから」


 レジが見えてきた。いよいよ僕らの番だ。


「ミルクティーで、タピオカ増量。甘さを控えめ、氷控えめにしてください」

「僕も同じので」


 ちなみにここの支払いも天使持ちである。僕にプライドはない。お金も、ない。


 タピオカミルクティーを手に、僕らは店から少し離れた壁際へ移動した。


「もちもちですね……!」


 リスのように頬を膨らませて、天使がもちもち食感を楽しむ。

 僕も遅れて、ストローを勢いよく吸った。

 ミルクティーの良し悪しは分からないが、タピオカは弾力があって、ほんのり黒糖の味がした。天使の指示通り、甘さ控えめでちょうどいい。


「へぇ。意外と美味いんだな」


 ぶんぶんと天使が首を縦に振った。


 そしてタピオカミルクティーを飲み終えた僕らは帰途についた。

 途中で転生トラックが3台くらい襲ってきたが、どれも天使が追い払った。物理で。




   ★




 天使が僕の前に現れてから、もうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。

 毎日毎日どこからともなく現れるトラックは天使がぶっ飛ばしてくれるおかげで、僕は相変わらず、しがないコンビニ店員として生活している。


 最初ほど僕も異世界へ転生して無双したいという気持ちはなくなっていた。

 だが、それがよくなかったのかもしれない。


 バイトが休みの夕方、部屋で惰眠を貪っていると、見たことのある光が視界に入ってきた。


『山田太郎。山田太郎。いい加減、トラックに轢かれるのじゃ』


 枕元には、白髪の老人こと神が立っていた。


「いや、転生したいという気持ちはやまやまなんですが、邪魔されてるんで無理です」

『お前は最強の存在になりたくないのか? 世界から求められる存在に、なりたいだろう? そうだろう?』


 若干焦っている。神が。


「僕は僕のタイミングで異世界へ転生します」


 だって、異世界へ転生してしまったら、天使とのやり取りもなくなってしまう。

 僕はいい加減に認めざるを得なかった。

 僕は、天使に恋をしてしまった。齢23にして、初恋だ。しかも相手は人外。


『くっ……! これだからゆとりは……!』

「いや、ゆとり世代じゃないんで」


 神はまだ何かを言いたげだったが、そのまま消えてしまった。


「……昼飯でも食いに行くかな」




 ――出かけたのが、まずかったのかもしれない。




「おかしいな」


 牛丼屋へ向かう道中も、トラックは現れなかった。

 こんな平穏に道を歩けるなんて珍しすぎて気味が悪い。


 そして、トラックが現れないということは、天使もやってこないということである。


「くそっ……」


 特盛牛丼を完食して若干胃が重たい。

 このままでは帰りも無事に帰れてしまいそうだ。

 太陽はもう沈んでしまって、すっかり夜だ。今晩はだらだらと動画を観ながら過ごすしかないか。


 2階建ての木造アパートがそろそろ見えてきた。

 そこで、異変に気付いた。


 騒がしい。赤い? なんだ、あれ、燃えてる……? アパートが!

 消防車と救急車、それから野次馬が集まっている。騒々しいし、物々しい。

 僕は急いで向かい、野次馬をかき分けて規制の最善に出た。


「嘘だろ……」


 アパートの大家さんが僕を見つけて近寄ってきた。


「山田君、無事だったんだね。よかったよ」

「あ、はい……」

「1階の権田原さんところから火が出たみたいでね。権田原さんもけがはなかったんだけど」

「はぁ……」


 財布とスマホを持って出たのは、不幸中の幸いだろうか。


「今晩はビジネスホテルにでも泊まってくれるかい。明日、また今後のことを説明するから」


 はい、しか言えなかった。

 そしてビジネスホテルに泊まる金なんてないので、駅前のネットカフェに行くことにした。




「太郎さんっ!」


 血相を変えて空から降ってきたのは天使だ。


「危機一髪でしたね……」

「どういうことだよ」


 ふわりと降り立った幼女へ、僕は、びっくりするくらい低い声を出してしまった。


「ごめんなさい。わたしが探知できるのは転生トラックだけなんです。どうやら業を煮やしたあちら側の神が強硬手段に出たようで、転生トラック以外の手段を使って太郎さんを異世界に転生させようとしているみたいで」


 天使が珍しく落ち込んでいる。

 だけど落ち込んでいるのは、僕だって同じだ。


「お前はこの世界の住人じゃないからいいだろうけれど、僕にとってはあのアパートが居場所だったんだぞ。住むところがなくなったら、ますます、この世界で生きてる意味なんてない」


 いや、だめだ。

 こんなの八つ当たりだ。

 だけど言葉が見つからない。僕はアスファルトにしゃがみこんで、うずくまる。


「……どうして最初に死なせてくれなかったんだよ……」


 生きてても楽しいことなんてひとつもなかったのに。

 天使と過ごしたおかげで、変に未練ができてしまったのに。


「太郎さん」


 急に温かい何かに包み込まれた。

 顔をわずかに上げると、天使の翼に包み込まれつつ、抱きしめられていた。


「正直にお話しますね」




   ★




 僕たちは真夜中の公園のブランコにそれぞれ腰を下ろした。

 鎖を両手で掴んで、足をぶらぶらと動かす。


「何故、太郎さんが異世界転生しようとするのをこんなにも止めてきたのか。それは、太郎さん。あなたが転生する器が、世界を滅ぼす魔王だからです」


 ……は?


「わたしの上司と敵対する側の神々は、いわゆる、邪神と呼ばれる存在です。人間をはじめとしてありとあらゆる存在を滅ぼし、つくりかえることを望んでいます」


 それは流石に斜め上の展開だった。


「わたしたちは邪神軍と長い間戦い続けてきました。そして、あなたの存在を知りました。世界のために、あなたを魔王へ転生させる訳にはいかないんです。最初はそんな使命感から太郎さんを守ってきました」

「……」

「ですが、太郎さんと過ごすうちに、少しだけ考えが変わりました」


 天使がひと呼吸置いて、続ける。


「太郎さん。あなたは周りに気を遣える、とても優しい人間です。そんなあなたを放っておけなくなりました。あなたが笑っていると、わたしも嬉しくなるんです。あったかい気持ちになれるんです……」

「……天使?」


 天使がブランコから降りて、立った。


「どうか、魔王にならないで。人間として、生きてください」

「おい。どうしてそんな、お別れみたいなことを言うんだよ」

「今から邪神側へ総攻撃を仕掛けることになりました。最終決戦です」


 ふわっ、と天使が夜空に浮かぶ。


「太郎さんのことは、わたしが守ります……」

「待てよっ! だったら最後まで僕の傍にいてくれよ!」




 ――邪神を倒すことこそが、太郎さんを死ぬまで守ることなんです。




 声と一緒に降ってきたのは、消えることのない、1枚の羽根だった。




   ★




「いらっしゃいませー」


 数ヶ月後。

 大家さんが用意してくれた別のアパートに引っ越した僕は、昼間のコンビニで働いている。

 就職活動も始めた。まだどうなるかは分からないけれど、やれることはやってみようと思っている。


 制服のポケットには天使の羽根。


 あの日以来、天使には会えていない。転生トラックも現れなくなったということは、つまり、そういうことなんだろう。

 いつか人生を全うしてちゃんと死んだときは天使に会えるだろうか。

 それとも、あの世と異世界は別物なんだろうか。その辺をちゃんと訊いておけばよかった。


 そんなことを考えていたらレジ台にタピオカミルクティーが置かれた。

 バーコードをスキャンしようとしたとき。


「お仕事お疲れさまです、太郎さん」


 僕は勢いよく顔を上げて客の顔を見る。

 エメラルドグリーンの瞳には、僕の泣きそうな顔が映っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕のトラック転生を天使が邪魔してくる件 shinobu | 偲 凪生 @heartrium

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ