素人ヒーローは結構頑張ってる

にゃべ♪

失敗だらけのヒーロー

 瀬戸内海に面する舞鷹市はごく一般的な街、世間からそう思われていた。しかしそれは表向きの話。実際は、アルードと呼ばれる化け物が何度も襲ってくる物騒な街だったのだ。アルードが狙うのは、この街の地下で発見された特殊な鉱石らしい。

 とんでもない力を秘めたもので、それが化け物の手に入ったら世界が滅ぶとか何とか。正直胡散臭い話だよ。


 俺はそんな街でアルードを倒すバイトをしている。何でも適正があるらしく、鉱石を使ったパワードスーツを着る事が出来るのだ。就職も勧められたけど、こんな危ない仕事を生業にはしたくない。俺はラノベ作家になりたいのだ。危ない仕事は短期バイトで十分。


 と言う訳で、俺はこの危険な高額バイトに勤しんでる。守らなければいけない決まりはいくつもあるけど、その中でも一番大きいのは『一般市民にバレてはダメ』と言うものだ。ヒーローモノのお約束だよなあ。

 何でも鉱石の研究自体が超極秘らしく、それに関するアレコレが機密扱いになるのだとか。その存在を隠蔽する仕組みもバッチリだ。バレたらどうなるか、最悪は殺されるとか脅されている。スーツに仕込んだ毒がどうとか。多分ハッタリだろうけど。


 そうそう、敵対するアルードの強さはバラバラだ。強いヤツも弱いヤツもいる。基本的には雑魚だけど。じゃなかったらいくら給料がよくてもこんなバイトはしない。

 バトルは基本肉弾戦だ。後は剣や銃がある。射撃の腕が悪いものあって、銃は使った事ないけど。後は魔法的なやつ? 使えない事もないけど、すごく疲れるから一度試してからは使ってない。そんなところかな。



 ある日、俺は蜘蛛型アルードを激闘の末に倒した。コイツは結構強かったので、倒せた後はもうヘトヘト。それで変身を解く時に周りに完全に人がいない事を確認出来ていなかった。俺が腕時計型の変身ユニットを操作した時、何処かで人の足音が聞こえた気がした。ヤバイ!

 しかし、一度解除に入ったシステムは途中で止められない。俺の変身は無慈悲にも解かれてしまった。もしこの状況を誰かに見られていたら……。


 それからの俺は、まともに生活が出来なくなる。変身解除後に周囲を確認したけど、どこにも人の気配はなかった。それでも不安は消えない。上司に報告も出来ない。何で俺は秘密を打ち明けられる友達がいないんだよおお。

 ストレスから路地裏で俺が吐いていると、飼っている柴犬の『タオル』がやってきた。


「オイお前、やらかしてくれてたじゃねーか」

「な、何の事だよ?」

「いっちょ前に誤魔化してんじゃねーよ。お前、俺達の秘密を探るマスコミに正体掴まれてたじゃねーか。全く、情けない。俺が記憶を消しといたぞ」

「え、マジで? 有難う~。命の恩人~!」


 死の恐怖から開放された俺は、愛犬に抱きつこうとして拒否される。


「大体お前はなぁ、いつも迂闊なんだよ。サポートするこっちの身にもなってくれ。今度やらかしたらマジで上に報告すっから。そうなりたくなかったらだなあ……」


 そこからは延々と説教が続く。俺が何かポカする度にこれが始まるんだ。マジで勘弁して欲しい。またWanちゅ~るで機嫌を直してもらわないと。



 それから一週間が過ぎた。タオルの機嫌も直り、アルードも雑魚が続いてメンタルも完全復活する。その頃、俺は世を忍ぶ仮の姿である高校生活を満喫していた。バイトのせいでまともに通学出来てないから、呼び出しがないのはちょっと嬉しい。

 で、2時間目の休み時間に移動教室に向かって歩いてると、突然腕時計が反応する。こんな時にアルードかよっ!


 俺はひと気のない体育館裏で変身して、すぐに現場に向かった。そこは組織がやらかして隠蔽した実験跡地。周りを高い壁で隠しており、その中には詳細はよく分からないけど大きなクレーターが出来ている。アルードは定期的にそこにやってくるのだ。

 現場に到着した俺は、自動拘束装置に捉えられたアルードの姿を見て目を疑う。


「嘘だろ? なんて大きさだよ!」

「グルオオオオ!」


 その大きさは、壁の高さとほぼ変わらないから30メートルくらいだろうか。こんなの、等身大ヒーローが対応出来る大きさじゃねーよ。ロボ持って来いロボ!

 あまりのサイズ差にビビっていると、聞き慣れた声が至近距離から聞こえてきた。


「こんな事もあろうかと、スーツに巨大化機構を組み込んでおいた。使い給え」

「博士? それが昨日のアップデートだったんですか?」

「拘束はもう持たん、早く!」


 変身ユニットからの急かす声に、俺は焦りながら新しい機能を試す。何で練習もせずにぶっつけ本番なんだよおお。

 指示通りに操作をする事で、俺は無事巨大化に成功。ただ、アルードよりは背が低かった。壁より背が高くなるとバレるからその配慮なのだろうか。


「よーし、じゃあ自由になる前に倒すかあ」

「コオオオオ!」


 殴ろうと振りかぶったところで、アルードは口から熱線を吐き出す。これをモロに浴びてしまい、俺はその熱さにのたうち回った。


「ギャアアアア!」

「フンゴオオ!」


 今度はアルードの拘束が解ける。地面に倒れ込んでまともに戦えない俺に追撃するつもりだろう。殺気満々で近付いてきやがった。今度あの熱線を浴びたら俺、身バレ以外の理由で殺される! ヤバイヨヤバイヨォ!

 うう、コイツ思いっきり口を開けてるんですけど? 静かに息を吸い込んでいるんですけどォ?


「何してる! 早く避けるんだ!」


 博士から指令の声が届く。そんな指示なくても逃げたいよ。でも熱線のダメージが抜けないんだよ。何で熱線に耐えられるスーツにしてくれなかったんだよお。紙装甲のせいで俺の人生ここで終わっちゃうよおお!


「コオオオオ!」


 ああ、体の中で熱線を作ってるよ。あれ吐き出されたら終わりだよ。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない……。

 死への恐怖で突然ゾーンに入った俺は、変身ユニットを渡された時の事を思い出してた。確か、スーツに流れるエネルギーを自分で操作出来る裏コマンドがあったはずだ。適当にいじっていて見つけたやつ。ここで死ぬくらいなら試してやる!


「裏コード起動! ドラゴンプロトコル!」


 俺は流入エネルギーを最高値に設定する。スーツの限界を超えた力で俺は強制的に痛みの感覚を取り除いた。そればかりじゃない、何だかすごくハイな気分だ。熱線を吐き出そうとするアルードの動きが止まって見える。つまり、今の俺はゾーンに入っているって事?

 現状を把握した俺は、すぐにアルードの腹に向けて必殺のパンチをお見舞いした。


「ウラアアア!」

「ギャオオオオン!」


 予想通り、腹に熱線のエネルギーを溜めていたアルードは俺の一撃で爆発四散する。ふう、危機一髪だったぜ。倒した後で元の大きさに戻って変身を解く。その途端、変身ユニットはぶっ壊れた。負荷をかけすぎたのだ。


「お、おま! 何ユニット壊してんだあああ!」


 敵は倒したのに、変身ガジェットを壊したって言うだけで俺は博士にむっちゃ怒られてしまう。理不尽だあああ!



 結局ユニットは直らず、予備のやつを代用する事になった。性能的には全く同じものだったので、全く問題なくアルードを倒せている。


「おりゃああ!」


 それは、スライムのような不定形アルードを倒した時だった。後は変身を解くだけと言うところで、俺の体に電流が走る。気が付くと俺は変身ユニットを握り潰していた。何故そんな事をしてしまったのかは分からない。

 とにかく、それによって俺は強制的に暴走状態に入ってしまった。体が勝手に動いて俺の意識に従わない。どうしたらいいんだー!


「何をやっている! 早く変身を解くんだ!」


 博士の叫び声が聞こえる。今それを必死にやってるんだよ。でも出来ないんだよ。まるで別の存在に体を乗っ取られたみたいだ。どうしてこうなったー!


 暴走した俺は研究所に向かう。そして、防壁を破壊しながら奥へ奥へと進み始めた。まるで、鉱石を狙うアルードのように。

 研究所のスタッフや警備担当の人達が必死に俺を止めようとしているけれど、暴走状態のスーツに通常兵器は通用しない。以前暴走した時はすぐに壊れたのに、どうして今回はまだ動けるんだよ。止まってくれよおお!


 暴走した俺はついに最後の防壁を突き破り、研究所の最重要エリアに足を踏み入れた。そこには研究中の巨大鉱石がある。俺はそれに向かって腕をかざす。ビームを撃って破壊しようとしているようだ。そんな事をしたら舞鷹市が消滅するじゃないか。誰か、誰か止めてくれーっ!


「全く、こう言う事になるからお前はまだ未熟なんだよ」


 この絶対説明のピンチに愛犬タオルが現れた。そうして、腕の変身ユニットを噛みちぎる。その途端に俺の変身は強制解除された。街の危機は去ったのだ。有難うタオル。後でWanちゅ~る好きだだけやるからな……。

 ここでバタリと倒れた俺の意識は、深い闇の底に沈んでいった――。



 気が付くと、俺は牢屋のような部屋に閉じ込められていた。暴走の原因が分かるまでこの部屋で待機と言う事らしい。変身ユニットを装着していなければそんな事にはならないのに、組織は慎重すぎるだろ……。

 自由のない生活は2週間続く。退屈すぎて死にそうだ。せめてネット環境があればなあ。暇を潰すものがないだけで、時間そのものが苦痛に変わるとはね。


 あんまり暇すぎたので、俺は部屋にあった紙とシャーペンで小説を書き始めた。ジャンルはやっぱり異世界ファンタジーだ。他に余計な誘惑がないため、段々執筆が楽しくなってくる。ホテルに缶詰にされた作家ってこんな感じなのだろうか。



 そんな感じで独房生活を楽しんでいると、突然室内が激しく揺れる。どうやら、何らかの攻撃を受けているようだ。核爆発でも平気なこの建物にダメージを与えるって、一体何事が起こってんだよ。

 この状況には、流石の俺も動揺して一文字も書けなくなる。もうそんな状況ではないからだ。とは言え、扉は鍵がかかっているし、勝手には逃げられない。崩壊したら建物と運命を共にするしかない。俺はこんな場所で人生を終えるのかよ……。


「この建物が壊れるって事はないよな……?」

「いや、時間の問題だな」

「タオル?!」


 何と、この状況下で愛犬が面会に来ていた。コイツがここに来たと言う事は、やはり事態が切迫しているのだろう。俺はすぐに扉の前に向かった。


「一体何が起こってるんだ?」

「まずはそこから出て話をしよう。鍵は開いてる」

「流石、話が早い!」


 外に出た俺は、タオルと共に施設の出口に向かう。その道中でも強い衝撃が俺達の行く手を阻んだ。壁に亀裂が走る。いつもなら近いはずの出口が遠い。

 ただ、俺より体の小さいタオルは普段通りのスピードで廊下を駆け抜けていた。4本足で安定してるからだろうか。


「ちょ、待ってくれ」

「だらしないな。敵のボスが襲ってんだぞ」

「ボス? そんなのいたのかよ」

「ああ、ヤツの攻撃でこの施設はもう持たない。職員は全員脱出してる」


 タオルがサラッと重大情報を口にする。この建物、もう誰もいないの? 俺が独房に残っていたのに? それはつまり、俺は危機的状況での優先順位が低いと言う事を意味していた。

 この事実に、俺は割と大きめのショックを受ける。


「俺、置いてかれたーっ?!」

「だから、もうそう言う状況じゃないんだって。みんな逃げる事だけで精一杯だったんだよ。だから僕が来たんだろ?」

「ううう、有難うタオルゥ……」


 感激で俺が愛犬を抱きしめようとすると、野生の勘で簡単に避けられてしまう。こんな時でもツンかよお……。

 そんなやり取りをしながら、なんとか俺達は施設から脱出。そのタイミングで建物は崩れ去った。振り返ったところで、俺はボスの正体を確認する。


「で、デカい……」


 施設は10階建てのビルだ。あいつはそれとほぼ同じ高さだったので、30メートルはあるのだろう。前に戦った巨大アルードとほぼ同じくらいかな。面構えとかは比べ物にならないくらい凶悪な造形をしているけど。顔とかスズメバチに近い感じ。にらまれたら石化しそう。

 俺がボスの姿にビビっていると、タオルが何かを寄越してきた。


「ほら」

「これ、変身ユニット? 新型?」

「説明している時間はない。早くつけて変身だ」

「お、おう」


 こんな非常事態だ、周囲に誰もいない。俺はボスが踏みつける前に変身する。でも変身したと同時に踏みつけてきた。ですよねぇ~。


「それは標準で巨大化出来る仕様だ! 念じろ!」


 タオルの叫びに、俺は強く念じる。するとグングンと体が大きくなった。ボスアルードは踏みつけに失敗して盛大に転ぶ。ここからが反撃だぜ!

 すぐに起き上がったボスは、ボス認定されるだけあってかなり強い。俺の技を全て受けては跳ね返す。徒手空拳ではダメージを与えられなさそうだ。


「それなら!」


 俺はバックルから剣の柄を取り出し、刃を具現化させる。武器の登場にボスもすぐに距離を取った。俺が剣道の有段者だったら良かったんだけど、生憎全くの素人だ。ハッタリがすぐにバレないようにしなければ。


「キュアアアア!」


 距離を取ったボスの超音波攻撃。離れたのは俺を警戒した訳じゃなかったようだ。音の刃で俺の体は傷つけられ、俺は折角生成した刃を落としてしまう。


「しまっ」


 ボスがこの隙を見逃してくれるはずがない。俺が地面に落ちたブレードに視線を移したその時、やつは超高速で距離を詰めて俺を蹴り上げた。何百メートルもの高さに飛ばされた俺は、一瞬何が起こったのか理解が追いつかない。

 落下し始めてやっと状況を把握した時、ボスは俺の頭上に飛び上がっていた。


「ういっ?!」

「キュエエエエ!」


 上空マウントを取ったボスは両腕を広げて威嚇をすると、そのまま片足を伸ばしてキックのポーズを取る。それ、正義の味方がやるやーつ!

 落下中で回避行動の取れない俺は、急降下してくるボスの足を避ける事が出来なかった。


「キュオオオオ!」

「ぐええ……」


 ボスキックによって俺は激しく地面に叩きつけられる。地面に大きなクレーターを作り、ダメージを受けた俺は体の自由を失った。やっぱりボスは強かったよ……。俺、頑張ったよね。もうこれでいいよね……。

 記憶が薄れてくる中、ボスがとどめを刺しにやってきた。俺はゆっくりとまぶたを閉じる。


「ふざけんなあ! お前の力はこんなもんじゃないだろおお! 足掻けよおお! 最後までよおお!」


 タオルの絶叫に、俺の心の中の何かが目覚める。どうやら、操作をしていないのに裏コードが発動したらしい。スーツに流れる力が逆流してダメージが強制回復する。その後はまた体が勝手に動いた。


「クオオオオオ!」


 この状況には流石のボスも後退りする。しかし、それを隙と判断した俺の体は超高速で移動し、ワンパンでボスの体を貫く。こうして、最後は呆気なく俺の勝利で終わった。


「うおおおおお!」


 ボスが倒れた後、興奮状態の俺は力の限り叫ぶ。その後は完全に意識が途絶えた。



 気が付くと、俺は病院のベッドの上。どうやら体への負担が大きかったらしく、一ヶ月は絶対安静らしい。また暇な時間がやってきてしまったぜ。


「全く、お前といると飽きないな」


 病室ではタオルが俺を見守っている。普通、病院に動物は入れちゃダメなんじゃないのか? て、看護師さんに聞くと、コイツは特別らしい。流石は組織傘下の病院だぜ。


「もうこれで平和になったのかな?」

「さあな。多分終わってないと思うぞ」

「マジか」


 俺は病室から外の景色を見る。アレだけの事があったのに、街は研究施設関係の場所以外はほぼ無傷だ。きっと鉱石がこの街にある限りは戦いは続くのだろう。

 俺は大きくため息を吐き出すと、せめて退院するまでは平和であってくれと神様に祈ったのだった。



(おしまい)

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