魔法使いのチェス~危機一髪から劣勢そして逆転まで~

あげあげぱん

第1話 魔法使いのチェス

 危機一髪とは、一つ間違えれば重大な危機に晒される瀬戸際のことを言う。であれば、マリーの現在の状況はまさに危機一髪と言うべき状況だった。


 マリーは魔法使いであり冒険者だ。とある旅先の宿で、彼女は夫であり、共に旅をする商人の男と一緒にチェスを楽しんでいた。たまたま宿にチェスが置いてあり、せっかくだからと二人で遊ぶことにしたのだ。暖炉の前で絨毯にチェス盤を置き、駒を並べた。そうしてゲームを始めてそれなりの時間が経過している。


 彼女たちのチェスを旅のお供である白い犬が見守っている。この犬にチェスの戦況が分かっているかは分からないが、彼女には分かる。状況は劣勢だった。


「マリー。俺もなかなかチェスが上手くなったものだろう」


 夫が言った。これはマリーにも認めざるを得ないことだった。彼にチェスの手ほどきをしたのはマリーだったが、彼はマリーの想像以上にこの遊戯が上手くなった。チェスの才というものがこの男にはあったのだ。


 これは、何かとても良い手を考えつかなければなりませんわね。


 そう思いながら、マリーは盤上に視線を走らせる。そんな彼女を見ながら、目の前に座る夫は楽しそうに笑う。


「今の状況は、君にとっては危機一髪。という状況ではないかな?」

「確かに、ですがゲームセットというにはまだ早いのではなくて?」


 マリーが強気に笑うと夫は「それはそうだ」と言って頷く。彼は優勢でありながら油断はしていないようだった。


「さて、どうしたものでしょうか……」


 悩みに悩んで、悩みぬいてマリーはナイトの駒を動かした。それが決定的な瞬間だった。夫はこのナイトをすかさずとり、そこからは一方的なゲームになった。ナイとがとられ、ポーンがとられ、ビショップがとられ、ルークがとられ、クイーンさえもとられてしまい、もはやマリーにはわずかな駒しか残っていない。


「勝負ありだな」

「いえ、まだ何か逆転の手があるはずです」


 深く考えるマリーだが、もはや正攻法では逆転の手が無かった。となると勝つためにはイカサマをするしかない。実際マリーは何度か夫とのチェスにイカサマをして勝っている。

彼女は負けず嫌いであったし、夫は彼女が思いつく盤外戦術の数々に感心してよく笑うのだった。そうして夫は彼女のイカサマを認めていた。使えるものは何だって使えばいい、それが彼女の夫がよく言う言葉だった。


「今日の君はどんな手を使って驚かせてくれるのかな。ただし、バレバレのイカサマは止めるし、これまでにやったことのあるイカサマには異議を唱えさせてもらう。そうでなければ、ぜひともやってみてくれ」

「そうですわね……」


 良い手を思いつきましたわ。


 マリーは「では、ここから盤面をひっくり返して見せましょう」と言って微笑んだ。


 彼女はわざとらしく見せつけるように手を振り、そちらに夫の視線が動いた一瞬で呪文を唱えた。


「スピン」


 それは対象を回転させる魔法だった。マリーはそれを目の前のチェス盤にかけた。すると、チェス盤はくるりと回り、彼女と夫との盤面がひっくり返った。夫がチェス盤に視線を落とした時には、すでに戦況は逆転していた。流石にチェスの上手い夫でも、ほとんど持ち駒のない状況から逆転するのは厳しかった。


 彼は感心するように「なるほど、なるほど」と言った。


「この前やった、愛犬に盤面をめちゃくちゃにさせるよりはずっとスマートな手段だ」


 そう言って彼はチェスを見守る白い犬を見た。犬は彼を見て首をかしげる。


「マリー、今回は君の勝ちだ。君と居ると、飽きることが無くて楽しい」

「ふふ、わたくしも楽しかったですわ」


 それはチェスに勝てたからではない。


 わたくしのやることを楽しそうに見てくれる。あなたの顔が大好きですのよ。

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魔法使いのチェス~危機一髪から劣勢そして逆転まで~ あげあげぱん @ageage2023

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