母親に黒歴史ノートを発見された

秋犬

母親に黒歴史ノートを発見された

「ようちゃん、座りなさい」

「何だよいきなり」

「いいからそこに座りなさい」

「うるせえな、後でいいだろ」

「これでも……?」


 母親が取り出したのは、見覚えのあるノートだった。


「ばっ、てめえ何でそれを!」

「座りなさい、話し合いましょう?」


 仕方なく俺は座る。

 母親は笑ってるのにすごく怖い。


「……わかったよ、それで、それが何なんだ?」

「何なの、この『異世界で最強勇者に転生した俺はチーレムを極める』って言うのは」

「やめろよ! 言うな! 発声するな!」

「主人公、俺。中学生でトラックにひかれて異世界に転生する。女神からチートスキル『最強』を貰って最強スキルで最強魔王を倒す」

「だから読み上げるな!」

「お母さんね、これを読んで悲しくなったの」

「は!?」

「この中学生の俺はトラックにひかれて死んじゃったんでしょう?」

「い、異世界転生するからな……」

「この中学生の親御さんはどう思ってるの?」

「は? それは今関係ねーし」

「関係あるでしょ!!」


 母親怖い。なんなんだよ。


「あのね、いくらお話の都合と言っても子供が死ぬなんてお母さんは悲しいのよ!」

「それが何だって言うんだよ!?」

「あなた、お父さんがトラックにひかれて死んで、異世界に転生して可愛い女エルフに言い寄られてたらどう思うの!?」

「ムカつくな! 俺も言い寄られたい!!」

「そうじゃないでしょ! お父さん死んで悲しくないの!?」

「ま、まぁ悲しいかな……今後の生活とか、交通事故の賠償とか、相手のトラック運転手のこととか……」

「そうよ、人をひき殺すと殺人者になるのよ。あなた自分が可愛い女エルフとイチャイチャしたいからってなんの罪もないトラック運転手を殺人者にしていいの!?」

「な、何でそれで怒られなきゃならないんだよ!!

 妄想くらい好きに書いていいだろ!!」

「妄想でもあなたの妄想の上にはトラック運転手の人生が犠牲になってるのよ。他人を犠牲にした妄想で気持ちよくなってると、現実でも他人を犠牲にして気持ちよくなってしまう子になってしまうのか心配で心配で」

「うるせーな! 返せよそれ!!」


 俺はノートをむしり取ろうとするが母親はページをめくる。


「ヒロイン、エリナ。可愛い女エルフ。B89W52H85。肩までかかる金髪。白い肌。青い目。胸が大きいのを気にしている。魔法とか使う。俺のことが好き」

「だから読み上げるな!」

「何なのこの外見重視の設定は。最初にくるのがスリーサイズなのがなんて言うか」

「だ、大事だろ! ヒロインなんだから可愛い女の子じゃないとダメだろ!!」

「あんたはスリーサイズだけで女を選ぶのかい? こんな理想的なボンキュッボンナイスバディがなんでアンタみたいなスカポンタンを好きなんだい!?」

「それは伝説の最強勇者だから好きになるに決まってるだろ!!」

「アンタは母さんが伝説の最強勇者だったら好きになるのかい!? えぇ!?」

「んなわけねーだろ!」

「じゃあアンタも伝説最強勇者だとして、こんな可愛い女の子が無条件で好きになるわけないでしょう。アンタは母さんの子だよ。こんな可愛い女の子が好きになるはずない」

「さりげなく俺をdisるな!!」


 母親が次のページをめくろうとしたところで、俺はやっとノートを取り返した。


「とにかく、とにかくね……母さんはアンタに言いたいことがあるの」

「何だよ、勿体ぶって」

「アンタは妄想で楽しいかもしれない。でも、その妄想の中で最愛の子供を亡くした両親とか、子供をひき殺した運転手とか、なんの理由もなく大して冴えない男を好きになってエッチしなきゃいけない女の子とか、悲しんでる人たちがたくさんいるの。アンタはそれでいいの!?」


 意外なド正論に俺はすぐ言い返せなかった。


「大体ここに出てくる魔王ってなんの悪いことをやったの? 魔王ってだけで何で最強勇者に殺されなきゃならないんだい?」

「魔王は悪者に決まってんだよ」

「誰に対しての悪者なんだい?」

「勇者から見れば魔王は悪者だろ!?」

「アンタテレビ見てるかい!? イスラエルとパレスチナを見てみな。争いは悲しみしか生まないんだよ。せめて妄想くらい皆が幸せになる道を探しなさい。母さんは悲しいよ」

「偉そうに説教するんじゃねえよ!」


 更なるド正論に俺はキレることにした。


「だいたいな、人の思想なんて自由だろ!? 何考えても自由、俺が何か悪いことしたのか!? 誰かを実際に傷つけたのか!? え!?」

「お母さんは悲しいわ」

「てめえが勝手に俺の部屋漁ったからだろ!? 俺もてめえの行為に傷ついてるんだよ!? 謝れよ!? あ!?」


 母親は頭を抱える。


「アンタねえ……タカちゃんのお母さんから修学旅行の書類の話を聞いてね、そう言えば同意書も何も出してくれないなって仕方ないからアンタの机を探したんでしょ」

「う……」

「そしたら、同意書だけじゃなくて面談の日程とか教材の購入費のお知らせとかたくさん出てきたわよ。散々プリントは見せなさいって言ってるのに」

「うう……だからって、勝手に」

「昨日話はしたわよ。同意書ないなら母さん勝手に探すわよって。覚えてないの?」


 俺は何も言い返せなくなった。

 ここは逃げよう。

 逃げる俺に母親が後ろから声をかける。


「そういえばアンタ中学の同級生に絵里奈ちゃんっていたわね」

「このクソババア!」


 俺は何とかノートを救出して部屋に戻ってきた。


「あっぶねー、見つかったのが中学の時のノートでよかったー致命傷で済んだわー」


 いやーよかった。

 これだけなら中学生の妄想だって言えば、まだ話を終わらせることができる。


 俺はスマホで投稿サイトにログインする。


 俺の新作『最強スキルハメ技で魔王もハメる勇者と金髪Fカップエルフとの甘々スローライフ~悪魔っ子従者にも言い寄られて俺の最強スキルが止まらない~』を見られたら確実に死んでた。今ここで首をくくる自信がある。


 こりゃ、部屋は片付けないといけないな……。


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