第6話

 緊張のせいか僅かに震える手を押さえ込み、会場の中に入る。

 いの一番に見えた光景は一斉に自分へと向けられる好奇の目だった。


 何十人といる人達から一斉に嫌な視線を向けられた経験のない私には来るものがあったが、だからと言って来て早々帰る訳にもいかず、スタスタと会場端の飲食が並ぶエリアまで足を進めた。


 道中人混みの中を歩いたのだが、一歩足を踏み出す事に人がはけていくので、思わず自分が神話に出てくる様なモーセか何かと思ってしまった。実際にはただ避けられているだけなのだが。


 まあ何はともあれ、朝から支度などに追われていたせいで何も食べれていないし、何より周りに人が少ないのは私にとっては都合がいい。


「なあ、見てみろよ、ラートリー嬢がいらっしゃってるぞ」

「珍しい事もあるもんなんだな……」


 コソコソとそんな話し声が聞こえる中、いたたまれない気持ちを押し込み、ダンスを踊る人達をぼーっと眺めながらそばのテーブルに並べられた軽食をつまんでいると、いつの間にか目の前に人が立っている事に気が付いた。


「__こんにちは」


 珍しい事にこちらに好意的な挨拶を投げかけてきた人物の方に視線を向けると、深緑色の長い髪を後ろで緩く束ね、気だるそうにメガネをかけ直す真面目そうなイケメンが立っていた。


「ヴェイン・ドライアードと申します。ラートリー嬢のお噂はかねがね。今日は折り入って話したい事があったので声をかけさせて頂きました」

「は、はあ…」


 自分に関する噂で、まともなものってあったかしら??と疑問符を浮かべつつヴェインと名乗った青年の話を聞いてみる事にした。


「先日ルークに魔物よけポーションを受け取りました。早速使って見たのですが、中々の効果を感じたので定期的に購入したいと思ったのです」


 ルークがポーションをプレゼントした宰相の友達とは彼の事だったのかと独り合点した。

 まだ若いように見えてこの国の宰相という立場にいるだなんて、相当優秀な人なのだと分かる。


「そうなのですね。お役にたてたようで嬉しいですわ。定期的に購入して頂けるのならば私としても大歓迎です。次は是非ともわたくしの屋敷までいらしてください」


 そんな彼に定期購入を検討していると言われては、断る理由もないだろう。


 にこりと営業スマイルを掲げ、ヴェインの顔を見上げると少し驚いたような表情をされたので、ものの数秒で営業スマイルは引っ込めざるを得なかった。


「……驚きました……ラートリー嬢はその、表情を変える事の無い人だと思っていましたので……」

「微笑んだだけでそこまで言われるだなんて……少しお恥ずかしいですわ」

「いえ、こちらの勝手なイメージでしたので気になされないでください」


 いやいや、気にするでしょうよ!?という言葉を噛み砕いて飲み込み、できるだけ穏便に場を済ませた。


「__おーい!ヴェイン卿、ちょっといいか?」

「呼ばれているようなので自分はそろそろ行きますね。本日はありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました。今後ともご贔屓にして頂けたれ嬉しいですわ」


 足早に立ち去るヴェインを見送り、再び軽食をつまみだす。

 前世でも無類の甘党だった私としてはこの場にあるケーキや果物はとても魅力的だ。後で苦しむ事になると分かっていても、ついついコルセットを気にせずに口に運んでしまう。


「__たかが少し珍しい特性だからと言って少々傲慢すぎるのではなくって!?」


 不意に聞こえた女性の金切り声によって私のお菓子補給の時間が止まってしまった。

 なんだなんだと人だかりのできている方に目を向けると、何やら酷く興奮した様子の夫人がピンク色のふわふわ髪をした女性に平手打ちをしたようだ。


「妻である私を差し置いて人の夫とダンスを踊ろうだなんて!よく誘おうと思ったわね!」

「……そ、そんな!わ、私はただ仲良くなりたくて……」

「そんなこと誰が信じるものですか!」


 何やら修羅場を繰り広げている二人の傍にはオロオロと狼狽した様子の男性が二人を仲裁しようと奮闘しているのが見える。


 事の経緯は全く分からないが、見ていて飽きるものでもなかったので、そのままこっそり見学することにした。


 下手に割って入れば飛び火が来るのは間違いないし、関わらないというのはただでさえ良い噂の少ない私にとっては懸命な判断だと思う。


「……あのシアナとかいう子、たしか先々月男爵になった子でしょう?ああやって夫人にやっかまれるのもこれで何度目かしら」

「もう三人目よ。一体何人の男に手を出せば気が済むのかしらね」


 少し離れた場所から聞こえてくる女性達の話を聞き流していると、知らぬ間に話が進んでいたようでシアナが再び夫人に平手打ちされた。


「きゃあ!」


どさっと倒れ込むシアナをその場に置き去り、興奮が収まらない様子の夫人が自身の夫を連れてその場を去って行った。


シアナを中心に野次馬がザワザワとそれぞれの見解を話し合っているようでシアナの身を案じるものはいない。


当の本人であるシアナは、倒れ込んだまま動かない。まるで助けてくれる人を待っているかのようだ。


(助けた方がいいのかな……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

原作ゲームの知識ゼロなのに悪役魔女に転生してしまいました。 邑田 よよぎ @hou-ri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ