第5話

(……あれ?何か間違えたかな……)


 目の前で固まるキアンに私は、自分の行動に何かおかしな事でもあったのかもしれないと不安になった。


 しばらく固まっていたキアンがようやく再起動し始めると、思い出したかのようにいそいそと豪華な装飾の施された手紙を懐から取り出して手渡して来た。


「エスティア様宛に皇室からお手紙が届いています」

「わたくしに?何の要件かしら…」


 確かエスティアの記憶の中では皇室を象徴する色とされる金色が、これでもかと盛り込まれキラキラと輝いていて目に痛い。


 封筒の封を切り、中の手紙を取り出して目を通す。


『魔物討伐への出陣要請』


 驚く事に書かれていたのはこの一文だけだ。


 豪勢な見た目とは裏腹に淡白で短すぎる手紙を見て思わず手紙をそっと閉じてしまった。


(もう少しなんか、こう、手紙って時候の挨拶とかがあるもんじゃないの??たったのこれだけ??)


 皇帝陛下とは言えど、こうも人の扱いが雑だとは……この世界の初心者である私にはいささか厳しいのでは無いだろうか……。


 むむむっと先程見たエスティアの過去を思い出すが、皇帝陛下についての情報が少ないが為に何も考察ができない。


「失礼ですが手紙にはなんと?」


 しばらく手紙を前に唸っているとキアンが見兼ねたように声をかけてきた。


「魔物討伐への出陣要請よ」

「……魔物討伐ですか。そういえばもうそんな時期でしたね」

「ええ、そうね」


 この国、グロウリアでは魔物が多く出没する為、定期的に討伐を行う。

 討伐で手柄をあげると多額の報酬が貰えたり、手柄や功績に伴い爵位が与えられる事ができるため、魔法が使えたり戦える者は皆こぞって参戦するのだ。


 だが決して強制参加では無いはず。

 今回の様に討伐への参加要請がわざわざ皇室から来る事なんて初めての事らしい事がエスティアの記憶を振り返ると確認できる。


「いつもなら皇室直々に直接出陣要請が来る事なんて無いのに、今回は一体どうしたのかしら……」


 結果的に再度唸り声をあげる事になってしまった。


「封蝋の紋様を見るに、皇太子殿下からの手紙ですよ、これ」

「え……?皇太子?」

「オースティン殿下ですよ。覚えておられますか?」


 もちろん覚えている。

 エスティアがずっと避け続けていた人物だ。


 記憶の中のオースティン殿下はとにかく腹黒く意地悪な性格をしていたように思う。エスティアとはあまり関わりはなかったが何せオースティン殿下の悪評が多すぎて嫌でも耳に入っていた。


 面倒事に関わりたくなかったエスティアはいち早く関わりを持たないよう立ち回っていたようだが、何故今になってオースティン殿下直々にコンタクトを取ってきたのかが不思議でならない。


「ただでさえ近々社交会があると言うのに……」


 はぁ、と大きくため息を吐くキアンを見て固まってしまう。


「しゃ、社交会??」

「ええ、社交会ですよ。討伐前の。それも一ヶ月後に」

「それってどうしても参加しなくてはダメかしら……」

「だめです」

「そうよね……」


 ズバッと一刀両断されてしまい、私は肩を落とした。

 何故討伐前に景気付けにパーティーなんか開くんですか、と主催者であろう皇帝に心の中で悪態をついていると、ベッド脇にあった椅子から立ち上がったキアンが改まったように一度咳払いをすると、話の続きを喋りだした。


「とにかく、社交界までにドレスの準備をしておきますので、当日になって姿を消すだなんて事なされませんよう」

「分かったわ……」


 部屋を出ていく瞬間まで釘を刺してくるキアンを見送り、私はゆっくりとベッドから降りる。


 自分で作った料理で気絶するだなんて、恥ずかしすぎて言えない。もちろんキアンの前では大人しくしていたが、今は別だ。


【イベント:社交会に参加して新たな知人を作ろう】


 目の前に広がるフォログラムに写る文字を見て私はまたしてもため息を吐いた。


(そもそも、この文に従ったとして何になるのかすら分からないのに……)


 ただ曖昧に知人を作れと言われても非常に困る。なんて言ったってこの私、エスティアの評判は悲しいことに最底辺を貫いているのだから。


 散々悪女だ魔女だと噂が飛び交う女に誰が近付いて来てくれるものなのか、逆に聞きたいくらいだ。


 そんなふうに悩む事も虚しく、どうする事もできないままあっという間にパーティー当日を迎えてしまった。


 幸いにも必ずパートナーを同伴させなければならないというルールもなかったので、一人でパーティー会場に行くことにした。


 早速パーティー会場である皇宮入口に立っていた騎士であろう青年に持っていた招待状を差し出す。


「__エスティア・ラートリー様のご入場です」

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