とある高潔な騎士に訪れたあらたなる危機
片銀太郎
第1話
「みんな聞いてくれ、実はオレのアナルがピンチなんだ」
騎士は深刻な顔でそう告げた。
旅の道中、街道沿いを歩いている時の出来事である。
パーティーメンバー達は顔を見合わせた後、そっぽを向いてスタスタと歩き出した。見なかったことにしたのだ。
「違う! これは真面目な話なんだ! 頼むから聞いてくれ!」
戦場にあっては縦横無尽に馬を駆る疾風、市街にあっては弱き者を守る聖なる盾。その高潔な騎士が悲痛な声をあげるので仲間達はやむなく話を聞くことにした。
「……そういえばお前、武器屋のオッサンに気に入られてたな。店に入る時にひとりにしないでほしいということか?」
「違う。彼はノーマルだ。重い武器を振れるオレの筋肉を気に入ってるようだが、尻に興味はないだろう」
「ハバネイロの実を食べるのが好きでしたよね? そ、それで、おしりが炎熱魔術みたいな状態ということですか? ……ぅぅ、はずかしいこと言わせないでくださいよ」
「多少関係はあるが違うんだ。本来のオレの胃腸であれば、あの程度の辛さ、涼風のようなものだ」
否定するばかりで核心を話さない騎士に仲間達は疑念をつのらせているようだった。普段リーダーとして仲間の雰囲気に心を配っている騎士は、このままだと自分が見限られることがわかった。
だから苦鳴をもらしながら前を向き、恥辱に耐えながら騎士は告白する。仲間も初めて聞く、彼の消え入りそうな声だった。
「オレは、痔になってしまったんだ」
騎士、キレディ・ディローマンは仲間に全てを打ち明けた。
場に訪れたのは静寂。
仲間達がその言葉を飲み込むには時間がかかった。
ある者は笑おうとして騎士キレディの真剣な表情に押し黙る。
ある者は冗談でしょ?と言おうとして騎士キレディの拳が血を流すほど強く握られていることに気づいて口を閉ざす。
ややあって戦士ボラジノールの一言が漏れ出た。
「お前、いつも馬に乗ってたもんなぁ……」
現在の状況が伝わったため、騎士キレディは言葉を続ける。
「もうオレは馬に乗ることができない……食べ物にも制限がかかりトイレにも今までの十倍以上時間がかかるし、その後は貧血になって動けない……皆の足手まといにしかならないんだ。すまない、オレの冒険はここまでだ──」
「ちょ、ちょっと、ちょっとまってくださーい! 終わりみたいなこと言わないでください! キレディさんが離脱したらこのパーティー崩壊しちゃいます! 無理ですよ!」
騎士キレディの言葉に待ったをかけるのは、神官服の少女プリザ。
治癒魔術の使い手であり、騎士キレディに淡い想いを抱いている。そのため彼女の主張は私情を交えたものであるが、真実でもあった。尻穴の話を真面目に聞いてもらえることからうかがえる通り、普段のキレディはパーティーの精神的支柱である。
支柱を失えばパーティーが瓦解することは目に見えていた。
「私の治癒魔術があるじゃないですか! 私だってキレディさんのためなら頑張ります! だからみんなで冒険を続けましょうよ!」
プリザの提案に皆がうなずいた。
治癒魔術は万能だ。大抵の傷ならすぐに治してしまう。
だが騎士キレディは首を振る。
「……病院の治癒魔術師にも相談したがダメだった。尻穴は内臓扱いで魔術の通りが悪い。治してもかさぶたのようになるか、核のようなものが残る。そしてそこから再発してしまうんだ」
「中途半端な状態で治癒が完了してしまうことが原因ですか……それならセオリーとしてまずは患部を切除しての治癒。傷は大きくなり魔力消費量が増えますが、完全な状態での治癒が可能です。ただ場所が場所ですので、切除には精密に操作できる細くて切れ味のある刃物が必要ですね」
仲間達の視線がさまよい、やがて一点に集まった。
戦士ボラジノールの手元にある魔槍
四神玄武の甲羅の隙間を貫くことすら可能な必中の槍である。
「ちょ! ちょっと待て! これはそういうのじゃないだろ! よくわかんねぇけど違うだろ! これは!」
戦士ボラジノールが魔槍を後ろに隠そうとする。
同時に、騎士キレディが短剣を自らの首元に当てた。
「頼む、オレを騎士として死なせてくれ」
「わー! わー! わー! 二人とも早まらないでください! 別の方法を考えます! 考えますから!」
慌ててプリザが二人を止める。
口に手をあて次の方法を考える。
プリザは治癒魔術のエキスパートである。
まだ方法はあるはずだ。彼女は集中して考える。
「内臓に対する治癒魔術の効きが悪いのは体内の魔力と干渉してしまうから、なら魔力枯渇状態なら? ダメ。魔力枯渇状態による基礎治癒能力の低下の方が大きい。それなら干渉を極力減らす形で治癒魔術を当てるアプローチの方が有効なはず」
声に出しながら解決策を考える。
やがて天恵が訪れた。
プリザの師匠が一度だけ見せてくれた方法。
腹を切り開き、臓器に直接治癒魔術を当てる。
別の世界では開腹手術と呼ばれる手法に近いやり方だ。
「患部に直接触れて治癒魔術を使えば干渉は最低限になるはず、難易度は上がりますが指先一点に治癒魔術を集中させて直接患部に触れることができれば理論上は可能です。いけます! 場所が場所ですから腹を開く必要もありません!」
プリザは稀代の治癒魔術師である。
短時間でさらなる解決策を導き出すことからもわかるように、知識も技術も世界のトップクラスに属する。ただ一点、解決策に集中するあまり、周囲が見えていなかった。
今、口にした解決策が『キレディの尻穴に指を差し込む必要がある』ということにプリザが気付いたのは、皆の視線が自分に集まってきてからである。
「ぁ……あ、ぁぁぁっ! その私がというわけでなくて、まだ! こういうのは早いと申しますか! その! その! 治癒魔術なら私以外に使える人がいるじゃないですか! ほら!」
そう言ってプリザが指さすのは、僧兵ヘリモンド。
モーニングスターでの肉弾戦と治癒魔術での回復をこなす文武両道の僧兵だ。
鍛えられた肉体で壁として戦え、治癒魔術も併用すれば彼を倒すことは事実上不可能に近い。パーティーの守護神と言える存在だ。
「私で宜しければ構いませんが……」
ヘリモンドは困ったように頭を掻く。日々の肉弾戦で鍛えられた彼の指は、ゴツゴツと節くれだって異様に太い。さながら年を経た大樹を思わせるたたずまいである。
意を決めて、騎士キレディはプリザの手を握った。
白魚のように細いプリザの指がキレディの指に絡まる。
「ずっと前から好きだったんだプリザ。オレの尻に指を入れていい人間は君以外考えられない。愛してる!」
「ひいいいいいいい! 嬉しいのに! 嬉しくありません! こんな告白はいやですうううううっっっ!!!!」
「本当のことをいえば、オレも旅をやめたくはない。君といられる時間がなくなってしまうからだ。でも可能性があるなら……オレは君を諦めたくない! それが小さな穴に糸を通すような、どんなに小さな可能性だったとしても!」
「めちゃくちゃ格好よく、最低なこと言ってますぅぅ! 通すのは糸じゃなくて指ですうう! あぁぁ、でもキレディさんのことは大好きですし、この機会を逃したら告白なんて、できませんし……うぅぅ、ぅぅ……お、終わったら、今日のことは忘れてくれますか……?」
少女の淡い恋が深淵に飲み込まれようとしていた。
だがそこに闖入者が現れる。
触手が地を打つ、鋭い音が響く。
外で大騒ぎをしている間に魔物が近づいていたのだ。
普通なら為す術もなく襲われてしまう状況だった。
だが歴戦の騎士であるキレディは違う。プリザを抱えて後ろに跳躍。魔物と距離をとりプリザを避難させる。
そしてキレディの後ろでは同様に退避した仲間達が戦闘態勢を整えている。一糸乱れぬフォーメーション。心が繋がった最高のパーティーだけができる反応である。
眼前には触手をまとった不定形の魔物。
キレディは抜刀した騎士剣ザァーヤークで魔物を指し示す。
それは神話の英雄を思わせる完璧な騎士の姿だった。
「あいつの名前はイントルードローパー! 強さはさほどではないが、細い触手で口などの部位から侵入し、弱っている部分から体を溶かしてくる特徴がある。みんな気をつけろ!」
戦士ボラジノールが声をあげる。
「もう一回言ってくれ!」
「聞こえなかったのか!! あいつは穴から触手を侵入させて傷跡を溶かそうとしてくる!! 気をつけるんだ!!」
戦士ボラジノールはアイテムボックスから、フルフェイスタイプの兜を取り出すとキレディの頭に被せる。
「ボラジノール!? これはなんだ!?」
「口とかに触手が入ってきたら危険だから念のためつけておけ」
「そうか、助かる。だがオレの腰鎧を外してるのは一体……」
「大丈夫、大丈夫だから──行ってこい!!!」
戦士ボラジノールはキレディをイントルードローパーに向けて蹴り飛ばした。
それからのことは、多くを語る必要はないだろう。
プリザの治癒魔術によって復活したキレディは、数々の伝説と呼ばれる冒険を成し遂げ、
騎士を引退してからは、治癒魔術師プリザと結婚。子供にも恵まれ穏やかな余生を送っているという。
ただ二人の馴れ初めの話を子供がどんなにせがんでも、二人が語ろうとしないことだけはここに記しておく。
とある高ケツな騎士に訪れたアらたナル危機(終)
とある高潔な騎士に訪れたあらたなる危機 片銀太郎 @akio44
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