エピローグ.桜花学院生徒会長 伏見正臣




「遅いわよ」



 先に会場入りしていた凛子が正臣を見つけた途端、露骨に不機嫌そうに眉を曲げた。



「ごめん、ちょっと朝もたついちゃって」



「新学期から早乙女家の車送迎になって、たるんでんじゃないの?」



 凛子の吊り上がった鋭い視線が正臣から隣の美姫に向けられる。



「どこぞのお嬢様の毒牙にかかったのせいかしらねぇ?」



「それ、私の事言ってます?」



「自覚あるならそうなんじゃない?」



「なんですって?」



「なによ?」



「ちょっと二人とも、こんな日まで揉めるのやめてくれよ......」



 正臣の嘆きも虚しく、新学期になって何度目になるかわからない火花が可視化されそうなくらい睨み合う二人にため息をこぼして、舞台袖から迎賓館げいひんかんホールの席を見渡す。


 視線の先では桜花学院関係者がだだっぴろいホールの客席を埋め尽くしている。



(しっかし、すごい数の人だ)



 幼稚舎ようちしゃから高等部まで、桜花の全生徒が大集結した会場は早く開式しろと言わんばかりにざわついている。


 今からこの大衆の前で話さなければならないと思うと、流石に身体が強張こわばってしまう。



「おはよー! みんな揃ってる?」



 そんな緊張とはおおよそ対極に位置していそうな柔和にゅうわな気の抜けた挨拶と共に現れたのは結衣だ。


 睨み合う二人を見て、全てを把握したようで、いつも通りひじで正臣の脇腹をぐりぐりしてくる。



「旦那ぁ〜、朝からモテモテですなぁ」



「ちょっとやめて下さいよ会長。そんなこと言うとほら、美姫が睨んでますよ」



 ジロリと睨みをかせる美姫に、結衣は「おーこわっ」とわざとらしいリアクションを取った後、正臣の肩を叩いた。



「ねー伏見くん、私の事もう会長って呼ぶのはやめてよねー」



「あ......そうでした、すいません」



「ふふ。今日からは君がこの桜花の生徒会長なんだから。よろしく頼むよー。あ、そろそろ時間だね。ちょっくら前任者のあいさつしてくるわね」



 大衆の視線が注目する舞台へ、なんの躊躇ためらいもなく颯爽と結衣が演題に向かっていく。



「やっぱ結衣さんってすごいよね。普段はあんなおちゃらけてるのに、人前に立つとガラッと変わるっていうか」



 偉大なる前任者の胆力に感心していたのは正臣だけではなかったようで、美姫といざこざを終えた凛子と目が合う。



「ああ。次はオレかと思うと胃がキリキリしてきた」



「ちょっとしっかりしなさいよ新会長。正臣がちゃんとしてくれないと、推薦人のあたしが疑われちゃうんだけど」



「それに関しては本当に感謝してる」



 事実こうやって舞台袖で待機できているのは、ポスター作成から演説準備などで奔走ほんそうしてくれた凛子の功績が非常に大きい。



「感謝しなさいよ? ま、正臣の株が上がるのはあたし自身嬉しいからね」



 ウインクした凛子が、正臣の耳の辺りで右手で輪っかを作る。



「まだあたし、正臣のこと諦めてないし」



「なあっ!?」



「男心と秋の空っていうでしょー? あたしは気長に待ってるよ」



 おどけた様子で正臣から離れていた凛子にため息をついて、少しだけ頬をむくれさせた美姫の方に視線を送る。



「相変わらず仲良いですよね。その、少しだけけてしまいます......」



「ごめんって。ていうかさ、結衣さんの後任、本当にオレでよかったのか?」



「なにか言いたげな視線ですね」



 剥れた顔から少しだけ意地の悪そうな表情に変えた生徒副会長に就任した美姫に目を細める。



「普通に考えたら生徒会長はお前がやるべきだろ」



「だからずっと言ってるじゃないですか。私は桜花を変えたい。今だに格差だの身分だの言ってるこの古い環境を。私が会長になったんじゃ、桜花は変わりませんから」



「でもさ......」



「いいじゃないですか。正臣くんは桜花学院初の一般入学生の生徒会長。お母様も喜んでますし」



「喜んでる......だと......?」



 あれで、と正臣の口から漏れてしまった声に美姫がこくりと頷く。


 生徒会長の内定を貰ってからの数日間、元桜花学院生徒会でもある和葉にスパルタ個別レッスンを連日課されているというのに?



「桜花の生徒会長になった正臣くんは早乙女家からの評価が上がる。そして私は桜花を変えられる。ウィンウィンってやつです」



「その、ウィンウィンって言ってなにか提案してくるやつを絶対に信用するなって、和葉さんの教育が警鐘けいしょうを鳴らしていてだな......」



「んもうっ! 決まった事なんだからウジウジしないでくださいっ! ほら、そろそろ出番ですよ!」



「痛っ!?」



 パシッと背中を叩く美姫から視線をらしてそろってスポットライトの眩しい舞台に向き直る。



「じゃあ会長、生徒会の初仕事、よろしくお願いします」



「ああ」



 頷いた正臣は美姫を引き連れて、歓声に包まれる光輝くステージへと一歩踏み出した。




【完】

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昔フラれたトラウマで女性恐怖症になったってのに、何故かお嬢様と幼馴染がかまってくる @HEHEI

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