18-2.新学期




「んんっ!」



 二人の唇が触れ合おうとしたその時だった。


 運転席から聞こえた咳払いとルームミラー越しに向けられた鋭い視線に気づいて慌てて美姫から距離を取る。



「ちょっと紅緒っ!」



仲睦なかむつまじいのはよいことですが、毎朝そのノロケに付き合わされる私の身にもなって下さい」



 紅緒の視線は正臣には効果覿面こうかてきめんなのだが、ずっと一緒にいる美姫には全く通用しないみたいで、いつもみたいにぷりぷりと怒っている。



「正臣さま」



 そんな美姫からついと正臣に再び視線が戻る。



「やはり私はあなたが嫌いです」



「あなたに出会ってからというもの、あんなにおおしとやかだったお嬢様が、こんなにも感情をあらわにするようになりました。それどころか総帥も、旦那様も顔を合わせても最低限の会話していなかったのに、今では楽しそうに話をするようになりました。しかも話題は決まってあなたの事......」



「そうなのか?」



「はい。正臣くんが家に来てから、お母様もお父様も人が変わったように笑うようになりました。それに、一緒に食事する機会も増えました。今、とっても幸せです」



 こっくりと頷いた美姫が花が咲いたみたいに微笑む。



「正臣くんは、早乙女家の恩人です。お母様との出会いは悪かったですけど、今ではみんな正臣くんのこと気に入ってくれてます。多分紅緒も。そうでしょう?」



「......仰っている言葉の意味がわかりません」



 ぶっきらぼうに答えた紅緒がおかしくて、笑みをこぼしてしまうと、ムスッとした表情になった紅緒が少し荒めのブレーキ操作で車を停める。


 窓から見えたのは、桜花学院の迎賓館げいひんかん


 いつぞや美姫とダンスパーティに参加した時のことを思い出す。



「認めたくありませんが、あなたはもう早乙女の一員。貴方の恥は早乙女の恥。それを自覚して本日のセレモニーの遂行、よろしくお願いしますよ」



「ありがとう紅緒さん。それに関しては任せて下さい」



 ブレザーの襟を正した正臣は、車から降りて迎賓館へ向かった。


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