山のキキイッパツ

清水らくは

山のキキイッパツ


「あなた、明日学校で鬼の髪がいるんですって」

「なんだって! そんな前日に言われても。もう店も閉まってるぞ」

「そっちにない?」

「すぐに捨ててしまうからなあ」

「図工の時間、すごく楽しみにしていたから……ああ、もうすぐ通話できなくなるわ」

「わかった、何とか探してみる」

 通話が切れた。

 通常の魔法通話は一分が限界だ。お金がかかるため、我が家では一日二回以上の使用を禁止している。仕事では主に定額使い放題の素魔法執電話スマートフォンを使っているが、こちらは公的な魔法回線を利用しているため、私的に使用すると罰せられる。というわけで、用件は聞いてしまったので何とかするしかない。

 こんな日に限って残業である。なんでも麦畑に大量の刃蛇ばったが現れたとかで、駆除魔法の発注が来ているのだ。刃蛇は麦などの植物に絡みついて摘み取ってしまうモンスターで、あまり群れない少量刃蛇しょうりょうばったならばいいが、狂ったように舞いながら群れを作る怨舞刃蛇おんりょうばったの場合は、早急な駆除が必要である。魔法の要請は全て僕が所属する財魔課に来る。今日は朝からてんてこ舞いだった。

 倉庫に行くものの、鬼の髪なんて在庫がない。針金のように固く、昔は縄や案山子づくりなどに使っていたらしい。しかし今では大量に魔法繊維が入ってくるので、誰も買い取ってくれずごみである。しかし学校はたまにこういうものを持って来いという。使い魔餌容器ペットボトルの蓋などは、いつ言われてもいいようにとってあるんだけど。

 だいたい息子が、伝えるのを今日まで忘れていたんだろう。倉庫を探してみたが、ない。残った同僚に持ってないか聞こうとしたが、なんとみんな帰っていた。

 取りに行くしかないかあ。



 裏山の結構奥の方までやってきた。「鬼」というのは角の生えているモンスターの総称で、何種類もいる。このあたりにいるのは、小さいタイプが多い。ちょっとした魔法を使ってくるので、注意が必要だ。彼らの角は魔力のもとになるため、頭部が流通している。角さえあればいいのだが、きちんと鬼の角であることを証明するために頭ごと売っているのである。

 だがやはり、頭部が家にずっとあるというのは気味が悪いものだ。そんなわけでだいたいは、角だけ取って頭は捨ててしまう。髪も一緒にだ。

 草や低木の木を分け入って進む。いつもより草が少ないようで、進んでいくのは意外と楽だった。うまいこと鬼の髪が落ちていればいいんだけど。

 あたりはすっかり暗い。灯りにつられてモンスターでも現れたら厄介だ。

 ゴソン

 嫌な音がした。大きな影が見える。

 緋駆魔ひぐまだ。雑食の赤くて大きなモンスターで、凶暴である。この辺りにはいないはずなんだが……

 シュシュ

 別の音が聞こえる。これはもう聞き飽きた、怨霊刃蛇が草を刈り取るときの音だ。普段は夜はあまり活動しないのだが、餌不足で今も食事中なのかもしれない。

 そうか、こいつのせいで緋駆魔の食料が減っているのか。それでこんなところまで下りてきたのだろう。

 緋駆魔は、口に何かをくわえていた。黄色い肌と、角が見える。鬼だ。鬼を食べているところに僕がお邪魔してしまったらしい。

「いやいや、それを取るつもりじゃないですよ、失礼しますね……」

 少しずつ後退る。戦って勝てるはずがない。逃げるしかないのだ。

 緋駆魔はこちらを見ている。毛が逆立っている。臨戦態勢じゃないか。

 僕は走り出した。緋駆魔も追ってくる。目の前が急な坂になっており、転がりながら落ちてしまった。目の前に緋駆魔の顔が迫ってくる。

 いちかばちか。僕は手を伸ばして、鬼の角をつかんだ。そして、駆除魔法を唱える。

「ビヤアアア」

 やけに人っぽい悲鳴を上げて、駆除魔は悶えた。本来は刃蛇駆除用の魔法だが、鬼の角を一気に使うことにより魔力を巨大化させたのだ。贅沢すぎる利用方法だが、倒すまでには至らなかった。

 とにかく、緋駆魔が悶えている間に、僕はその場から逃げ去った。



「あなたどうしたの!」

「お父さんボロボロ」

 なんとか家に帰ってきたが、もう満身創痍である。

「緋駆魔に襲われてね。あ、でもなんか偶然一本だけ手に入れたよ、学校でいるんだろ。いやあ、危機一髪だった」

 息子の表情は冴えない。

「もっといっぱいいるんだよ。黄鬼一髪ききいっぱつじゃあなあ」

 僕と妻は、顔を見合わせて苦笑した。



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