歯車止まった。

みらいつりびと

第1話 歯車止まった。

「もう回るのはいやっ!」と彼女は言った。

 高速回転していた彼女がギシリッと音を立てて突然止まったので、ぼくはびっくりした。

 彼女とつながって回っているぼくにものすごい負荷がかかって、一緒に止まってしまった。

 ぼくや彼女につながっている歯車たちも止まって、回転停止の連鎖がはじまった。

「きゃーっ」

「いやーっ、なんで停止しちゃうの?」

「ひーっ、なにが起こったんだーっ」

「うわわわわっ」

「あわわわわっ」

 歯車たちは悲鳴をあげて、パニックになっている。

「なんで止まったのさ? ぼくたちは歯車だ。回るのが使命なんだよ!」

「使命なんて知らない。回りたくないから回らないの。それだけよ」

 ぼくは回転を再開しようとして、力を込めた。彼女は意地でも回らないと決めつけているようで、まったく動かせない。すごい力だ。同じ大きさの歯車なのに、なんでそんなに強いの?

「ぎゃーっ」

「やばいやばいやばい」

「連鎖してるよ。すさまじい停止の連鎖が進行してる! このままだと……」

 人工第3惑星が停止する。

 ぼくたちはつながりあってひとつの大きな惑星を形成している。

 歯車たちが協調して、くるくるくるくる回って、巨大な自転と公転をしている。

 太陽の周りを回っている。

「きみ、大変なことになっているよ。世界が停止してしまう!」

「きゃははははは。あたしひとりが止まるだけで停止する世界って、なんてもろいの? 世界なんて終わってしまえばいいのよ!」

「どうしてなんだ? 前は楽しそうに回っていたじゃないか。ダンスしてるみたいなんて、言ってたじゃないか?」

「そうよ。あなたとダンスしている気分だったわ。でも、あなたはあたしとだけじゃなくて、他の子とも回ってる」

「仕方ないだろう? ぼくたちはつながりあって回って、大きなひとつの運動体になっているんだ。きみだってぼく以外の人と回っていたじゃないか」

「それがいやになったのよ。あなたとだけ回っていたいの」

「むちゃ言わないでくれっ! 歯車は回っているのがしあわせなんだよ。ひとりが欠けてもだめ。みんなで回るのが至上の幸福なんだ」

「そんなしあわせ知らない。いらない。くそくらえ!」

 ビーッ、ビーッと警報音が鳴った。

『セントラル歯車が停止しました。人工第3惑星は完全に回転停止。太陽に向かって落下します』

「頼むから回ってくれ。きみひとりのわがままで、みんなが太陽に墜落してしまう!」

「回ってもいいわよ。ただし、ひとつだけ条件があるの」

「なんでも言うことを聞くよ、ぼくにできることなら」

「できるわ。あたしと結婚して」

「結婚?」

 ぼくはまたびっくりして、回ろうと力を込めるのを一瞬やめてしまった。

「ぼくたちはもう結婚しているじゃないか」

「ええ。でもいまの結婚は真実の結婚じゃないわ。だってあなたは、あたし以外の女とも結婚しているじゃないの」

「仕方ないだろう? 歯車は多夫多妻制なんだ。つながっている子たちはみんな夫婦だ」

『太陽に向かって落下中。本惑星は人工第2惑星の軌道を超えて太陽に接近し、第3惑星ではなく、第2惑星になりました』

 ぼくたちはものすごい速度で太陽に向かって落ちている。

「あはははははは。気持ちいーっ! もっと速く、もっと速く飛んで!」

「飛んでるんじゃない。落ちているんだ」

「同じようなものよ」

「きみは頭がおかしい」

「そうかしら。だだの歯車でしあわせなんて、あなたの方こそ狂ってるんじゃない?」

 どう言っても説得は無理だと思った。ぼくはみんなと回転するしあわせをあきらめた。

「わかったよ。きみとだけ回転する。人工第2惑星から離脱しよう」

「いいの? あたしとだけダンスしてくれる?」

「いいとも。このまま太陽に落ちて溶けるよりはマシだ」

「じゃあいっせーのーで、パージ!」

「パージ!」

 ぼくと彼女は自分の意志で人工惑星から飛び出した。

 第2惑星はじょじょに回転を回復させ、自転し、太陽の周りを公転しはじめた。

 それは素晴らしい眺めだった。ひとつの世界が消滅をまぬがれ、美しい回転を再開したのだ。

「ひゃっほーっ」

 彼女はすさまじい高速で回転した。ぼくは必死で彼女と回った。

「ダンスよ! これこそ本当のダンスよ!」

 ぼくと彼女は人工第2惑星の極小の衛星となり、くるくるくるくるくるくるくるくる回った。 

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歯車止まった。 みらいつりびと @miraituribito

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