《短編》美食家アルトくん(危機一髪編)

月咩るうこ🐑🌙

殺したい奴がいる

《スタート編から読むのをオススメします》




「やあ。教えてあげようか?」



俺は、首をつって死のうとしていた。


縄を首に括りつけ、やっとの思いで椅子を蹴った。

間違いなく、今まで生きてきて1番勇気を出しただろう。

なのに体はなんの衝撃もなくて……


恐る恐る目を開けると、自分の足はなぜか元の位置に戻っている椅子の上にあった。


目の前にはこの1人の美青年。

白い肌に白い長髪、美しいオッドアイ。



「ややや〜、危機一髪だったねぇ〜」



この世のものとは思えないあまりに妖艶なその姿に、状況判断よりも先につい見惚れて固まってしまった。



「……え、だ、誰?

え、いつの間に…」



ここは俺の部屋だ。

突然目の前に現れて、そもそもなんだ、「教えてあげようか」って。



「とりあえずそこから降りない?」


青年はニコニコしながらそう言った。


俺は困惑しすぎていて、首に括りつけていた縄からゆっくりと首を外した。

それと同時に手を差し伸べてくる彼。

わけのわからないまま彼の手を取ると、氷のようなその冷たさに驚き反射的に離しそうになる。

しかし、その前にギュッと手を握られて椅子の上から降ろされた。



「あ…あの……確かに死体見つけてもらうために鍵はかけてなかったけど、アンタまさか……ど、泥棒しに来てたまたま俺を見かけて、それで止めに入って良いことしたつもりになって……いや違う。その見た目…アンタ、ウーチューバーかなんかだろ!今配信してんだろ!」


「んっちょ、ちょっと待って?

ははは!いやはや人間って本当に被害妄想凄くて面白いね〜」


男はケラケラと笑いだした。

その笑い方まで美しくて妖艶で、殺風景な俺の部屋にはマッチしていない。


「僕がなんだって?ウーチューバー?

はははは、過去にいたなぁそれ。

えっと確か…炎上?だかして誹謗中傷に耐えられなくてとかなんとかで手首切って死のうとしてた子」


男の話に全くついていけない。

もはやついて行く気もない。

ただただ俺は、怒りだけがふつふつと込み上げてきていた。



「あの子も最後すっっごく美味だったなぁ。あぁ…忘れられない…また味わいたいよ…」



今度はウットリとしだす男。

姿かたちも言動も、全てが意味わからなすぎて気味が悪かった。


それはともかく……


「勝手なことするなよ人が死のうとしてる時に!何考えてんだよ!」


突然キレ出した俺に、彼の笑い声は止まった。

キョトンとした顔で目を丸くしている。


「お前みたいな奴大嫌いなんだよホントに!

人の気持ち考えずに勝手なことして勝手に良いことした気になって勝手に満足して!

自分のことしか考えてないそういう奴ほどとっとと死ねばいいのに!」


いつだってそうだ。

そういう奴ほど長く生き、正直者が馬鹿を見る。

寛容と礼節を重んじれば損をし、人を信じれば騙される。


もううんざりだ。こんな世の中。



「まぁ、落ち着いてよ龍くん。」


「お、落ち着いてだあ?!ふざけんな!」



なぜ俺の名前を知ってるのか?

そんなことを気にしないほど俺は憤慨し頭はパニクっていた。



「勝手に見ず知らずの他人の邪魔しといてこの後の俺の人生に責任取る気あんのか?!ないだろ?!」


「あるよ」


思いもよらない言葉に俺はピタリと止まる。



「は……?」



「だから責任取るよ僕が。

君の人生、ちゃあんと美味しくしてあげる」



目を細め、ペロリと赤い舌を出す男に俺はゾクリと鳥肌が立った。


いや、意味がわからない。

わからなすぎて言葉が出てこない。



「君の今の魂は、今一歩だね。

ただヤケクソになって不味くしちゃってる感じ。素材はいいのに勿体ない勿体ない。

最高級になる素質はあるんだ。

全ては調理次第♡」



舐め回すように俺を見て、男はフッと怪しく笑った。


「おいお前…ふざけてんのか?

おかしな悪ふざけに付き合ってる暇はない。」



「君の人生を最高級にしてあげようか?って言ってるんだよ。

その代わり…君の魂は僕が貰う。」



俺はようやく気がついた。


なるほど。

こいつ死神なんだ。もしくは悪魔か。

で、多分俺は頭がおかしくなっちまったんだな。

だからこんな異質なモノまで見えるようになった。

つまり…

俺はすでに、この世のものではなくなっている…



「その時は、僕が楽〜に殺してあげる。

首吊りなんかよりよっぽど美しく一瞬で死ねるし最高だろ?」



「ま、まぁ……」



正直言えば、首吊りは怖かった。

怖くて怖くて堪らなかった。

首吊り跡は悲惨なんてのも聞くし、でも死んだ後の俺を処理するのは俺じゃないからどうだって良かった。

ただ怖くてもたもたしていて、やっと蹴ったと思ったらまんまとコイツに捕まった俺が悪い。



「ちなみに死んだあとは無だよ。

天国にも地獄にも行けない。

死にたい人間って、無になりたいんだろ?そうやって言う奴多いから知ってるよ〜」



少し得意げになっているようだが、まぁあながち間違っちゃいないかもと思った。

生まれ変わりたいなんて微塵も思わないし。


「転生」という言葉を知った時は絶望したものだ。

ようやく死ねてもまた勝手に生まれ変わらされてまた1から大変な人生をスタートさせなくてはならないなんて。


「僕の名前はアルト。よろしくね!」


「……俺の名前は」


「前野 龍!よろしく!」


「なんで俺の名前知ってっ…」


「君の頭の上に書いてあるからね」


「…あぁなるほど…死神って人間の名前と寿命見えるんだっけ。何かで読んだな」


「ややや待って。僕は死神じゃない」


「へっ?」


「悪魔でもないし天使でもない。

あんな気色悪い奴らと一緒にしないでくれ」



心底嫌そうにため息を吐いている。


じゃあお前はなんなんだと言いたいところだが、頭が狂ってしまった俺が俺に見せてる幻覚なのだろうから、もうなんでもいいと思った。



「とにかく僕は、魂を美味しく食べられればそれでいい。

君を最高級の味にするために、少しくらいは手伝ってあげてもいいし。

ね!悪くないどころかめちゃくちゃいい契約だろ?」



「…まぁ……」



「じゃ、契約成立っ!

ちなみに死ぬ時にやっぱり生きたいなんて言っても却下だからね。

その時は、無理やりにでも君をコロ」



「そんなこと言うわけないだろ」



間髪入れずにそう言うと、アルトは俺の目をじっと見つめてから「ふぅん…」と口角をあげた。

なんだかいちいち癪に障る奴だ。

女みたいな綺麗な顔しやがって。



「で、具体的には俺、何すりゃいいんだよ」



「君が悔やんでいること、やり残したこと、未練……そういったことを一つ一つ潰してってくれればいい。」



それをやってきゃ、俺の魂が美味しくなるのか?

よく分からないが、俺はどういうわけかこのときこいつの話に乗った。

本当に頭がどうかしていたんだろう。



「さぁ…まずキミは、何をしたい?」



その美しい笑みを横目に、俺は俯いた。


さっき首をくくる時に思ったことが、一つだけあった。


あぁ…唯一ひとつ…

死ぬ前に…アイツを…



「……殺したい奴がいる。」



殺しとけばよかったなって…



その言葉に、アルトの眉がピクリと動いた。



「どうしても死んでほしい奴がいる。

お前人を殺せるんだろ?やってくれよ」



「えっ」


初めて見せた、その困ったような表情を俺は真剣に睨む。



「なぁ、俺の人生に協力してくれるんだろ?じゃあそいつ殺してよ」



どうせ死ぬんだと思うと、こんなに簡単に殺人の依頼をしてしまえるものなんだなと自分で自分に驚いた。



「君はなにか勘違いしているようだ」


「はぁ?」


「僕は確かに君を手伝うとは言ったけど、それは君の魂を美味しくするためであって、それ以外のことは手伝えないよ」


「だから俺のやり残したことがそれなんだから、そいつが死ねば未練解消されんだよ!」


「魂を汚すことは、手伝えない。」



真剣な顔でそうキッパリと言うアルトに、俺は目を見開いて何も言えなくなった。



「僕は君の魂をクリアにする手伝いしかできないんだ。言葉不足で悪かったね」



今度はニコッと笑ってそう言うと、


「とりあえず、その殺したい人間とやらの所へ行こうか。……おっとその前に…」


突然近づいてきて俺の首筋に歯を立てた。

その瞬間、気持ちいいような気持ち悪いような…今まで感じたことの無い不思議な感覚がして一瞬目眩がした。


「はー、僕としたことが…

たまにさー、マーキング忘れちゃって、死神や天使とかに横取りされちゃうことがあるんだ。」


ホントか嘘か知らないが、俺はゾクリとした。

俺が横取りされたら俺はどうなるのか……



そんなこんなで俺たちは今、俺の通っていた美術大学の中にいる。


久しぶりの大学に、俺は僅かに体がこわばりだす。

もうここは…俺の居場所なんかじゃない…



「へぇ、龍は美大生だったんだね!

大学に入るのなんか何十年ぶりだろう?」



明らかにウキウキわくわくしているアルトに、俺はしぃ〜!と人差し指を立てる。


「大学内では静かにしろよ?

あと俺からは離れて行動してくれ。

お前みたいなヤバい見た目の連れてたら俺まで変質者に見られるだろ?」



「あっは!安心してよ!

僕はキミ以外には見えないよ。基本ね…」



「あ…そう…」


最後の一言が少し気になるが、まぁそれなら安心だ。



「おーい!前野ぉ!」


来た…



「あれがキミが殺したいって人間?

うわ……めちゃめちゃ不味そう!」


アルトが「臭いもやばいな…」と言いながら鼻をつまんだ。



「あ…松下先輩…お疲れ様です…」



松下マナブ…

コイツが俺の殺したい人間だ。

だけどこいつを前にすると、俺の体は竦んでしまう。


「お前さ、最近大学来てねぇだろ?何してたんだよ待ってたんだぜぇ?」


「す…みません。ちょっと忙しかったんで…」


「 あぁ?お前が何に忙しいってんだよ?」


睨みつけてきたその顔が、雰囲気が、あまりに怖くてビクッと肩を揺らす俺に、松下はニヤリと笑った。


「まっ!次のプロジェクトはかなりアレの入り良いやつだから、しっかりやってくれよ!」


「え、いや…俺…もうそういうのからは抜けたいって言っ」


「てめぇあの事バラされてぇの?」


ヒュッと息を飲んで固まる俺の肩に、松下は手を置いた。


「あん時の恩も、忘れたとは言わせねぇからな?」


最後は笑顔で「じゃっ!」と手を振って

全身ハイブランドに身を包んだ、一見するとルックスの良いモテる男は去っていった。


たちまち女子たちに囲まれているのを見ながら、俺は無意識に止めていた息を一気に吐いた。


しかし息を止めていたのはアルトも同じだったらしい。


「ハァハァ…ハァ〜っ…くっさかった!

何、なんかビジネスでもやってるの?」


「まぁ…うん。そんなとこ。

いわゆる詐欺だよ。」


「さぎ……えーとなんだっけそれ」


「人を騙して金を巻き上げるんだ」


「あぁ、そういえば居たなぁ、そういうのに騙されて借金まみれだかで飛び降り自殺しようとしてた人間。」


それを聞いてズキッと心が傷んだ。



「言い訳じゃないけどさ…俺も初めは騙されたんだよ」



俺の家は昔から貧乏だった。

母が女手一つで俺を育ててくれて、俺を高校、大学へと行かせるために、朝から晩まで働いていたのを覚えている。

そんな母になるべく苦労をかけたくなくて、東京へ出てきて一人暮らしをし美大に通いながらバイトに明け暮れた。

多くて4つもかけ持ちしていたことがあったくらいだ。

母から仕送りは受け取りたくなくて、安アパートの家賃や生活費等全てを自分でなんとか賄っていた。


そして俺は、誰にも言えない1つの秘密があった。


俺はゲイだ。同性が好きなのだ。

それは当然、母も誰も知らない。


大学に入ってから、俺には好きな人ができた。

その人はカッコよくて人気者で、誰にでも優しい1つ上の先輩だった。

その坂田先輩は、自分のサークルへ俺を勧誘してきた。

ひたすらイラストを描いてコンテストに応募したり、時には展示会を開いたり評議会をしたりして、美大生としての自分たちを自分たちで磨きあげることを目的とした真っ当なサークルだった。


そこへ途中から入ってきたのがさっきの松下マナブだった。


俺があまり良い道具を持っていないことと、バイトで忙しくしていることを知り、凄く金入りのいいバイトがあると言って勧誘してきたのだ。

俺のことを気にかけてそんなものまで紹介してくれるなんて、松下先輩は凄くいい人だ!

そう思って俺はすぐに飛びついた。

もうすぐコンテストがあるから良い道具を揃えたいし、作品が注目されて好きな人に認めてもらいたかったし、なにより日々のバイトのせいでなかなか好きな人との時間が取れないことに疲弊していたからだ。


「前野お前パソコン得意だろ?

多分お前にとっちゃかなり簡単な作業なんだよ。どこいてもできるし!」


それは確かに金入りは良くて、俺は他バイトをやめ欲しかった道具を揃えることが出来て浮かれていた。

描きたかった絵にも力を入れ始めていた頃…

俺は薄々気がつき始めていた。


俺が手伝っている松下の仕事は、明らかに詐欺だと。

出会い系サイトやサプリやらといった怪しいもののホームページ制作、妙なサイトへの勧誘ページ、ネット転売ヤーのような作業、ネズミ講、その他諸々…


俺はさすがに良心が痛み、ある日思い切って松下に断りを入れた。

しかし……


「俺、知ってるぜ?お前ゲイだろ?」


俺の心臓は飛び出るほど跳ね上がり、頭が真っ白になったのを覚えている。


「いっつも坂田のこと気持ち悪い目で見てるし、お前が今こそこそ描いてんのって坂田だろ?それ知ったら、あいつどう思うかな〜」


嫌だ。それだけは。


恋愛的感情を持ってるなんて知れたら、俺は間違いなく気持ち悪がられるし、絶対に嫌な思いをさせるなんてことわかってる。

警戒されてサークルを辞めてしまう可能性だって高い。


別に坂田先輩のことが好きでも、

だからといってどうこうなろうなんてこと、これっぽっちも思ったことはない。

だからずっとずっと隠してきた。これからも隠すつもりでいた。

そばで見ていられるだけでいい。たまに話したりできればそれで充分だ。

なのに……それさえも奪われるのか?

ただ好きでいることすら許されず、ただ純粋に想うこの感情さえも奪われるのか?



ある日、最悪の出来事が起きた。


「私たちの絵が転売されてる!!」


ある女子が開いたサイトを皆で見ると、このサークルの全員の絵が違法サイトで転売されたり、商業に使われたりしていた。


そして俺はハッとする。

それは、俺が松下に言われて最近作ったサイトだったからだ。


俺はそのことを誰にも言えなかった。

そんな勇気は無い。

そして俺はこの時初めて知った。

騙された側の気持ちを。


それなのに…

どうしてもこのことと、そして坂田先輩に自分の想いをバラされるのが嫌で、そのまま松下に従っている最低な自分が大嫌いになり、人生が全く楽しくなくなった。


たまに母からかかってくる電話にも、忙しいという言い訳をして出れなくなった。

坂田先輩と目も合わせていられなくなった。


だって俺は、立派な犯罪者じゃないか。

誰に合わせる顔もない。


そしてついに、転売の件は俺が作ったページだったということがバレた。

疑われそうになった松下がバラしたのだ。

俺はホームページを作っただけで、中身の商品については知らなかった。

しかし弱みを握られている俺は何も言えない。

するとそんな俺を庇うように松下が、俺の家は貧乏で金にどうしても困っているから仕方ないだのという同情を煽る上手い話をした。


優しい皆から俺は、同情されて許された。

そしてまた、何も言えない自分。


みんなと、坂田先輩の憐れみの目。

松下の、俺のおかげだぞというようなふてぶてしい面。


こんなに情けなくてこんなに馬鹿すぎる話があるだろうか。

罵倒された方がまだマシだった。

自尊心なんか底辺どころかマイナスになった。


そんな時に、坂田先輩には彼女ができて、俺は勝手に大失恋した。

そして勝手にその彼女に嫉妬し、そんな醜くて気持ちの悪い自分にもっと嫌気がさして……


ついに俺はサークルをやめ、あまり大学にも行かなくなってしまった。

せっかく親が汗水垂らして学費を払ってくれているのに…


もう俺は、自分の何もかもが嫌になった。


俺はいつか親に孫の顔を見せてあげるなんてことできないし、きっといつか絶望させる。

親を幸せにできない。恩返しができない。


きっと大学も卒業できないし、イラストレーターや漫画家になる将来の夢も叶わない。


俺には夢も希望もない。

周りに迷惑ばかりかけて害しかなさないこんな人間、この世にいない方がマシだ。


何もかもがバカバカしくてどうでもよくなった。


そして俺は今、死神みたいな奴にまた生かされてる。

この死神も俺と同じくらい馬鹿なようだ。

俺がまた人生やり直したところで、何にもならない。

せいぜい自分の愚かさを全て松下のせいにして松下を殺してスッキリすることくらいしか。



「ふぅん、なるほどね。

じゃあやっぱ殺す?あの臭いの」


「っ!いいのか?さっきお前…」


「はははは、冗談。

ただ君の魂の汚れは、あいつが原因で、それを取り除かないと始まらないこともわかった。だからとりあえず、一発殴ってきたら?」


「は?なんだよそれ…」


とは言ったが、まぁどうせ死ぬのだから、たとえ殺すことはできないにしても殴ることくらいはしておこうと、今度は首ではなく腹を括った。


大学内で皆に迷惑をかけたり大事にはしたくなかったのだが、自分が死んだあとのことなんてどうだっていいので、俺はづかづかとサークルに入り込んだ。

懐かしいメンバー、そして坂田先輩が驚いたようにこちらを見ているのがわかったが、それには目もくれずに松下の方にだけ真っ直ぐ進み、そして思い切り殴った。


当然教室は騒然とし、松下が反撃してきて殴り合いの修羅場と化した。


「てめぇっ…!ゲイのくせに調子乗ってんなよ?!おい皆聞けよ!こいつ坂田に恋してんだぜ?!くっそキメェだろ?!」


そんなふうに大声でバラされたけど、

俺は完全にイッちゃっていたらしい。

死に際ならばなにもかもが本当にどうでもいいし、一番恨んでいた奴を殴るというこのスカッと感に酔いしれて何度も殴り合いをした。


お互い血塗れのボロボロになって、学内では詐欺のこともバレて退学処分になった。

当然のことながら、親も泣かせた。


もう俺の人生、死んだも同然だったけど、まだまだ魂がクリアになっていない俺はアルトに殺してもらえなくて、もう好きに生きることにした。


全てのしがらみから解放され、絵や漫画関連の仕事やアシスタントをしながら生計を立て、暇さえあれば絵を描いた。


ただ好きなことをしているだけなのに、なぜか充実していて、なぜかいろんなことが上手くいった。


気がつけば自分の個展やイベントをやれるくらいの人気イラストレーターになっていて、ファンや人脈も増え漫画で連載がとれるようになったりもした。

いつしか自分のためだけではなく、母親にもお金を使えるくらいにはなっていた。


そんなとき、とある俺のイベントで学生時代に片想いしていた坂田先輩に会った。

お互いもう割といい歳だ。

彼は妻子を連れていた。


「子供がさ、前野くんの漫画の大ファンで、まぁ俺もなんだけどね。だから今日は楽しみにしてたんだ!」


こんなに月日が流れたのに、先輩が俺のことを覚えていてくれたことそれだけで俺は嬉しくてしょうがなかった。


「もう雲の上の人になっちゃったな」


坂田先輩は少し寂しそうに、でも満足そうにそう言った。


「あの時はごめんな。何もしてやれなくて…」


なぜそんなことを言うのだろうか。

さんざん迷惑かけて勝手に退学騒動を起こしたのは俺なのに。


「あの、坂田先輩…これ…」


「パパだ〜っ!」


あの時なんだかんだで描きあげていて、結局コンテストに出す勇気がなかった1枚の絵…


「これ…あの頃の自分の戒めにずっと持ってたものなんです。受け取ってくれますか?」


坂田先輩はその絵に俺のサインを求めてきた。


「あの時、こんなに俺の顔見ていてくれたんだな。ありがとう。」


そう言って笑顔で妻子とともに去っていく幸せそうな彼を見つめながら、俺は本当の意味で初恋と初失恋を乗り越えた。


そしてようやく俺にも恋人ができた。

仕事関連で出会った2個上の男性だ。

これ程にない幸福感に満たされた。


彼は自分の親に俺を紹介してくれたのに、俺はまだ親にカミングアウトさえしていない。

そんな俺に、彼は勇気を奮い立たせてくれた。

一緒に母に会ってくれて、俺は初めて本当の自分を母に告白したのだ。


「なによ今更。そんなこととっくに知ってたわよ。私はずっとあなたの母親だもの」


その言葉に涙した日を、これまでにないほど満たされた気持ちになったことを、今でも忘れられない。



「アルト、俺さ…なんかもうホントに満足だよ。あの時お前に助けられてよかったって、今なら心の底から思える。

だからもう、殺していいんだぜ。

恋人に対しては…本当に申し訳ないけどな」



シュッと隣にアルトが現れた気配がした。



「最初はさ、ただイカれた俺の脳が見せてる幻覚かと思ってたんだ。でもよーやくマトモになった今の俺でも変わらずアルトが見えてるってことは…やっぱりお前は存在するんだな」



フッとアルトが笑ったのが分かる。



「…なぁ、マジでいつになったら殺すんだよ。このままじゃ俺、どんどんこの世界が…」



その先の言葉をグッと喉の奥にしまった。




グサッ!



「許せないんだよ!お前ばっか成功しやがって!」


ある日突然、松下マナブに刺された。

そして俺は、意識不明の重体となった。


それなのに…

気が付けば俺は息を吹き返し、隣には泣いて手を握る恋人と母親がいた。

医者には驚愕され、奇跡どころの話ではないと言われた。


死ぬ寸前のところでアルトが俺を助けたのだ。



「不思議なんだ。」


「なにが?あぁ、だからそれは言った通り、僕があの瞬間急所に届かないようにしたのさ。ほんっとまた危機一髪だったよー」


「違う。そうじゃない…」


病院のベッドの上。

自分の傷を触りながら、俺はどうにも清々しい気分でいた。


「こんな目に遭っても俺、松下に対してなんとも思わないんだ。

あんなに殺したいほど恨んでたのにさ…」


どうしてだろう……と言いながらふと写真立てを見て目を見開く。


あぁ…そっか…

そういうことだったのか…


そんな俺に、アルトはまたいつもみたいに妖しく笑った。



入院中、病院で1人の少女と出会った。

彼女はいつもお絵描きをしていて、暇潰しに俺も一緒に描くようになった。


「ねぇ、お兄ちゃんの絵のこの人…もう少しまつ毛を長くした方がいいんじゃないのかなぁ?」


「いいんだよ。あんまり男前にするとムカつくから」


笑いながら描いたその絵に、少女は色を塗ってくれた。

それがなぜだかそのまんまなので驚いた。

少女が俺の背後を見て微笑んだ気がしたが、気のせいだろう。



「将来は私も、漫画家さんになりたいな」


「うん。絶対なれるよ」



だけどその子は後日、昏睡状態に陥った。

両親や友達に囲まれて泣かれているのを見たあと部屋に戻り、俺はアルトに頼んだ。



「えぇ〜…あとほんの少しスパイスを足したかったのに〜」


「頼むよアルト。俺、ようやく分かったんだ。自分の人生を本当に満たされた気分で生きてると、たとえ自分が刺されようが殺されようが、恨みなんて出てこないんだよ。

ただひたすらに…幸せな気持ちなんだ」


もう俺の人生は充分だ。

充分過ぎるほどに幸せだった。

あの時死ななくて、本当に良かった。


「ありがとう…アルト…

せっかくまた助けてくれたのに、ごめんな。」


そう言って俺はベッドに横になり、恋人と母親と写っている写真立てを胸に抱いた。


「でもさ……死神だって少しくらい、おすそ分けってのを学んだ方がいいぜ」


「オスソワケ?」


「幸せを分けることだよ」


まだ少し納得いかないような声がしたが、しばらくして写真立てを持つ手に冷たい手が置かれた。


目を瞑った先で、今までのいろいろな出来事が蘇る。

その時は死ぬほど苦しいことでも、満たされた気分の今となって考えると、他人のことも自分のことも、全て許せる。


許すことを学ぶために俺は、生まれてきたのかもしれないな。



「いただきます……龍…」


耳元でその声がした瞬間、俺は本当の意味で全てを受け入れた。



〜〜~



息を吹き返した少女は、泣いて喜ぶ家族や友人の後ろに立っている僕を見て目を見開いた。


僕は、しぃ〜と人差し指を口に当てる。



「また危機一髪だったな〜この子も。」



僕は残った龍の魂をじっと見つめる。


「おすそわけ?ってのをするとこれしか残んないのかぁ。でももっとクリアになった!」



" 死神だって少しくらい、おすそ分けってのを学んだ方がいいぜ "



「だから僕は死神なんかじゃないっての。

ただの美食家さっ♪」


ごくっ


「ん〜っご馳走様♡」


僕は魂を飲み込みいつもの手帳を取り出す。

そこに、『前野龍 Bランク』と書き込み、少女と描いていた絵を貼った。


「……。僕こんなかなぁ?」


別に自分の容姿になんて全く興味無いけどっ

僕が興味あるのは、美食♡それだけ♡



「今回はパパ文句言ってこないよねっ

なぜならあの臭い人間の魂、渡しといたから♡」



瞬きをすると一気に情景が変わり

そこには大量の錠剤を口に入れている女がいた。



「やあ。教えてあげようか?」




自分を最高級に美味くする生き方ってやつを。

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《短編》美食家アルトくん(危機一髪編) 月咩るうこ🐑🌙 @tsukibiruko

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