リスタート 

作者不明

青いパーカーと紺のブレザーと緑のネクタイ

「──────────────────っ!」


 またこの感覚だ……。これが始まるといつも、貧血で倒れたときのことを思い出す。目の前が端から白くボヤけていき、すべてが真っ白に染まったかと思うと全身から力が抜けて、膝から崩れ落ちる感覚。


 そして次の瞬間、甘い誘惑的な香りで目を覚ますと、オレは彼女に抱かれていることに気づく。そしていつも彼女は言う。


「ヒロくんって、耳弱いっスよね。はむっ……」

「ん……おい。やめろよ、リン……////」


 男子小学生を背後から抱き締めている女子高生は、からかう様に囁いて少年の耳たぶを甘噛みした。温かい吐息が少年の左耳の奥に当たり、オレは思わず悶えてしまった。


 オレの名は『廻冬かいとうヒロ』。今年で10歳の小学4年生だ。黒髪の短髪で鋭い目つきは悪人顔をして定評があり、お気に入りの青いパーカーをいつも着ている。


 彼女の名は『天川あまのがわリン』。自称16歳の女子高生だと言っていた。茶髪のセミロングで紺色のブレザーの制服と緑色のネクタイ。いわゆる狸顔と呼ばれる可愛らしい顔立ちをしている。


 ──そして彼女は、ヒロの父親の元不倫相手でもあった。


 オレとリンが出会ったのは三ヶ月前だ。彼女は雨が降る中、ずぶ濡れで橋の下で一人しゃがみこんでいた。学校から帰る途中だったオレは興味本位で彼女に近づき、持っていた傘で彼女を冷たい雨から遮ると、彼女が見上げて言った。


「あ、みつけた──」


 彼女はそう言って、いきなりキスしてきた。唐突な初チューの喪失にオレは動揺した。なぜかは分からないがオレはすんなり彼女を受け入れてしまったことは覚えている。それからオレと彼女は毎日、橋の下で会って秘密の関係を続けている。


 初めは他愛もない話をして時間を潰すことがほとんどだった。だが次第に彼女はオレの身体を触ってくるようになった。背後から優しく包むように抱き締められると、オレはいつも抵抗せずに身を任せていた。彼女の気まぐれでチューされることもあり、オレと会う前に食べてきたであろう焼肉のタレっぽい味がした。


 そんな関係を続けていたある日、彼女が言った。


「あーし、ヒロくんのお父さんの愛人だったんスよ……」


 もちろん最初は信じられなかったが、彼女が出してくる証拠を見せられると信じざるおえなかった。父と彼女が旅行先で撮った写真の数々。中には父が撮ったであろう彼女の姿が映し出されている写真もある。


 オレはそれを見て平静を装ったが内心ではドギマギするほど過激なものだった。彼女は恥ずかしげもなくそれを見せて、オレが動揺しているのを見てケタケタ笑っていた。


「オレは……父さんの代わりかよ?」

「そうっスよ」


 彼女は悪びれもせずに言った。つまりオレは父親の“お下がり”を貰ったらしい。


 そんな関係が続き、今日は年末の大晦日だ。オレはリンと橋の下にいた。いつもの如く、彼女に抱き締められていると彼女はオレに言った。


「もうすぐ今年も終わりっスね」

「そうだな」

「そうだ、初詣一緒にいかないっスか?」

「オレはいい」

「え~なんでっスか?」

「願い事なんてないし、寒いし」

「一緒に行きたいっス! ねぇ一緒に行こ?」

「一人でいけよ……」

「〰〰〰〰〰〰! でも嫌ならしょうがないっスね。また明日っス」

「うん、じゃあな」


 彼女はオレをぎゅ~っと抱き締めながら悲しそうに言った。だがオレは知っている、明日なんて来ないことを……。


 名残惜しそうにオレから離れて自転車に乗ったリンは寂しそうに走っていった。彼女を見つめながら小さな声でオレはつぶやいた。


「今度こそ、今日を終わらせて『明日』を手に入れてやる……!」


 そう、オレは心の中で誓った──。


                   *


 12月31日。現在オレは、奇妙な現象に悩まされている。所謂いわゆる『タイムリープ』というヤツだ。そのおかげでオレは、大晦日の12月31日を繰り返しループしている。


 大晦日のカウントダウンがゼロになったタイミングでループが発生し、オレは貧血になって倒れるんだ。そして気づくと最初の日に時間が巻き戻っている。このままでは永遠に新しい年が始まらない。


 つまり、その前にタイムリープの原因を特定してループを解除し、新年の始まりをリンと一緒に迎える。これがオレのミッションだ。


「今度こそ新年を迎えてやる!」

「見つけた、ヒロ! こんな所にいた!」


 決意を固めた瞬間に嫌な声が聞こえ、オレはその方向に顔を向けた。思った通り見知った顔の少女がこちらに向かって鬼の形相で走っている姿が見えた。少女がオレの目の前で仁王立ちをして言った。


「今日も学校サボったでしょ! どこ行ってたの!」


 コイツは『鬼塚おにづかナオ』。保育園のときからの幼馴染で同じクラスの同級生だ。昔っから真面目で正義感が強すぎる所があって苦手なんだよ。特にオレのことは目の敵にしてるようで視界に入ると必ずオレに突っかかってくる。オレがあからさまに無視すると、ナオはさらにヒートアップして責め立てる様に言う。


「また“あの女”に会いに行ってたんだ!」

「うるせぇ、お前に関係ねぇだろ」

「いけないだよ、そういう事したら! 先生に言いつけるから!」

「ば!? おま、ふざけんな!! チクったら許さねぇからな!」


 オレはそう言って、逃げる様に走り出した。今はそれどころじゃないんだ。オレはタイムリープ問題を解決するためにとある場所に行った。


                   *


「よく聞け少年! 人生ってのはな、何度でもやり直せるんだ」

「ふ~ん」

「だからな少年! 待った! 待っただ!」

「また『待った』かよ……」


 そう言ってお兄さんは一度指した将棋の駒を戻して、別の駒を動かした。オレは動じずに次の手を打ちながら言う。


「やり直したからって、いい結果になるとは限らないけどなっ……と」

「んが!?」


 これで詰みだ。さすがにお兄さんも「参った……」と言った。オレはいつものように学校をサボって近所のお兄さんと将棋を指していた。


 お兄さんはご近所では有名な筋金入りのゲーマーで、テーブルゲームからテレビゲームまでありとあらゆるゲームに精通している。しかし人生という名のゲームには敗北しているようで、それはお兄さんの前では禁句だ。


 少なくともオレにない長年の経験と知恵があるはずだ。そう思って相談しに行ったら開口一番に将棋の相手を頼まれたわけだ。


 接待将棋を終えてお兄さんにオレは本題の相談をした。するとお兄さんが言った。


「何度繰り返しても先に進めない?」

「うん。そういうとき、どうしてる?」

「ゲームでよくある詰んでる状況だな……そういうときはいつもは絶対にやらない行動や場所に行ってみるといいぞ。一度最初の街に戻って見たり、モブキャラのセリフが変わってないか確認したりしてると案外イベントが進んだりするもんだぞ」

「いつもは絶対にやらない行動……」


 オレはお兄さんにそれを言われてハッとした。

 待てよ。たしかにオレはいつも同じ行動をしてたかもしれない。


 タイムリープして戻る場所はいつもリンと一緒にいるときだった。それはつまり、その瞬間からじゃないとイベントの分岐が発生しないからだ。リンとの会話の中にヒントがあるのか。


 そうだ、初詣だ。オレはいつもリンの誘いを断っていた。それが問題だったのかもしれない。リンは一緒に行きたがっていたんだ。


 何ごとも考える前に行動するのがオレの流儀だ。オレは慌ててリンに連絡した。初詣に一緒に行きたくなったというと、リンは大喜びをしていた。


 確証はないが試してみる価値はあるはずだ。これで本当に上手く行けばいいのだが──。


                   *


「は〰〰もうすぐっスね、ヒロくん!」

「そうだな……」


 リンは待ちきれないといった様子でウキウキだ。だがオレにとっても運命の瞬間だ。今度こそはと願いながら、その時を待った。


「10、9、8、7、6、5、4、3……」


 大晦日のカウントダウンが始まった。オレは隣にいるリンと一緒に握っている両手に汗を感じながら、運命の瞬間を待った。


「──2、1、0ォ! ハッピーニューイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 いつもならこのタイミングでタイムリープが発生するはずだ。……。しかし何も起こらない。


「………………はぁ……やった」


 思わず声が漏れてしまった。ついにやった! この無限ループを終わらせた! 間違いなかった。リンと一緒に初詣に来ることがループ解除の条件だったんだ!


「ヒロくん! 願い事は決めてるっスか?」

「うん」


 そう言ってオレはリンと一緒に神社に向かった。行列に並び、順番が回ってオレとリンは神社の賽銭箱の前に立った。賽銭箱に5円玉を投げ入れて神様に願いを言う。


「いつまでも、リンと一緒に居られますように──」


 するとリンが言う。


「それじゃあ、あーしはやることがあるからもう帰るっスよ。ヒロくん、今年もよろしくっス!」

「え!? ああ、うん。よろしく」


 突然リンが用事があるからとバッグを抱えて帰って行ってしまった。オレもやることがないので仕方なく家に帰った。


 父さんは夜遅くにならないと帰らないだろうし、母さんもすぐに寝てしまう。オレは初日の出を見るために起きていようかと毎年粘るのだが、いつも睡魔に耐えきれずに寝てしまう。オレは瞼が重くなるのを感じながら、今年はいい年になるといいな。そう思っていた。


 しかし、オレの新年は最悪なニュースで始まることになる。


                   *


 ──新年。オレはいつものように昼ごろに目が覚めた。階段の下から母の声が聞こえた。


「はい……はい……」


 階段を降りると母が家の電話で誰かと話していた。表情からして深刻そうな雰囲気だった。オレは気にせず通り過ぎようとした。


「………………ヒロ」

「なに?」


 母に呼び止められ、オレは何の気なしに返事をした。母の異様な雰囲気にさすがのオレも気づく。すると母がゆっくりと口を開いた。


「ヒロ……お父さんが……死体で、発見されたって……」

「……っ!?」


 新年早々の悪いニュースにオレは言葉を失ってしまった。 


 母の話では、今さっき警察から連絡があり、事件に巻き込まれたとのことだ。母も動揺しており詳しい内容は分からないが、つまりオレの父親の死体が橋の下で発見され、近くには女性の死体もあったそうだ。おそらくその女性が父さんを殺した犯人の可能性が高いらしい。


 警察は双方ともに無理心中を図ったと断定した。父の死体のそばにあった女性の死体は『天川あまのがわリン』という女子高校生だったそうだ。


 警察の手にかかれば、リンと父さんの男女の関係を調べるくらい造作もないのだろう。あっという間に不倫関係の事実にたどり着き、現場の状況から無理心中を図ったと判断されたのだ。


 オレはあまりの情報量に何が何だかわからなかった。何も知らなかった母さんは気が狂いそうだったに違いない。父さんが死体で発見されただけでも動揺しているのに、女子高校生と不倫関係にあったと知ってショックを受けて寝込んでしまった。その時だった。


「──ッ!?」


 突然めまいがして、オレは頭を抑えた。頭の中で除夜の鐘でも鳴らされているかのようなゴーン、ゴーンという音が鈍く響き渡る。そして目の前が端から徐々に白く染められていく──。


「──────っ!」


 ──ザワザワ。


 気が付くとオレは初詣に来ていた。周りは大勢の人で賑わっており、お祭り状態である。目の前には、心配そうにオレを見つめるリンがいた。するとリンが言う。


「どうしたっスか、ヒロくん?」

「リン……!」

「大丈夫っスか? 具合悪いっスか?」

「あ、いや……平気だよ」


 ──タイムリープしたんだ。でも、いつもと違う。前回は大晦日だったのに、今回は新年を迎えた後だ。


 この後、父さんはリンに殺されるのか。にわかには信じがたい。少なくとも隣にいる明るくて無邪気なリンが人殺しをするとは到底考えられない。


「それじゃあ、あーしはやることがあるからもう帰るっスよ。ヒロくん、今年もよろしくっス!」

「ああ、うん。よろしく」


 初詣を終えてリンと別れた後、オレは家に帰るフリをしてこっそりとリンの後をつけて行った。行った先は人通りの少ない夜の公園だった。オレは見つからないようにこっそりと物陰に隠れて観察した。リンは公園の中央で誰かを待っているようだった。


 しばらくすると人影が現れた。オレは目を凝らしてよく見た。体格からして男だ。街灯の光が当たってその顔が露わになったとき、オレは息を飲んだ。男が言った。


「何の用だ、リン? 私はこれでも忙しいんだ」

「お願い。これで……最後っスから」


 父さんだった。リンが父さんの元愛人の不倫相手だっていうのは聞いていたけど、実際に二人が会っているところを見たことはなかった。オレはその光景を見て、嫌な動悸を感じた。まずい、まずいまずいまずい。


 すると、リンが大事そうに持っていたバッグに手を入れた。そしてゆっくりと包丁を取り出して言った。


「さようなら……愛してます」

「!」


 その瞬間、リンが包丁を父さんの胸に突き立てた。父さんは慌てて逃げようとしていたようだが体が思うように動かなかったようだ。リンは父さんに馬乗りになって「愛してます。愛してます」と何度もつぶやきながら、包丁を刺し続けた。


 ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ! ザクッ!


 無感情なリンが何度も包丁を刺す姿を見て、オレは動けなかった。信じたくなかった。リンが父さんを刺し殺す瞬間を見てしまったのだ。あまりの光景にオレは後ずさりしてしまった。


 カラン!


 アルミ缶の金属音が響いた。偶然に転がっていた空き缶をオレはかかとで蹴ってしまったらしい。

 

「!」


 リンは空き缶の音に反応してこちらを睨んだ。オレは動けず、リンと目が合ってしまう。するとリンが叫んだ。


「ヒロくん!? どうしてココに!??」

「リン……オレは……」


 するとリンは手に持っていた包丁を喉に突き刺した。リンの首から大量の血が漏れ出し、心臓の鼓動のように一定間隔で出血している。そのままリンが倒れてしまった。オレはリンに駆け寄ろうとした。


「──ッ!」


 そのとき、めまいが起こった。そのまま……視界が、白く、ボヤけて──。


「──────っ!」


 ──ザワザワ。


 気が付くとオレは初詣に来ていた。同じだ、周りは大勢の人で賑わっている。目の前には、心配そうにオレを見つめるリンがいた。そしてリンが言う。


「どうしたっスか、ヒロくん?」

「はぁ、はぁ……!」

「大丈夫っスか? 具合悪いっスか?」

「………………」


 ──戻ってきた。


「それじゃあ、あーしはやることがあるからもう帰るっスよ。ヒロくん、今年もよろしくっス!」

「……待って」

「どうしたっスか、ヒロくん?」

「………………」

「まだ何か用があるっスか? 悪いっスけど、これからあーし別の用事が──」

「──ダメだ」

「え?」


 オレはリンの言葉を遮った。リンは目を丸くして驚いている様子だった。オレはおもむろにリンが抱えているバッグを指さして訊ねた。


「その中、何が入ってるの?」

「えぇ? ちょ、いきなりなんスか??」

「中、見せてよ」

「ダメっスよ。乙女のバッグの中身は夢が詰まってるっスよ。いくらヒロくんでも教えられないっス」

「包丁……入ってるんじゃないの?」

「!」


 するとリンの表情がこわばり、さっきまでの笑顔が消えた。


「何の冗談っスか?」


 そしてリンは冷たい声で言った。もう後には引けない。オレは強い口調で追及するように言った。


「父さんを殺しに行くんでしょ?」

「……言ってる意味が分かんないっスよ」

「──ッ! いいから見せろよ!」


 オレは強引にリンのバッグを奪って中をコンクリートの道路にぶちまけた。中から一本の包丁が落ちて、冷たい金属音が寂しく鳴り響いた。するとリンは慌てて包丁を手に取って胸に抱えた。オレはそんなリンに向かって言った。


「初詣にむき出しの包丁なんて持ってくる必要ないよな?」

「………………」

「復讐なんてしても、リンが不幸になるだけだよ……」

「……いつから気づいてたっスか?」

「ずっと前から」


 オレがそう言うと、リンは天を仰いで白い息を吐いた。自身のお腹を優しくさすり出し、オレに語り掛ける様に言った。


「人を殺してはいけない。真っ当な意見っスね……でも、アンタの父親こそ“人殺し”っスよ」

「……?」

「あーしは何度も頼んだっス。一人でも育てるからって、誰にも迷惑かけないからって。でも諦めろって、ろせって……聞いてくれなかったっスよ……」

「………………」

「痛かったっス……すごく痛かったっスよ。ゴリゴリって、お腹の中を掻き出される感覚……今でも覚えてるっス」


 リンの言っていることが分からないわけじゃない。多分、そういうことだろう。オレにとっては穏やかで優しい父さんが……まさか、そんなことを……。


「時間を巻き戻せるなら……巻き戻したいっスよ。あんなヤツとさえ、出会わなければ……」


 声を絞り出すようにリンは言った。彼女の怒りをなだめようとオレは言った。


「まだオレがいるだろ? リンが辛いときは、いくらでも話聞くからさ……だから──」

「──まだ気づいてないっスか?」


 リンがオレの話を遮った。続けて言う。


「ただのお遊びだったっスよ。あーしと釣り合うとでも思ってたんスか??」

「……え」

「最初は新しいおもちゃ見つけたと思って可愛がってたっスけど……もう飽きたっス」

「なに……言って……?」

「秘密もバレちゃったし、もう終わりっスね」

「そんな……! 待てよ!!」

「邪魔するなら、ヒロくんでも容赦しないっスよ」


 リンが包丁をオレに向けて凄んだ。オレはあまりのことに足がすくんで動けず、茫然と立ち尽くしていた。リンは包丁をバッグにしまい込んでその場を去っていった。


 オレは恐怖と混乱で動けず、リンを止めることができなかった。


                   *


 初詣の神社から少し離れたバス停のベンチ。オレは何もする気が起きず、ベンチに座って俯いていた。


「あれ? ヒロ、何してんの?」


 オレに声をかけた人物、それは鬼塚ナオだった。彼女も初詣の帰りだったのだろう。オレは声を絞り出すように言った。


「ナオ、助けてくれ……」

「え、どうしたの? ヒロ?」

「なぁ、ナオ! オレ……どうすればいいんだよ!」

「ちゃんと説明してよ! 何があったの?!」


 オレはナオに簡単にだが今までの経緯を説明した。はっきり言って意味不明だったと思う。頭がおかしくなったと思われてもしょうがないような説明だった。


 するとナオが言った。


「助けに行きなよ!」

「え……?」

「よく分かんないけど、ヒロだったら助けられるんでしょ?! だったら行くべきだよ!」

「どうせ行ったって……」

「ヒロらしくないよ! いつもだったら誰にも相談しないで一人で突っ走るくせに!」

「でも……」

「考える前に動く! それがヒロのいい所でしょ!! 私は、そんなヒロのことが……」


 ナオが突然頬を桃色に染めて顔をそむけた。同時にナオに喝を入れられてオレは何かが吹っ切れたような気がした。そうだよ。オレはバカか? なに迷ってんだよ! 何をするべきかなんて、最初から分かってただろうが!


 ナオに向き直ってオレは言う。


「ありがとう、ナオ。なんか吹っ切れた気がする。オレ行かなきゃ!」

「ふ、ふん! ヒロなんて、あの女とどっか遠くに行っちゃえばいいんだ!」


 ナオの減らず口にオレは少し嬉しくなりながら、リンを止めるために走り出した──。


                   *


 人通りの少ない公園。そこに中年の男性と女子高生の二人が向かい合ってたっている。 


「さようなら……愛してます」

「!」


 今まさにリンが父さんを刺そうとする瞬間だった。両手で包丁を握りしめたリンは、父さんに向かって走っていった。


「!?」

「がっ……!」


 オレは二人の間に割って入った。下腹部に包丁が突き刺さる感触がした。リンが握る包丁の持ち手にオレの血が流れて伝っていく。するとリンが震えた声で言った。


「な!? 何してるっスか、ヒロくん?!!」

「あぁ……! がぁ……」

「なんで……?! なんでっスか!!??」

「オレは、父さんの、代わり、なんだ、ろ?」

「あ、あぁ! ど、どうすればいいっスか?! 血が止まんないっス! 止まんないっスよ! いや……嫌っス! ヒロくん、ヒロくん! 死んじゃダメっス!」


 リンが泣いていた。そんなに父さんを殺したかったのか? たしかに父さんは悪い男だよ。オレも全面的に擁護するつもりはない。でも、父さんは父さんだ。殺されると分かっていて、黙って見過ごすなんてできなかったんだ。ごめんな、リン。


「貴様ァ!! ヒロから離れろッッ!!!」


 そのとき、父さんはリンを突き飛ばしてオレを抱きかかえ、腹部を抑えながら走った。オレの視界の端が白くボヤけていき、徐々に全身から力が抜けていくのが分かった。


 もうすぐ死ぬんだろうな、オレ。なんかこれ、貧血で倒れたときと似てるな。もっともがき苦しむもんだと思ってたけど、案外こんなもんなのか。


 父さんの横顔が見える。泣いているのか? まったく、不倫なんてするからこんなことになるんだ。オレが母さんにバラさなかっただけありがたいと思えよな。


 ああ、神様。初詣の神様。もし願い事を叶えてくれる気があるなら、オレの最期の願い叶えてくれよ。命がけで身代わりになったんだ、それくらいイイだろ? あと一回だけタイムリープさせてほしいんだ。いや、オレじゃなくてさ……。


 あれ? 前が見えなく、なってき、たな。そ、ろそろ、お迎え、か? これで、オレの人生も、終わり、か。短い、よう、で長、かっ──。


                   *


「………………」


 まぶたをゆっくりと開けると、真っ白な天上が目に入った。どうやら病院のベッドにオレは寝かされているようだ。すると横から知っている声がした。


「目が覚めたっスか、ヒロくん! もう、いきなり気絶するからビックリしたっスよ!」


 声の主はリンだった。彼女は心配そうにオレに声をかけてくれた。話を聞くと、オレは初詣の帰りにいきなり倒れたらしい。同時に記憶が蘇ってオレは言った。


「……そう、だ!」


 リンに包丁で刺されたことを思い出して慌てて腹をまさぐった。しかし何度も体を触ってみたが、どこにも刺された傷がなかった。何が何だか訳が分からない。オレは死んだはずじゃないのか?


 するとそのタイミングで病室のドアが開いた。


「ヒロ! 大丈夫か!」


 病室に入ってきたのは父さんだった。父さんリンと目が合った。リンが言う。 


「あ、初めまして。ヒロくんのお父さんっスか?」

「ええ、そうです。ヒロのお友達ですか?」

「はい、大事な大事なお友達っスよ!」


 リンと父さんは、まるで初対面かのように挨拶をしていた。オレがリンに聞くと本当に初対面だと言っていた。


 思い出したようにオレはカレンダーを確認した。2024年1月1日。日付が変わっているのを見て、ようやく無限に続いた『大晦日』が終わり『新年』が始まったことをオレは実感した。


「ヒロくんは今年どんな年にしたいっスか? あーしは去年に手に入れた新能力『神のお告げデジャヴ』の力で宝くじを当てて大富豪になる予定っス!」


 リンは去年『デジャヴ』を経験したらしい。以前に経験したことがあるような感覚に襲われる現象だ。そのおかげで嫌な予感が的中して悪い占い師や悪い男にも引っかからなかったそうだ。友達は引っかかって大変な目に遭っていたらしい。


 その話を自慢げにされたオレは神様がオレの願いを抱えてくれたと知って、リンに言った。


「……たぶん、もうデジャヴはないと思うぞ」


 そして、オレはカレンダーを再び見た。達筆な文字で『リスタート 今日が一番若い日です。人生は何度でもやり直せる』と書かれている。オレはそれを見て言った。


「そうだな、今年の抱負は『スタート』でいいや」

「お! 何か新しいことを始めるっスか!」

「いや。何度もやり直すのは、もうコリゴリなんだよ……」


 オレは静かに窓を眺めながらつぶやいた──。

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リスタート  作者不明 @yoshi_hiroki

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