【カクヨムコン9短編】いつか誰かの笑顔になるのなら

麻木香豆

🍎

 野球拳大会。



 一度は聞いたことがあるだろう。今ではコンプライアンス的にはテレビではあまりお見かけしないが、テレビではジャンケンに負けたら脱ぐ、ドキドキ、ハラハラを見るのが視聴者の心をくすぐったものである。


 とある地下で繰り広げられた野球拳大会。大勢の観客を前に軽快に歌い踊る男女。 


 しかしとある男は自分ばかり負け、残りパンツ一枚のみ。そしてまた負けた。みんなの前で醜態を晒し出すのか?


「助けて」


 見渡しても誰も助けてくれるわけがない。今回はなんとネット中継で全国どころか全世界で見られるのだ。プロデューサーからも絶対局部は見せてはダメだと言われたが、それは当たり前だろ、と思いながらもいざ臨んだらこの有様である。


 と目の前にあったのは赤くて大きな林檎が。男は一大決心をして、パンツを脱いだと同時に股間に当てた。


 観客たちは、うぉおおおと叫びだす。セーフ、とのことだ。この時ばかり自分のイチモツが小さくてよかったものだと思う男であった。‬





◆◆◆


「もしあのとき隠せなかったら私の人生は終わりでした。そしてここにはいなかったでしょう」


 男は20年前の若気の至りで行った野球拳のことを思い出した。あのファインプレーで一躍有名になり、芸能界に入ったのだ。


 彼は20年、いろいろあって平坦ではなかった芸能界だがあの時の戦いを思い出せばなんとかなる、と。にしても人気出るまではいろんな無茶したもんだ。だけど誰かの笑顔に繋がるなら、という思いもあったが必死だったと今になると思う。


 でもまだ若手も迫り上がってくるし、昔ながらの芸の肥えた古株も残っている。笑いの世界で勝ち残るには常に勝負が付きまとう。


 でも自分は自分、この笑いをどこかの誰かに、それが多くの笑いにつながると嬉しいと思っている。


 耳にはリンゴのピアスをつけてるがなんでか、と聞かれることがあるので改めてあの時のエピソードを語った男。


 今日も彼はテレビで視聴者に、劇場で多くの観客に笑いを届けている。


おわり。

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