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宮条 優樹
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自分はタイムリープしている。
目の前の真っ白な画面を見て確信した。
妄想のような話。
だが、目の前に突きつけられたこれが、まぎれもない現実なのだった。
十年来のつき合いになるノートパソコン。使い慣れたテキストファイルを開いてみると、現れたのはまっさらな画面だった。
そんなはずない。
そんなはずはないのだ。
ここには、書きかけの、とはいえ完成間近の、小説の原稿があるはずなんだから。
試みに、フォルダに戻って、テキストファイルのタイトルを確認する。
「restart
種類:テキストファイル
サイズ:0」
0。
ゼロ。
ぜろ?
そんなわけない。
そんなわけないだろう。
「restart
種類:テキストファイル
サイズ:0
更新日時:2024/01/09 23:23」
一月九日で止まった更新日時。
それはこの小説を書き始めた日にちに間違いなかった。
時間が止まっている?
いや違う。
時間が止まっているのなら、まだよかったかもしれない。
時間は、巻き戻っているのだ。
私は確かに覚えている。頭の中に確かに残っている。
私はこの三日間、作業机に座り、創作の相棒たるパソコンを向き合って、確かに作品を書いてきたのだ。
それはもうあと少し、いくらか手直しするだけで完成するというところまでこぎ着けていたのだ。
小品ながら傑作になるはずの、小気味よいユーモアに富んだSF短編小説。
完成したら、小説投稿サイトのコンテストに応募するつもりで書いていた。
その締め切り日は、一月十二日。頭の中にあるアイディアと、コンテストの応募要項をすりあわせて、三日もあれば充分に書き上げられる計算だった。
時間の節約のために、あえてプロットは作らなかった。
内容と必要文字数を考えると、その方が早く書き上げられる。
思い立ったが吉日とばかり、私はひたすら、頭の中にわき上がってくる本文をテキストに打ち込み続けた。
この三日間、私はまさしくライティング・マシーンだった。
だというのに。
その三日間の成果が、泡沫の如く消えてしまっていた。
まるでこの三日間が夢だったかのように。
夢?
そんなまさか。
私は確かに書いたのだ。
書いたはずだ。はずだよな?
頭の中に自問自答が反響する。
私は真面目にパソコンと向き合っていたじゃないか。パソコンに向かっていたならば、手が動いていたはずだ。手が動いていたならば執筆が進んでいたはずで、そしたら今目の前には脱稿間近の原稿があるはずで、それがないということは原稿が消えてしまったか、はたまたそもそもそんな原稿はなかったということになってしまう――。
なかった?
いやな思いつきに私の背筋がすっと冷える。
まさか、そんな。
「三日間執筆していた」というのが全部私の妄想で、実は原稿はまったく進んでいなかったということがあり得るだろうか?
私はこの三日の間、夢でも見ていたというのか。
作業机に座りながら、パソコンに向き合っていながら、一ミリも指を動かすことなくぼーっとしていたと。
そんな馬鹿な話があるものか。
執筆していた「つもり」になっていただけで、その実、一行も作業は進んでいなかったのか?
そんなわけはないと思うが、そう言われるとそうかもしれないという気持ちも浮かんできて、途端に自分の記憶に自信がなくなってしまうのだが、いやしかし本当にそんなことがあり得るのだろうかとも思うし、さすがに三日分の記憶を捏造してしまうほど私の想像力は豊かだったのかと自分の能力を見直してみるが、だったらそれをもっと作品に活かしてみることはできないものかと首をかしげてしまって、つまるところ「想像力」と「創造力」とは必ずしも同一のものではないのだろうと何かうまいこと言った気になって悦に入ってみるけれど、大してうまくないしなにより話がそれている。
つまり何が言いたいのかというと、私が三日間執筆にいそしんでいたというのは全て妄想で、実際には作品は始まってもいなかったという可能性がなきにしもあらずというこの状況がどうやら現実らしいのだが、その場合私はどう行動すればいいのだろうか――。
いやいや、よくない。
これはよくない思考だ。
非常事態に遭遇して、考え方が悪い方へ悪い方へと流れていってしまっているのだ。
現実逃避はよくない。
私はまず冷静になって、目の前の事態を真っ直ぐに受け入れるところから始めなければ。
そうしなければ、解決策を見出すことなどできはしない。
小説の主人公ならば、困難にぶち当たったときそうするだろう。
だからこその主人公なのだから。
私もそうあらねば――そうは思うが、眼前の真っ白な画面に、心がくじけ、ひたすらに焦燥感ばかりがつのった。
何回だ?
私はパソコンをにらみつけながら考える。
今、このときは何回目のリープなんだ?
同じ日に必ず死を迎え、人生をくり返したあのSF小説の主人公のように、私は何度締め切りまでの時間をくり返しているんだ。
もうそれもわからなくなってしまっている。
このままでは、私は永遠に締め切りにたどり着かない。
締め切りなんて来なければいい。
それは作家という生を選んだ人間ならば、誰しも一度は願ったことだろう。
かくいう私も、その一人だ。
しかし、考えようによっては締め切りが永遠に来ないというのは、無間地獄に堕ちたにも等しい苦しみではないだろうか。
締め切りが来なければ、作家は永遠に、終わることのない原稿を書き続けなければならないのだから。
しかも、今の私の状況は更に悪い。
書いたはずの原稿が、時間と共に巻き戻って白紙に返ってしまうのだ。
締め切りは来ない。
そして、原稿も完成しない。
永遠に。
まるで、苦労して掘った穴を、横合いから埋め直されているようなものだ。
賽の河原の石積みが、無限に完成できない亡者の気分だ。
何たる徒労。何たる無為。
始まりがあって、終わりがある。
その当たり前の素晴らしさを、私は失ってみて初めてようやく実感していた。
このループを抜け出さなくては。
原稿を進めなければ。
物語を始めなければ。
どうすれば、どうすればこの地獄のように真っ白な世界から抜け出せる!?
どうすればここから新しくスタートさせられるんだ――。
「――お願いだ、力を貸して欲しい」
私は、原稿の進捗を確認がてら遊びに来ている友に、すがりつきそうになるのをこらえながら言った。
真っ白な原稿を見て沈黙してしまった友に、私は務めて冷静に事の次第を、私がタイムリープにはまり込んでしまっていることを説明した。
それ自体が小説の設定のような、長い話を友に訴えた。
友が差し入れにと買ってきてくれたコンビニのあんまんが、袋の中で冷めつつある。
こうしている間にも、時計の針は無情にも進んでいく。
タイムリープの、その瞬間へと。
私の必死の訴えを、友は黙って聞いてくれていた。事の深刻さを理解してか、地顔が菩薩様のように柔和と評判の友から、表情が消えていた。
「一応、聞かせて欲しいのだけど」
そう前置いて、友は私に尋ねてくる。
「確かに原稿は書き進めたんだよね?」
「うん」
「だけどそれが、朝起きたら真っ白になっていたと」
「うん」
「それは、自分がタイムリープして、原稿を書き始める前の時間に戻ってしまっているからだと?」
「うん」
「ということは、つまり今日は、一月九日なんだっていうこと?」
「うん」
すばらしい、さすが我が友。
その聡明な頭脳はこの奇天烈な状況を即座に理解し、私の窮地を救うべく、親身になって解決策を考えてくれるに違いない――私は内心揉み手しながら、卑屈にもそう期待していた。
友は、無表情なまま、黙って私を作業机に向き直らせ、力づくで椅子に座らせる。
友の左手が、椅子と生涯接着させてやろうという気概で私の肩を押さえつけ、右手がパソコンの隣りに素早く置き時計を移動させた。
これ見よがしに置かれたデジタル式の置き時計は、味も素っ気もない表示をディスプレイに映し出している。
《2024/01/12(FRI)
09:09:09》
「与太話はいいからさっさと書け」
re:
ReSTART 宮条 優樹 @ym-2015
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