04 俺、騙り合う

 混濁した意識が鮮明になると、飲み屋街のチェーン店のカウンターに、もう1人の唯男ただおがいた。

 唯男は隣に座るもみあげの濃い男と楽しそうに飲んでいる。


とびか。すごいな」


 唯男がそう言うと、もみあげの男がニカっと笑う。


「そうか? オレからすれば、ユイ男が会社員って方がウケるわ」


『あの人は友達?』


 もみあげの男を挟むように座る、異空間の唯男にMCが尋ねる。


『高校の同級生』


『へえ』


 いくら丼をほおばるもみあげ男は、もう1人の唯男に聞く。


「会社員の給与ってそんなに低いの?」


「なんで?」


「いや、ほら。急に連絡あったから」


「ああ……。いや、急にまとまった金が必要になったから」


「女?」


「え!?」


 もみあげ男は肩を揺らして笑う。


「そんな驚く? わかりやす」


 もう1人の唯男は苦々しくカニのみそ汁をすする。


「どこで仲良くなったの?」


「ネットだよ」


「アプリ?」


 唯男は首を横に振る。


「SNS」


「彼女、なんて?」


「大学の授業料が足りなくて困ってるって」


「JD!? 嘘でしょ」


 もみあげ男は飯を噴き出しそうになり、箸を持った手の甲を口に当てる。


「写真ないの?」


 唯男はカウンターの脇に置いていたスマホを操作している。

 結末を知る唯男は、ただ座って自身の行動を見返すのが少し苦痛になってきた。ハッピーエンドならまだしも、バッドエンド直行する自分の過去を繰り返しみたいと思えるほど、唯男はドMではなかった。


『MC、ちょっと聞いていい?』


『どうぞお好きに。スリーサイズでも、今日穿いているパンツの色でも、なんでも聞いてよ。答えるかどうかはさておきね』


 相変わらず笑いづらい冗談だなと思いながら尋ねた。


『MCってなに? 司会?』


『違う違う。マスター・クーさ』


『なにそれ?』


『コードネームさ。君の時間を巻き戻す手助けをしているわけだからね。そういうのに憧れてたんだ。秘密組織のニックネームみたいなの』


 MCは声を弾ませて語った。唯男はMCの素性を探ってみようと思ったが、期待外れだった。


 一方、もみあげ男と話す唯男は、あんなと呼ぶ女性が気になっていることを話していた。

 もみあげ男はさぞ悔しがるだろうと思っていた。しかし、もみあげ男の反応は思ったよりも薄かった。


「なんだよ」


「いやぁ…………。わかんないよ? わかんないけど、それ詐欺じゃね?」


「どこが?」


「いやだって。デートしてないんでしょ?」


「うん」


「で、授業料どうたらこうたらで困ってるって言ってきて、ほいで?」


「バイトの金、振り込んだよ」


「いくら?」


「33万」


「いやいやいやいやいやいやいやいや」


「あんなちゃんはそんな子じゃないよ」


「まあユイ男がいいならいいけど」


「要は嫉妬してんでしょ? これだから非モテは。すぐ人を疑う」


 もみあげ男と唯男は微妙な空気を漂わせながら食事を続ける。


『あー、だまされたって彼女に?』


 唯男は苦そうな表情でうんともすんとも言わず、唇をとがらせている。


『なるほど。君は詐欺に遭ってたんだ。ん?』


 MCは声に疑問をにじませる。


『じゃあ、なんで君も警官に連れていかれてたの?』


『この際だから言うよ』


 唯男は諦めた声色で話し出した。


『彼女と話す時、嘘ついたんだ』


『どんな嘘?』


『一流企業に勤める会社員とか、親は資産家で、会社3つ経営してるとか』


『実際は?』


『小さな会社の窓際社員、親は普通の夫婦で車と家のローンで二重苦の真っただ中』


『盛ったねぇ。いっそ清々しいよ』


『芸能人とも友達って言ったら、一緒に映ってる写真がほしいって言われたり。実家の写真がほしいとか言われて。親は金持ち設定だから普通の実家だと怪しまれるだろ? だから、金持ちが住んでそうな家を近くで探したんだ』


 酒場の雰囲気にあてられたのか、唯男の口調はほのかに酔っ払いのようにも聞こえる。


『それで、興信所に頼んで住人の素性と行動スケジュールを調べてもらった。んで、そこの住人は夫が死別してるって情報を手に入れたから、長いこと親しくしていた夫の部下だと名乗って、家に上がらせてもらったんだよ』


『偽って住居侵入か。君もヤバいことやってるね』


『あの時は問題ないと思ってたんだ』


『そうか。まあ、終わったことをくよくよ考えてても仕方ないよ。今は選択できるんだからさ』


『ここでの選択って?』


『友人から彼女がだまそうとしていると指摘されたんだろ? なら選択肢は簡単さ。彼女を信じるか? 信じないか? こんな簡単な選択肢ないよね』


 答えを聞くまでもないと言いたげに、MCはまとめようとする。だが唯男の表情はすぐれない。悩み、迷いが色濃く顔に表れていた。


『唯男君?』


『いや、ここじゃないや』


『え?』


『戻ってほしい』


『いいのかい? もうこの選択肢には戻れないけど?』


『ああ、いいんだ』


 唯男は少し悲しそうだったが、迷いの色は消えていた。


『そうか。それじゃ、戻すよ』

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