02 俺の頭おかしなった

 遠のいていた意識がふと戻る。

 不思議な感覚が体を満たしていた。先ほどまで苦しくて仕方がなかったのに、泣き疲れたような気分だった。


 目の前に自分がいる。四つん這いでむせび泣いている。

 一瞬、目の前の出来事を当たり前のように受け流していた。だが、すぐにおかしいことに気づく。

 唯男ただおは視線をもっと下へやる。

 四つん這いになっている自分の姿と、立っている足。

 確かに唯男は立っていた。

 鏡に映っているわけじゃない。

 唯男は自分の体を触る。触れている感覚はあるが、体温を感じない。自分はどうなってしまったんだと、あまりの出来事に絶句する。

 困惑し、状況を把握する暇もなく、頭に響く音。か細いキンっとする音が大きくなった瞬間、音が消えた。

 今度はなんだと身構えていると、男の咳払いが聞こえた。


『聞こえますか聞こえますか? こちら、あなたの頭に直接話しかけています。何か答えて』


『ぼ、僕?』


『そう、僕!! よし、音声問題なしと……!』


 頭に響く声はなんだか嬉しそうだ。


『えっと、そうだなぁ。たぶん君は相当混乱していると思う。けど、心配しなくていい。君はまだ死んじゃいないよ』


『あんたは? これは一体、なんなんだ?』


『疑問は山ほどあるだろうが、俺の口は1つしかない。1つずつ答えるから落ち着いて』


 声の主はどこかにいるのかと思ったが、どこにもそれらしい姿はない。人らしき姿と言えば、伏して情けなく泣いている男だけだった。


『まずは自己紹介だね。そうだな、俺はぁーー……うん、MCでいいや』


『MC?』


『そう』


 眉をひそめ、視線を落とす唯男は後ずさり、トンネルの壁にもたれる。


『どうした?』


『い、いや……色々ありすぎて、何がなにやら……』


『まあ当然だろうね。一気に全部を理解しようとしなくていいさ。俺が君にしたいことはただ1つ。俺は君にプレゼントしたいってことだけだ』


『プレゼントって? あんたは僕の知り合い?』


『うん、まあ知り合いっちゃ知り合いかな? でも教えないよ? あとで面倒なことになりたくないからね』


 何かすする音が聞こえたあと、男の吐息が漏れた。何か飲んだようだ。


『悪いけど、進めさせてもらうよ。君は今、異空間にいる。現実と異なる法則の空間だ。その空間は未来に進めない。その代わり、巻き戻せるって寸法さ』


『巻き戻せるって、時間を?』


 唯男の反応にMCはふっと小さく笑う。


『そんなわけないって? 言いたいことはわかるが、ひとまずその疑問は飲み込んでくれ。これから君は時間を巻き戻す旅に出る。君が車で事故って泣き叫ぶことになったこの未来を変えられるかもしれないポイントは、いくつかあるだろう。そこから人生をやり直すチャンスを、君にプレゼントしよう』


 唯男は、どこかにいるかもしれない男を探すようにせわしなく瞳を動かした。


『マジ?』


『ああ。ただし、戻る地点を選べるのは一度だけだ。後ろから順に選択を迫られるポイントを見ていく。さっきも言ったけど、一度迫られた選択はもう見られない。迫られた時点でそこから始めるか、始めないか、決断するんだ』


『なんで、助けてくれるんだ?』


『たまたまさ。俺たちの目的と君の利害が一致した。それだけさ』


『つまり、なんだ……。結果に関係すると考えられるタイムスタンプがあって、その少し前に戻せる。そして一度だけ、選択をやり直せるってことか?』


『うん。完璧だね。さ、どうする? やってみるかい?』


 唯男はかたわらで膝をつき、体を丸めて泣く自分を見下ろす。よく聞けば、さっきから同じ場面を繰り返しているようだ。本当に異次元の空間にいると主張する。

 結末を変えられるならやり直したい。唯男は可哀そうな自分を見て、目頭に涙をためる。


『頼んでいいか?』


 すると、MCは突然、大きく息を吸った音を立てる。なんだろうと考える暇もなく、MCは続ける。


『オーケー! じゃあ始めようか。時間逆行の旅を』

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