第3話
お父さんとお母さんが生きていた頃。小学校の途中まで、私は地方の田舎町で暮らしていました。
山々に囲まれたのどかな場所で、家族三人仲良く暮らしていたのです。
そして実はもう一人、家族のように仲良しだった子がいました。
それはうちの庭に度々やってきていた子狐。私はその子にご飯をあげたり一緒に遊んだりしながら、まるで弟を可愛がるように接していたのです。
そして私はそんな子狐のことを、『
◇◆◇◆
競りで売り飛ばされた後、私が連れて来られたのは立派なお屋敷。
そのまま奥の部屋へと通されると、さっきの狐の美男子……綾音様と二人きりになる。
「そんなに緊張しないで、楽にしていいからね、ユカちゃん」
「は、はい、綾音様……」
「様? ふふ、何を言ってるの。昔みたいに、『綾音』でいいよ」
「い、いえ。私は買い取られた立場、綾音様は私の主ですし。青鬼さんにも、粗相をしないよう言われました」
「ふーん。それじゃあその主様のお願いを、君は聞いてくれないのかな?」
「うっ。そ、それは……」
ニコニコ笑いながら言ってくる彼。い、意地悪ですー。
話し合った結果、最終的に『綾音くん』と、『くん』付けで呼ぶことに落ち着きました。
「それにしても、驚きました。昔一緒に遊んでいた綾音くんが、妖だったなんて」
「あの頃は正体を隠していたからね。だけど実は時々、狐の姿じゃなく今みたいな、半人半獣の姿で会ってた事もあるんだよ。妖術でその時の記憶は、曖昧にさせていたんだけど。今術を解くね」
綾音くんはそう言うと、指をパチンと鳴らして、すると途端に、昔の記憶が蘇ってきました。
確かに私は、家の庭で狐の耳と尻尾を生やした、同い年くらいの男の子と遊んでいました。
そしてその男の子は、『綾音』と名乗っていたのです。
そして綾音くんは当時から、私の事を『ユカちゃん』と呼んでいました。
術とやらでその時の記憶は、今まで消されていたみたいですけど。
あの頃一緒に遊んでいた子が、今目の前にいるなんて、なんだか不思議な気分です。
あ、ですが思い出に浸っている場合ではありません。
私は綾音くんに買われたのですから。
「あ、あの、綾音くん。私を買っていただいて、ありがとうございます」
「へ? ちょっと、頭を上げてよ。僕は別に、ユカちゃんを買ったとは思っていないから。と言うか、君をまるで物のように売り買いしてた事が許せない。本当ならお金なんて払わずに、あの場にいた全員を八つ裂きにしてやりたかった」
綺麗な顔に、怒りを滲ませてくる綾音くん。
や、八つ裂きって、冗談ですよね?
「ゴメン。本当は君を、お金で買い取るなんてしたくなかった。だけどユカちゃんを助けるには、あれが一番確実な方法だったんだ」
「ま、待ってください。助けるって、どうして?」
「決まってるでしょ。ユカちゃんは僕にとって、妹みたいなものだから。困っていたら、助ける当然だよ。……昔、去っていく君を追いかける事ができずに、ずっと後悔してた」
綾音くんが言っているのは、両親が事故で亡くなった後、叔父夫婦に引き取られた時の事でしょう。
お父さんもお母さんもいなくなって、綾音くんとも別れなければならなかったのは、私も悲しかったです。
「離れていても君が元気でいてくれればいいって思っていたけど、妖達の噂で人間の女の子が競り掛けられるって話を聞いて、それが君だって分かった時は気が気じゃなかったよ。……大鱗なんかに、売られなくて良かった」
「待ってください。それじゃあ私を守るために、買い取ってくれたってことですか? 大金をはたいて」
相変わらず単位は分からないけど、あれが高額だったのは明らか。
昔仲が良かったというだけでそんな事をさせてしまったなんて、申し訳なさすぎます。
「小鬼さんからあんな事を言うから、私はてっきり……」
「小鬼? 競りの時、ユカちゃんの隣にいたアイツかい? いったいなんて聞いてたの?」
「えっと。そ、それは……綾音くんの一族が人間の……お、お嫁さんを探していると……」
言ってて顔が、爆発しそうなくらい熱くなる。
あわわっ! 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!
図々しくも、綾音くんと結婚させられるのかもって思っていたなんて。
だいたい一族の事情があったところで、綾音くんみたいな方が、私なんかをお嫁さんにするはず無いじゃないですか!
まだ再会したばかりですけど、柔らかな物腰と紳士的な態度。綾音くんが素敵な方だというのは分かります。
なのに一瞬でも結婚するのかもって思ってしまった自分が、本当に恥ずかしい。
顔を真っ赤にしながらうつ向いて、上目遣いで綾音くんの様子を伺うと、彼はまたクスクス笑っている。
「お嫁さんかあ、それも悪くないね。と言うか、最高なんだけど」
「ええっ!?」
「ふふ、冗談だよ。そんな無理矢理結婚させるなんて無礼はしないから、安心して。だいたいユカちゃんは、僕の妹みたいなものなんだから」
妹、ですか……。
あれ、何でしょう? なぜか胸が、チクッと痛んだような。
「ん、どうしたのユカちゃん?」
「な、なんでもありません! それより、私はこれから、何をすればいいのでしょう? 買っていただいたからには、私にできる事なら何でもやります!」
「うーん。それがこれからについては、何も考えてないんだよね。ユカちゃんを変な奴に買われないようにすることで頭がいっぱいだったから」
そ、そうなんですか?
「一応聞くけど、君は人間の世界に帰りたいって思う?」
「それは……」
綾音くんが言うには競りが行われた会場もこのお屋敷も、私が今まで住んでいた所とは別の世界にあるそうで。本来人間である私は、元の世界にいるのが普通なのでしょうけど……。
帰りたいかって言われても、正直頷けません。
と言うか帰ったところで、居場所がありませんもの。
伯父の家に帰ったところで、また厄介者扱いされるのは、目に見えていますし。
それに何より、助けてくれた綾音くんに、何の恩も返せていないのですから。
お金だけ出させてサヨナラなんて、そんなことをできません。
「あの、綾音くん。図々しいお願いであることは百も承知ですけど、私を働かせてはいただけないでしょうか? 出して頂いたお金の分、ちゃんと働きます!」
「お金のことは、気にしなくていいのに」
「そういうわけにはいきません。罠に掛かっていたのを助けてもらった鶴だって、恩返しをするんですもの。私だってできる事なら、なんだってやりますから」
「鶴の恩返しって……まあ僕としても、このまま君とお別れじゃあ寂しいからね。それに君を売るような人の所に、返したくもない。さて、どうしようか……」
綾音くんは考え始めましたけど、その時突然、部屋の襖がガラッと開きました。
そして……。
「「お兄ちゃーん」」
可愛い声と共に小さくてモフモフした狐ちゃんが二人、部屋に入ってきたのです。
わわっ、何でしょうこの子達、とっても可愛いです!
「お兄ちゃーん、ボクと遊んで」
「アタシと遊んでー」
「こらこら二人とも、お客さんがいるんだから騒がない。ゴメンねユカちゃん、この子達は
笑いながら、紹介してくれる綾音くん。
綾音くん、弟さんと妹さんがいたのですね。ふふっ、可愛い~。
「ほら二人とも、ユカちゃんに挨拶して」
「ユカちゃん?」
「あー、お姉ちゃんがいるー」
「「よろしくお願いします!」」
二人そろって、ペコリとお辞儀をする。
可愛い! この子達可愛すぎます!
可愛すぎてキュンキュンしすぎて、今にも倒れてしまいそうです!
人見知りをせずにモコモコした体でギュッと抱きついてくる、季白くんと美白ちゃん。
モフモフを堪能していると、綾音くんが思い付いたように言ってくる。
「そうだ。ユカちゃん、この二人は見ての通りヤンチャ盛りなんだけど、ユカちゃんに二人のお世話係を任せてもいいかな?」
「お世話係、ですか?」
「うん、ベビーシッターみたいなものかな。うちに住みながら、二人の面倒を見るんだ。もちろん、ユカちゃんが良かったら、だけどね」
この家に住みながら、季白くんと美白ちゃんの面倒を見る?
それなら、恩返しができます!
「やります! ぜひやらせてください!」
すると季白くんと美白ちゃんも、キラキラと目を輝かせる。
「お姉ちゃんうちに住むのー?」
「嬉しい嬉しー」
「ふふ、決まりだね。二人とも、ユカちゃんの言うことを、よく聞くんだよ」
「「はーい♪」」
楽しそうにはしゃぐ、季白くんと美白ちゃん。
その姿にほっこりしていると、綾音くんがスッと寄ってきて、耳元でそっと囁きました。
「ユカちゃんと一緒に暮らせるようになって、僕も嬉しいよ」
「──ッ!?」
頭の中の何かが、ボンッて爆発する。
そ、そういえば。この家に住むということは、綾音くんと一緒に暮らすということですよね。
彼の性格な年齢は分かりませんけど、見た感じ同い年くらい。
そんな男の子と一緒に暮らすなんて、意識したら途端に、ドキドキしてきました。
「これからよろしくね、ユカちゃん♡」
「は、はい……不束者ですが、どうかよろしくお願いします」
ああ、綾音くんの優しい微笑みに、クラクラしてくきます。
格好よくて優しい綾音くん。
可愛い双子の、季白くんと美白ちゃん。
どん底にいた私を救ってくれた素敵な妖達と一緒の、ドキドキで賑やかな新生活は、こうしてスタートしたのでした。
おしまい♪
モフモフ妖狐の、ベビーシッターを始めます 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi
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