第2話

 その人の美しさに、さっきまでの震えが止まって見とれてしまう。

 格好から察するに、狐の妖でしょうか。彼は真っ直ぐな目で、私を見つめています。


 な、何でしょう? 蛇の妖とは全然違う、澄んだ瞳。

 その目で見つめられると、胸の奥が不思議と熱くなっていく。


 だけどそんな私を現実に引き戻したのは、青鬼の声でした。


「い、一万が出た! 他に誰かいないか!?」


 はっ、そうでした! 今はまだ、競りの最中なのでした。

 するとさっきの蛇の妖が、焦ったように声を上げる。


「い、一万二千! これでどうだ!」


 さらに金額を上げてきました!

 やっぱり私は、あの蛇の妖に買われるのでしょうか?

 だけど先ほど現れた狐の美男子さんが、ゆっくりと言い放つ。


「……三万」

「なっ!?」


 一気に倍以上!?

 座敷内は一気にざわついて、「あり得ない」、「相場を知らんのか?」等、妖達は口々に言います。

 だけどそんな中、小鬼さんが納得したように声を漏らしました。


「ああ、なるほど。アイツは木乃宮このみや家の若君、そういう事か」

「あ、あの。何がそういう事なのでしょうか?」

「ああ、木乃宮家ってのは、俺達妖の間では名の知れた家なんだが、強力な妖力を得る代わりに数百年に一度、人間の女との間に子供をもうけなければならない。そんな宿命を背負った一族なんだよ。つまりアイツは、嬢ちゃんを嫁として買うつもりなんだ」

「お、お嫁さんですか!?」


 途端に顔がカッと熱くなる。

 そんな、いきなりお嫁にいけだなんて。


 だけどやっぱり、売り物である私に拒否権なんてありません。

 結局あの蛇の妖もこれ以上競り合う気はなかったようで、苦虫を噛み潰したみたいな顔をしていました。


 かくして私は、狐の妖に買われる事が決まったわけですけど。

 集まっていた多くの妖達は帰って、座敷に残っているのは私と青鬼と、あの狐の妖。


 私は青鬼に背中を押されながら、狐の妖の前へと差し出される。


「おら、今日からこちらの旦那が、お前のご主人様だ。挨拶くらいしたらどうだ」


 は、そうでした。挨拶くらい、ちゃんとしないと。


「は、はい! お、お買い上げ頂き、ありがとうございます。わ、私は、藤野ふじのゆかり……」

「知ってる。ユカちゃんでしょ」

「え?」


 ビックリして、思わず声を上げる。

 ユカちゃんって、私の名前はゆかりです。

 だけど『ユカちゃん』と聞いて、私はお母さんの事を思い出しました。

 お母さんが生前、私の事をそう呼んでいましたから。

 だけど、どうしてこの人が私の事を、ユカちゃんと呼ぶのでしょう?


 すると狐の妖さんはニッコリと笑い、その顔があまりに美しすぎて、ドキッとしてしまいました。

 ま、まるで天使のような微笑みです。


「旦那、コイツと知り合いで?」

「まあね。それより早くこの子の、手枷と足枷を外してくれ」

「は? ですがこれは逃走防止用の……」

「必要ないと言っている。彼女を競り落としたのは僕だ」

「へい……」


 青鬼によって、つけられていた手枷と足枷が外される。

 でも、本当にいいんでしょうか? これだと私、逃げちゃうかもしれませんよ?


 まあもっとも、足に自信の無い私だと、逃げてもすぐに捕まるだけだと思いますけど。

 それよりも、どうして私の事をユカちゃんと呼ぶのかが、気になって仕方ありません。


 すると彼は、私を見てニッコリと笑いました。


「やっぱり、この姿じゃ分からないよね。でも、綾音あやねって言えば分かるかな?」

「綾音……」


 はっ! ま、まさか!?


「綾音って、アナタはもしかして、あの綾音なんですか!?」


 口をパクパクさせる私を見ながら彼は……綾音はもう一度、ニッコリと笑って見せた。


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