モフモフ妖狐の、ベビーシッターを始めます
無月弟(無月蒼)
第1話
いったいどうしてこうなったのでしょう?
目の前に広がる光景を見ながら、私は絶望的な気持ちになる。
今いるのは、宴会でも開けそうなだだっ広いお座敷。その前方にある舞台の上に、私は立たされていました。
そしてお座敷には、何人もの異形な存在……カラス天狗や河童といった妖達が座っていて、いずれもニタニタと笑いながら私を見ていた。
「おやおや。人間が売りに出されてるって聞いてきたけど、ずいぶん痩せっぽっちだねえ。骨と皮ばかりで不味そうだ」
「だったらアンタは下りな。人間が売りに出されるなんて滅多にないんだ。食う以外にも、使い道はいくらでもある」
どの妖も口々に、好き勝手言ってる。
自分に向けられる視線が怖くて、できることなら今すぐ逃げ出したい。
だけど生憎私は両手を錠で止められていて、足には重りをつけられていて、自由に身動きを取ることができません。
酷い。こんなのまるで、江戸時代の罪人です。
すると私のすぐ横にいた妖。監視を任されていた小鬼が、口を開く。
「分かってると思うが、逃げようなんて考えないでくれよ。しかし、嬢ちゃんも気の毒だねえ。まだ十五だってのに、借金のせいで売られちまうんだもの」
小鬼は溜め息をつきながら、心底同情したような目を向けてくる。
そう、私は妖怪に売られてしまったのです。伯父が作った、借金のせいで。
幼い頃に両親を事故で亡くした私は、伯父夫婦に引き取られて育てられていました。
伯父は会社を経営していましたけど、上手くいっていなかったみたいで。仕事から帰ってきた後はよく、私の事を穀潰しだのただ飯食いだのと言って罵り、時には殴られることもありました。
叔母の方も、私が来てから不運続きだと言って、私の事を不幸を運んでくる疫病神だと仰っていました。
それはとても悲しくて悔しかったけど、事実私の存在は、伯父夫婦の負担になっている。
育ててもらっているのだから、文句を言ってはいけない。そう思っていたのですけど……。
先日、学校から家に帰った私に、伯父が言ったのです。
『借金の返済期限がきたけど、返せなくなった。だが先方は、お前を差し出せば借金を帳消しにしてくれるそうだ。今まで育ててやったんだから、恩返しをしてくれるよな?』
告げられた衝撃の言葉。この令和の時代に、人身売買だなんて。
だけど逆らうことなんてできません。伯父はお願いしていたのではなく、これはもう決定事項。
元々私の事を疎ましく思っていたのですから、借金も嫌っていた姪もいっぺんにいなくなって、一石二鳥だったのでしょう。
それから私は借金取り達に連れて行かれたのですが、本当に驚いたのはここからでした。
伯父がお金を借りていた相手というのは、妖と呼ばれる存在。
彼らの世界では、人間のルールなんて通用しません。令和の世に、人身売買なんてしていたのにも納得です。
そして妖に売られてから数日が経った今日、私は彼らの主催する競りにかけられる事になり、このお座敷まで連れてこられたのです。
一番高い値を付けた人が、私の所有者になる競り。
今の私は人権など無い、物扱いというわけです。
そして会場では青鬼が場を仕切り、集まった妖達に言います。
「さあさあ、若い人間の娘だよ。薬の実験に使ってもよし。召し使いとしてこき使うもよし。用途は様々だ。さあ皆様、いい値を付けておくんなせい。まずは二千からだ!」
どうやら、競りがスタートしたみたいです。
すると集まっていた妖達は、次々と手を上げていく。
「二千!」
「二千五百!」
「三千!」
次々と値段がつり上げられていく。
彼らが言っているのは、二千円や三千円ではないでしょうね。
妖の世界の通貨や単位がどうなっているのかは全く分かりませんけど、きっと高額なのでしょう。
けどこのまま誰かの物になったら、私はどうなってしまうのでしょうか?
怖くなった私は、監視役の小鬼さんに小声で尋ねてみました。
「あの、私は売られたらどうなるのでしょうか? やっぱり、食べられてしまうとか……」
「ん? いや、今の時代本気で人間を食う奴なんてほとんどいないって。さっき食うなんて言ってる奴もいたけど、きっと冗談さ。まあ買い手の中にはたまに、食われた方がマシって扱いをする奴もいるけどな」
小鬼の言葉に、思わずゾッとする。
食べられた方がマシって、どう言うことですか!?
そうしている間にも金額は上がっていって、現在四千七百。
いったいどこまで、額が増えていくのでしょう……。
「八千!」
一際大きい声が、大きく突き放す金額を言ってきました。
八千? 単位は分からなくても今までの数字の流れで、これがかなりの高額だというのは予想がつきます。
座敷はざわついて、集まっていた妖達は声の主を見る。
私もつられて目を向けましたけど、そこにいたのは……。
「八千だ八千! 他に競り合う者はおらんな。ならその女は我のものだ! シャッ、シャッ、シャッ!」
そう言いながら笑い声を上げているのは、きらびやかな立派な着物を着た、体は人間で頭は蛇の妖。
口からチロチロと覗かせる舌が気味が悪く、思わず身を縮める。
すると、横にいた小鬼さんが残念そうな声を出すします。
「嬢ちゃん、ついてないねえ。アイツは
「大鱗家の党首? それって、どういう方なのですか?」
「まあ、大きい声じゃ言えねーんだけどな。女癖が悪く、噂では気に入った女を食い物にしたり、いたぶって遊んでるんだとか。妖の女に飽きて、たまには人間の女で遊びたいって思ったのかもな。嬢ちゃんには同情するよ」
小鬼さんはヒソヒソと教えてくれましたけど、話が本当ならどうやら最悪な人に買われてしまったみたいです。
え、ええと、食い物にするというのは、さっき仰っていた食べるとは、別の意味って事でしょうか?
そういった事には疎い私ですけど、さすがに分かります。
つ、つまりあの人……いえ、あの蛇の妖と……。
恐る恐る目を向けると、蛇の妖は細い目でニヤニヤ笑っている。
──ひぃ!
見つめられていると分かった瞬間、全身が金縛りにあったみたいに固まってしまった。
い、嫌。
文句を言える立場じゃないって分かっているけど、それだけは。
助けて、お母さん……。
そして恐怖に震える私をよそに、進行役の青鬼は座敷内を見回す。
「八千! 他に誰かいないか? いなければこの娘は大鱗の旦那のものだ。誰かいないかー?」
青鬼は煽るように言ったけど、誰も手を上げようとはせず、蛇の妖は満足そうに笑っている。
ああ、私はこれから、あの蛇の妖に買われるんだ……。
──ガラッ!
「一万!」
突如座敷の奥の襖が開き、澄んだ声が響いた。
一万?
座敷の中が、水をうったように静まりかえる。
誰があの蛇の妖よりも、高値を付けたってことですか? いったい誰が?
声のした方を見て、息を飲みました。
襖を開けて入ってきたその人はこれまた立派な着物を着て、狐の耳と尻尾を生やし、焦げ茶色の髪をした、私と同い年くらいの美男子だったのです。
……綺麗。
私は自分の置かれている状況も忘れて、彼に見入ってしまいました。
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