ねじれ
なちゅぱ
第1話
「主文。被告人を、懲役15年の刑に処する」
およそ9ヶ月にも及ぶ審理の結果、私は見事懲役刑を勝ち取った。それも15年。当初は初犯ということ、犯行動機にも情状酌量の余地があることから、第一審では5年だったもの。それをここまで伸ばせたのだから、大勝利と言っても過言ではないのではなかろうか。
「この判決に不服があるときはーー」
「ありません」
「……あるときは、14日以内に控訴することができます」
決め台詞(?)に口を挟まれても動じずに言い切った裁判長は、速やかに閉廷を宣言して去っていった。傍聴席には、被害者遺族の祖母が一人だけ座っていたが、彼女でさえも何も言うことなく、その健脚をせかせか動かして退廷していった。まるでトイレを我慢していたかのような急ぎようだが、あれが彼女の自然体だ。一審の時も二審の時も必ず顔を出していたが、帰る時はそそくさと帰っていく。何を考えてるんだか、最後までわからなかったな。
「そういえば、私この後どうなるんですか?」
隣で書類整理をしていた弁護士に話しかけると、元から吊り上がった眉を更に上げ、
「一旦は拘置所です。手続きが終わり次第、晴れて刑務所入りになります」
「晴れて」
「えぇ。嬉しいでしょう?」
言葉とは裏腹に、その表情には笑顔ひとつない。眉根だけが、彼の内心を表していた。
「なんか怒ってます?」
「いえ。今は特に」
今はということは、今までは怒ってたんだ。
まぁそうだよね。普通、被告人の弁護人となった際に求められるのは減刑だ。無罪ではない。警察や検察だって馬鹿ではないので、起訴の段階で、有罪にできるだけの証拠を揃えている。
この国で無罪を勝ち取るのは、不可能と言っていい。であれば、弁護人にできるのは減刑だけ。被告人がいかに可哀想な人間か。環境のせいではないか。経済状態のせいではないか。被害者側にも過失があるのではないか。そういった共感を得る弁護によって、悪人というレッテルを剥がしていく。
だが今回の裁判で彼が求められたのは、その逆……もしくはねじれの位置にあることと言っていい。
……悪いことをした。とは然程思ってないが、希望を叶えてくれたことには人並みの感謝は覚えている。
「ありがとうございました」
「いえ。仕事ですから」
ぷくりと膨れた鞄を持ち上げると、彼はそれから一瞥もすることなく退廷していった。待ってくれていたのだろう。後ろから表情を伏せた警官が私の手を引き、退廷を促した。
歩きながら思い出すのは、私が殺した男の顔。罪悪感が無いとは言えない。心臓に向けて何度も突き立てた包丁の、そこから伝わる肉の感触は未だ両の手にこびりついている。
何故殺したのかと、何度も訊かれた。
衝動的にやったのか。恨みがあったのか。金銭目的か。それとも、誰かに頼まれたのか。
どれも当てはまるような気がするし、どれも違うような気がして、はっきりと答えることが出来なかった。
けれども、私はこの決断を後悔してるかというと、そうではないのだろう。
父親を殺す理由なんてどうでも良くて、ただ私は、受刑者という「新たな生活」を望んでいただけなのだという、ひどく単純で、後ろめたい動機があっただけで。
「入れ」
警官が手錠を外し、ようやく自由になった両手でこめかみを押さえる。くらりと眩暈がするが、その感覚さえも何処か楽しかった。
どんな生活が待っているのだろう。少なくとも、今の拘置所生活よりは劣悪な筈。そんな環境で、私は生きていけるのだろうか。
「〜〜♪」
口ずさむハミングは、春の陽気のようにあたたかかった。
ねじれ なちゅぱ @2ndmoonsound
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