愛人よ、愛を込めて

せり

愛人よ、愛を込めて

「わたしのことだけ愛して?」


彼女はいつも消えてしまいそうな声で言う。

その度に俺は彼女を閉じ込めて、逃がさないと誓う。


「ねえ、どこにも行かないで」


孤独な沈黙が訪れ、俺の胸が濡れる。


−−−


あれから1年が経とうとしている。

これからは家族を守っていく。

そう決めていた。

今日も職場には飢える男たちがいて、そいつらと楽しくやっていた。

周りが週末の予定を決めているなか、

俺は今日も、1年前に別れた彼女のことを考えていた。

どこかで誰かと幸せに暮らしているだろうか。

それともまた、ひとりで泣いているのだとしたら……


−−−


夢をみた。

彼に愛されている夢だ。

あの頃夢に出てきた彼は、それから3日しないうちに、

現実を生きるわたしに必ずメールをくれていた。

風が心地よい空気を運んだ日、

あの日以来、彼の夢はみていなかったのに。


夢をみてから、なぜか心がざわついていた。

彼に何かあったのか。

彼から連絡がくるのか。

あの日涙も出ないままに、

都合のいい女というものを卒業したつもりのわたしは、

もう彼と連絡など取りたくなかった。

でも何かを期待してしまう自分もいる。

だからわたしは都合がいい女だと言われるんだろう。


−−−


彼女に会いたい。

俺はいつの間にか動き出していた。

彼女を確かめたい。


−−−


お互いに依存しているだけなのかもしれない。


でもわたしがこれまで見てきた彼は、

人になど興味がない、

自由で気まぐれな男の人だった。

わたしに依存するわけがない。


もう次は離してくれないかもしれない。

それもいいと思っている。



愛人よ、愛を込めて。

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愛人よ、愛を込めて せり @seriseri_kaku8

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