新生活、スタート!

misaka

新しい朝が来た!

 新しい朝が来た。


 春。多くの人々が新しい生活に、心を躍らせる季節。


 就活が上手くいかずに、妥協した新生活を迎える。そんな俺のところにも、新しい朝はやって来る。……希望の朝では無い。ただし、喜びに胸を広げることは出来る。大空も青空も、休憩時間には仰ぐことができるだろう。


 繰り返すが、就活は上手くいかなかった。それでも無理をして、妥協して、苦労して、ようやく手に入れた職場だ。給料から天引きだけど、衣食住揃った寮もついている。むしろ、この良条件がなかったら、こんな職場には来ていない。


 ただ、予想外だったのは無理矢理にでも規則正しい生活を送らされることだ。事実、今日も管理人の声で叩き起こされた。大学生の頃の自堕落な生活が恋しいが、きっとこれが、働く人――社会人になるということなのだと自分に言い聞かせる。


「お、新入りか? 若いな」


 ベテラン感が漂う同室の先輩が、俺に声をかけてくれる。今日から働く俺のことを気にかけてくれているらしい。


「あ、先輩。改めて、今日からよろしくお願いします」

「おうおう。それにしても若いのにここに来るとは、肝座ってんな」

「あはは……。行きたかった会社に行けなかったんで、じゃあ良いかって」


 そんなもんかね。先輩は苦笑しながらそう言って、俺と一緒に部屋を出る。そこは、薄暗い寮の廊下だ。毎日掃除はしているため、意外と清潔感はある。


 俺たちが部屋を出ると、隣からも、その隣からも続々と社員の人たちが出てきた。毎朝部屋の前で点呼をするのが、この会社の決まりだ。


 実はこの会社、他にもちょっと変わったルールがある。ご飯は社員みんなで食べたり、働くときは同じ服装をしないといけなかったり。極めつけは、本名とは違う、二つ名をつけられること。働いている時も、決められた二つ名で呼ばれることが多い。


「上司様が来たぞ。背筋を伸ばして、しゃんとしてろ。目つけられたら、厄介だからな」

「あ、はい!」


 先輩の声で、俺は背筋を伸ばして点呼を待つ。妥協したとはいえ、自分で選んだ職場だ。人々のために働けるのであれば、どこでも良い。


 ――大事なのはどこで働くか、じゃない。どうやって社会に貢献するか、だよな。


 俺は、きちんと、社会の役に立って見せる。そして、お金を稼いで、いつかは……。


 妥協したとはいえ、自分から選んだ職場だ。ここに骨を埋めるつもりで、精一杯働こう。どこかすがすがしい気持ちで待つこと、少し。ようやく、俺の名前(二つ名)が呼ばれる。


「囚人番号789番!」

「はい!」


 今、希望に満ちた俺の新生活がスタートする!

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