〈後編〉
電話に出てみると、受話器の向こうからは
「お姉さんですか? 李玖のスマホに電話したけど出なかったから。李玖、きつそうじゃなかったですか?」
「隼斗君、こんにちは。あの子、だいぶ鍛えられたみたいで、ヘトヘトだって
「ありがとうございます!」
「ね、一つ
「はい。なんですか?」
「隼斗君が春から強豪校に行くから練習しておきたいって言ったって。李玖から聞いたんよ。それと備品の片付けをしたのと何か関係があるの?」
「中学にはいった頃、一年生は毎日、備品の片付けをさせられて。よく李玖とペアになってやってたんです。その頃はキツくてダルくて。先輩達がさっさと上がるのがニクらしくって」
「ふふ。隼斗君もそんな風に感じる事、あったんやね。李玖もよくそんなグチ、こぼしてた」
「でもいつか一流のアスリートになって、すっごい競技場でスタートラインにつこうなって李玖とよく話してたんです。
そうしたら狭くて
「へえ。そうなんだ。でも隼斗君は、本当に夢に近付いたよね」
「夢には近付いたけど、春から行く高校ではみんながスゴいから、僕のこれまでの経歴とか全部ゼロに近くなるんじゃないかって」
「きっとそんな事はないよ」
「ううん。覚悟はしてるんです。でもそれならそれで李玖と一緒に悔しがりながらやってた時を思い出して頑張ってみようって、そう思ったんです」
「そう。それで備品の片付けをしたんやね」
「はい。そうしたら、あの時は辛かった事もあれはあれで楽しかったな、何もかも真っ白で夢いっぱいでって。そんな気持ちも一緒に思い出したんです。あの時の気持ちでいられたらこれからもきっと大丈夫って今は思えるんです」
「……頑張ってね。李玖と応援してるよ」
「ありがとうございます。李玖に、また一緒に走ろうなって伝えてください」
***
夜も更けて私はもう一度、昔の自分の部屋を覗いてみた。そこに並ぶ本が未知の世界だった頃を振り返ってみたくて。
意味も分からない活字のぎっしり詰まった本のページを前に、期待に胸膨らませていた頃。
今なら、大好きな本をこれから初めて読む人が羨ましいなぁ、なんて。
私は次の日、母に探した教科書とドリルとを渡した。
「これ、夏休みの宿題のやつ。直接、書き込んでないから、十分使えるよ。さし絵にイチゴとかレモンとか描いてあって、これやってる時、楽しかったな」
そう言いつつ、頭を抱えていた夏の終わりを思い出して苦笑いする。
「ねえ、お母さん、おばあちゃん、きっと大丈夫やね」
「うん、張り切ってるし」
***
本当は、実家の最寄りのバス停に着いた先週は、これから始まる自分の都会での生活にちょっぴり不安があった。新しい場所で全て失うかも、とか。不安になったのはおばあちゃんの方じゃなくて私自身の方だった。
でも弟の友達、隼斗君は、親友というより神友だ。私もきっと大丈夫と思えるようになった。
また、真っ白になって、イチから新たに物語を楽しんで、前に気付かなかった言葉の意味にも気付けるように丁寧に人生のページを
そしてあの日、言葉が奏でるリズムに心が舞ったように、これからの物語も 柔らかな心で受け止めよう。ラストがどんな私も受け止めてくれるから。きっと全部の伏線を回収してくれるから。
〈Fin〉
白紙のドリルとスタートライン 秋色 @autumn-hue
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