第6話 衝動


「うーん、素晴らしい声だ!!

今の歌は一体誰が?」



「!?王様……!!」



 パチパチと、高らかな拍手と共に

一段高くなっている玉座に腰を降ろす。




王様が現れて、一同は一斉に

頭を下げた。




僕も、もちろんノエル様も

膝を付いて頭を下げる。


あれが、王様……

穏やかな声をしているけど。



「おぉ、我が息子達よ。

……久しいな、顔を上げて見せろ。

皆のものも、顔を上げてくれ。」



王様の声に皆んなが一斉に

顔を上げる。


喋るたびに、ピリピリと

大気が揺れる。



普通の人とは違うオーラを放っていた。




「お久しぶりです、お父様。

お誕生日おめでとうございます。」



仮面を外すともう一度頭を下げた

ノエル様を見て


王様は、にこりと満足そうに

微笑む。



「あぁ、ノエルか。

もっと近くにおいで。


……よく顔を見せてくれ。」



「はい。」



スッと歩き出したノエル様。

王様の前まで行くと



「うん、お前はやはり


……我が亡き妻

ノアにそっくりだな。」



「……光栄です。母様には

及びませんが。」



「外に旅ばかり出ず

王宮の老いぼれた父に


もっと会いに来てくれると

嬉しいんだが?」



「ふふ、そんなご謙遜を。


父様が元気だからこそ

愚息の僕が自由に過ごせるのですよ。」



ノエル様の頰を優しく撫でる王様は

穏やかな父親の顔をしていて、好感が持てた。



ノエル様も恥ずかしそうにしながら

どこか嬉しそうだ。



王様に、少し遅れて付いてきたのは



「母様!!」



「クリス!元気だった?」



「母様もお元気そうで

何よりです!


お腹の子は、もう時期……?」



「ふふ、そうね。

貴方ももうすぐ兄になるのよ。」



「はいっ!」



現在の妃で、クリス様の母親。

黒豹の耳と尻尾がある獣人だが


艶めく黒髪と、黒真珠のような

瞳が息を呑むほどに美しかった。



妃様のお腹は、大きくて

妊娠している様子。



それを気遣うように

隣に座らせる王様を見て

短い舌打ちが聞こえた。




少し離れた所にいる

……ネオ様だった。




「ノエル、この子が生まれたら

祝福のまじないをしてくれる?


クリスが生まれた時みたいに。」



「……もちろんです、お義母様。

可愛い弟が増えるのですから


僕の魔法が役立つならいくらでも。」




「ふふ、謙遜するなノエル。

今や国1番の魔導師。


王位継承者として頼りにしているぞ。」



「父様……その話は。」



困ったように眉を下げた

ノエル様を見て



「あら?ノエルは、乗り気じゃないようね。


だったら王様……時期国王にはぜひ

うちの子を……」


妃様が、甘えるような声で

王様の腕を取った時




「獣人が何人子を産もうとも

魔力ある子は産まれませんよ?


そんなモノが王になっても

国は繁栄しません。


国民も支持しませんよ。」



国王たるもの、誰よりも

強く有らないと。


「!?……あ、あぁ。

ネオ、貴方も戦地から帰ってたのね。」



「ふふ、死んだ方が良かったですか?


申し訳ありません。僕は貴方の息子と

違って魔力が強いので。」


そう簡単には、死ねないんですよ。

にっこりと、首を傾げて笑いかけた。



「な、なんですって!?」


ガタンと席を立つ妃様を



「やめなさい、身体に障るぞ。」


王様が、困ったように止めた。



それから、静かに

ネオ様を一瞥すると




「ネオ、戦地での活躍

よく聞いていたぞ。


……褒めて遣わす。」



「はっ、ありがとうございます。」



「ただ、少しやり方が残酷だ。


逃げ遅れた民衆まで巻き添えになったと聞いたぞ。ノエルが、その後治癒魔法でできる限り蘇生したと聞いたが。」



「そうでしたか?俺は

闘いに熱くなると周りが見えない性分で。


兄様には感謝しています。」



「ネオ、お前は強い。

それは紛れもない事実だが


闘いに明け暮れるよりも、平和を愛でて

ノエルのように、教養を広げてみては……。」



「……結構です。兄様のように

のほほんと生きていても


第二皇子の俺は

王になれないでしょう?


戦果を上げて民衆の支持を得ないと。」



「まだそんなことを言ってるのか?

ネオ。


王位についてはまだ検討中だ。」



「ノエル兄様ならまだしも

もしも、そこにいる女豹の子が

王になったら。」



スラッと、剣に手を掛けたネオ様は



「……俺が全て、壊します。」


この剣に掛けて。

真っ直ぐに王を見つめた。



「はぁ、わかった。ネオ……

あとでゆっくりと話そう。」


やれやれと首を振る王を

労わるように撫でる妃様。


その手をさり気なく払うと

王様の手を取って、忠誠を見せるように、膝を付いた。



「……お父様?ネオはまだ若いのです。


大目に見てやってください。

兄として僕が話しますから。

お義母様も、どうかお許しを。」



「え、えぇ、わかってるわ。」


「ありがとう、ノエル。

……頼りにしてるぞ。」



ノエル様のお陰でまた

和やかな雰囲気になる。




「さぁ、皆のもの

宴の続きをしよう!」



王様が高らかに手を打つと

ホール全体に煌びやかな明かりが灯り



軽快なファンファーレと共に

たくさんのご馳走やお酒が運ばれてくる。



可愛らしい獣人や、着飾った踊り子達がそれらを、運んでくるから



会場は一気に華やかな雰囲気になり

大きな歓声が上がった。



「母様!!お腹を触ってもいいですか?」



「もちろん、おいでなさい。クリス!

カレンもこちらに来て。」



「はいっ!」



クリス様達が席を立って

妃様の玉座に向かう。



「それで、ノエル?

紹介してくれないか。


さっきの素晴らしい歌声は

お前の……?」




「はい、僕が育てた金糸雀で……

レイと言います。」



「そうか、後でゆっくりと

聞いてみたい。」



「もちろんです、そのために

沢山練習していましたから。」



和やかに話すノエル様と王様。

……僕に手招きするけど。





僕は、どうしても。



1人、華やかなパーティー会場を

後にする



ネオ様の背中が気になっていた。



また逢えたら、アリアの続きを……

歌ってあげたいな。


そしたら、あの人も少しは

笑ってくれるだろうか。







 それから、用意された舞台で

準備した曲を唄った。




王家を讃える国歌と

繁栄を祈る讃美歌。




さっきよりも緊張して

声が少し震えたけど



王様は「美しい!!」と

涙を流して喜んでくれた。




王族達も、僕の声を気に入って

何度もアンコールを受けたけど




歌いすぎるとまた

声が出なくなるからと




良い頃合いで、ノエル様が

止めてくれた。



各々が自由に楽しむ

パーティー会場の隅で




「大丈夫?

よくやったね、レイ。」



「は、はい!ありがとうございます!

けほっ、喜んで貰えて嬉しいです。」



水を飲みながら喉を休めていると

心配そうに頭を撫でたノエル様が



「少しここで待っていて?

喉によく効く薬を調合して


持ってくるから。」



「そ、そんな大丈夫です!?」



「座って休んでて。



ただし!誰かに声を掛けられても

付いていかないこと。


……いい?」



わかった?と念を押して



「わかってます……もう子供じゃ

ありませんから。」



ツンと、唇を尖らせた

僕の頰に



「……良い子だね。

僕が戻ったら家に帰ろう。」



「!」



たくさん、ご褒美をあげる。

ちゅっと短く唇を落とした。








【sideノエル】





 いつから僕は?こんなに……あの子のことだけを考えるようになっただろう。


何もかも思い通りになる世界が退屈すぎて

興味本意、暇つぶしの余興。


たかが、ペット。白い羽と美しい声を持つ小さな……あの子が、間違いなく



「やぁ、ドクター!

久しぶり!!」



今の僕の唯一。興味関心と意志の全て。



「!?」



少し無理をさせてしまった。レイの喉が枯れないように薬を調合して戻る途中。


パーティー会場で、自らの獣人を

王族に紹介しているドクタージキルを見つけた。




僕を見てなぜか



「ひっ!?」



……怯えた顔をする。



「酷いな、僕は

魔獣か何か?」



「滅相もない!!

お、お久しぶりです、ノエル様。」



「丁度良かった。少し

聞きたいことがあったんだ。」



「もしや金糸雀のことで?」



「それ以外ある?」



「いえ、金糸雀は短命なので

新しい子をご所望なのかと。」



「は?金糸雀が、短命?……聞いてないけど。」



「あの様子を見ると

元気そうで……何よりです。


生きているだけでなくあんなに美しい声が

出るようになったのですね……。


驚きました。」



「ちょっと来て。話そう。」


「わ!?引っ張らないで下さい!」



ドクターの商談を無理矢理終わらせると

空いているゲストルームに押し込む。



引かれた腕を、痛そうに回しながら




「元々金糸雀は

短命な動物なのです。


美しく鳴き、儚く散る生き物。

良くて20年が限度でしょう。」


面倒だとばかりに早口で喋る。



「20年?あと2年しか

ないじゃないか。


困るよ、それ。

何とかならない?」



「……不躾な質問ですが、ノエル様。

金糸雀とは、交わりましたか?」




「いいや、ヒートもない子と

どうやってセックスするのさ。



受け入れる準備もなく

エルフの血を継ぐ僕とヤったら

……あの子、壊れちゃうよ。」



「エルフの体液には、昔から若返り、延命などの効果があると言われていますから。



私は……てっきり。」



金糸雀が若々しく生きているのは

ノエル様のおかげかと……。



言い憎そうに、ゴホンと

咳ばらいしたドクターに



「……体液ねぇ。」


……考えてみる。


家に連れて来た時は痩せっぽちで

魅力のカケラもなかったのに。


歳を重ねるたびに、無邪気な笑顔を僕だけに向けて、愛らしさが増していくあの子。我慢出来ず、いつからか……それなりに手を出してしまった。大切にしたい、守りたい。小さくて大切なあの子。


……壊したい、そんな衝動が芽生え始めた時は自分でも驚いた。


キス、唾液を与えていたと言えば

そうなのかもしれない。つまり。



「僕の体液があれば

あの子は死なないってこと?」


「まぁ、単的に言えば

……その通りです。


これは、金糸雀だけでなく

全ての獣人に言えることですが。」



面倒な生き物でしょう?と

ため息を付くドクターは



「だから、あの時

金糸雀なんてお薦めしないと

言ったのに……」


同情する、と言いたげに

僕を見ている。



「……いいや、ありがとうドクター。」



「へ?」



「……完璧。」




……レイが僕に愛されなきゃ

生きていけないなんて。


考えただけで、……最高。

僕から一生離れられない理由ができた。

離す気もないけど。



そうなれば、尚更に



「金糸雀のヒートは

いつ起こるの?


誘発剤とかさ、ないわけ?」



「誘発剤……は、あるにはありますが

効果は一時的ですし。


金糸雀の様子から見れば

ヒートはもう少し先かと。」



「……頂戴。」



「!?誘発剤ですか?」



「うん、さっきの話を聞いたら

余計に……さ?」


我慢も、限界。


「わかりました。お譲りしましょう。


ただし誘発剤は連発すると

副作用が強く出ますからお気をつけて。


それと、もう一つ。」



「ん?なに?」



ドクターが、ポケットから取り出した

小瓶には小さな錠剤が入っていた。



「鳥の、刷り込みを

知っていますか?」



「あぁ、鳥は産まれて初めて見たものを

親だと思ってついていくんでしょう?」



「そうです、金糸雀も同じ。

ヒートを迎えたら


必ず目の前にいる人を

運命の番だと認識します。


間違っても、ヒートのタイミングで

他の男の傍に置かないように


……お気をつけ下さい。


そうなれば、いくら私でも

刷り込みを治すことは出来ません。」



「ふーん、僕以外が

あの子のヒートに立ち会うなんて

……あり得ないでしょう。」


僕以外が、レイを……?

想像しただけで


気が狂いそう。虫唾が走る。



「それなら、良いのです。

た、ただの助言ですから……。」



僕の殺気を感じのか

一歩下がったドクター。




「で、では私はこれで。」



「うん……またね、ドクター。」



貰った錠剤を眺めながら

早くレイを迎えに行かなくちゃ、と



珍しく早る気持ちが、抑えきれなかった。


……たかがペットに、こんなにも必死になるなんて僕らしくない。



ただ、不思議とレイのために費やす時間はなに1つ惜しくないんだ。



望めば全て手に入る退屈でつまらない世界を、あの子だけが変えてくれた。



……僕だけの特別。



王位継承権?魔導師の名誉?

そんなものどうだっていい、つまらない。



万人からの羨望より。




『ノエル様、大好きっ!!』



純真に輝く大きな瞳に

僕だけを映す



……あの子からのたった一言が

欲しいなんて。



天下の魔導師が聞いて呆れる。



フッと自分自身を嘲笑うと

仮面を被り直し




……パチン。1つ指を鳴らして、その場から消えた。







こんな哀れな僕を知ったら

……レイ、君はどう思うのかな。


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金糸雀(カナリア)は愛に哭く【王太子α×獣人ペットΩ】 琴羽 @2541

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