第5話 歌声
夕暮れに差し掛かる頃、宮殿のダンスホールで行われる舞踏会。
そとの民衆達は、まだ夜宴の最中で
微か遠くから王を祝う歓声が聞こえた。
会場の真ん中には、シャンデリアが輝き
広い舞台の上では
ワルツに合わせて、色とりどりのドレスを着た美女達が軽やかに踊っていた。
会場に入る前、いつもの様に
顔を覆い隠す仮面を被るノエル様。
どうして、人前に出るときに
顔を隠すのか。
誰よりも美しいノエル様なのに…と
不思議に思って聞いてみると
悪戯に微笑んだノエル様は
「……民衆にタダで見せるほど、安い顔じゃ
ないからね。」
当然のように言った。
本気なのか冗談なのかわからないけれど、ノエル様が言うと納得出来る。
何度か、ノエル様の公務に
付いて行ったことがあるけれど
ノエル様が通るたびに
全ての人間が近付いてきて
「!?ノエル皇子だ……!」
「みんな、道を開けろ!!」
「ノエル皇子。本日も誠に麗しく……」
最敬礼で挨拶をするのに
「……。」
ノエル様はいつも……挨拶どころか
一瞥すらしない。
何事もなかったように
通りすぎるだけだ。
普段、穏やかに話してくれる
ノエル様に慣れているからか。
公共の場で選ばれた人としか話をしないノエル様を見ると、普通の人は近付くことが出来ない高貴な方なんだと思い知る。
最奥の玉座にはまだ
……王様の姿はない。
沢山の人達に囲まれながらも
僕がはぐれない様に手を繋いでくれる。
ノエル様は、王族が座る1番上座に案内され、大理石の椅子にようやく腰を掛けた。
僕もその後ろに座る様に促される。
他の王族達の席にも従者の椅子が用意されていた。
ノエル様は、僕だけ。
他の王族達は、数十人の
従者を連れていて
「この者は、ドワーフの里から
買ってきた強者で……魔神を何人も倒した剛腕なんだ。」
「うちの従者は亡国から奴隷として買ってきたが、元は王家の姫君なんだ。」
口々に、従者の自慢話をしていた。
見渡せば、確かに色んな種族がいる。
人間だけじゃない。
ドワーフに、小人、魔獣、獣人、人魚や、妖精まで。
王族が連れている者達は大抵
首輪をしたり、足枷や鎖で繋がれていた。
妖精達は、小さな鳥籠に入れられて
魔力を放出できないのか。
弱い光をチカチカと瞬かせて
寂しそうに項垂れていた。
何となく、可哀想に思って、目の前にいるノエル様の服を後ろから、ギュッと掴む。
僕の不安を感じたのか
少しだけ仮面をずらして
「どうしたの?……膝に座る?」
「!?」
優しく、手を握ってくれた。
本当は、座りたかったけど
沢山の人がいて恥ずかしかったから小さく首を振る。
「あの、このままでもいいですか?」
「レイの好きにして。」
心細いのは本当だから、後ろからノエル様のローブを握らせて貰った。
僕にはそれだけで、充分に安心するんだ。
「……ほら、見て。」
「へ?」
ノエル様が、さり気なく指先を
クルリと動かして短い詠唱を唱える。
「わぁ!?」
少し離れた席にいた妖精の檻が
突然ガシャン!!と開いた。
「な、なぜだ!?
何が起きた!?」
慌てる人たちの中で、自由になった妖精が
嬉々として飛び出してくる。
「こら!!戻れ!!」
翼のない人がいくら吠えようと、宙に飛び出した妖精を、掴まえることなど出来なくて
『アハハハ……!!』
虹色の羽から、煌めく粉を降らせながら
逃げ出していく妖精達。
ノエル様は、素知らぬ顔で
仮面を被り直していたけれど
逃げ出す途中に
一匹の妖精が寄ってきて
『ありがとうございます。
……エルフの王子様。』
「……もう捕まらない様にね。」
『はいっ!!このご恩は必ず…!』
「大袈裟だな。……早く行きなさい。」
『はいっ!!』
涙を流して、お礼を言うと
空いた窓から夜空に飛び立っていった。
「くそ!!高価だったのに……」
「なぜ突然鍵が開いたんだ?
呪いがかけられていたはずなのに。」
「……あの程度で?笑わせる。」
悔しがる王族達を
ふん、と鼻で笑ってあしらう。
……ノエル様は、冷たく見えるけど
こうして当たり前に、弱きものを助けてくれる。
そうするのが、当然のように
世界を変えてくれる。
絶望の中に、現れる救世主(メシア)みたいだ。
「ノエル様は……
やっぱり凄いです。」
「やっと笑ったね。」
「!」
「レイのその顔が見たかっただけだよ。」
そう言って優しく頰を撫でてくれた。
「ノエル様……」
……大好きだ。
✳︎✳︎
その後も変わらず、たくさんの人がノエル様に
挨拶に来た。
ノエル様が言葉を交わしたのは
2、3人だけで
他の人には、頷きや手を上げるだけで
適当にあしらっていた。
……王族とも、余り話さないんだな。
そんな僕らの隣に
「そんな態度だからエルフの末裔は
プライドが高くて扱い難いって
言われるんですよ?お兄様!」
「!」
ポンっと、気軽にノエル様の
肩を叩いて話しかけてきた男の人。
まだ10代特有のあどけなさが残っている。
「……お前に兄と呼ばれる
筋合いはないけど?」
ふん、と鼻で笑って応える。
ノエル様の口調は冷たいけど
「そんな!母親は違っても
お父様は同じなんだから!
お兄様はお兄様でしょー?」
「……早く座りなよ。」
「はーい!!」
嫌がっては、いないように感じた。
飾り気ない黒髪に、パープルの瞳。
ふと目が合えば
「あれ!?もしかして君が
お兄様のペット?
うわー!可愛い!!
フワフワの白い羽が天使みたいな女の子だね!
初めまして!マーズ国第三皇子のクリスです。
以後お見知り置きを!」
「は、はい……」
フレンドリーに
手を差し伸べてくれた。
握手……だよね?
おずおずと、その手を取ろうとすると
「許可なくクリス様に
触れないで下さいっ!!」
「!?」
後ろにいた綺麗な女の人に
パシッと、手を払われる。
僕よりずっと、歳上に見える。
身体のラインが美しい
ワインレッドのドレスを纏っていた。
「こらこらー、カレンやめてよー。」
「わ、私たち人間と違って
獣人は動物ですから
汚いんですよ!?
愛らしいからと言って、無闇に触るのはおやめ下さい!クリス様はお身体が弱いんだから
病気が移ります!!」
「もー、過保護すぎ!!それか嫉妬?
ごめんね!小鳥ちゃん、怪我してない?」
「あ、いいえ……」
そっ、か。そうだよね。
僕ら獣人は、特に人間には
気味が悪いと嫌われているし
……汚いと思われても仕方ない。
クリス様の手を、ハンカチで
何度も拭うカレンという女性。
どうやら、人間で
クリス様のパートナーらしい。
不快な気持ちにさせたなら
申し訳ないな……と思っていると
「……きゃあ!?」
「!!わっ……!?」
ボウッと音を立てて
カレンさんのハンカチが燃え上がった。
「あ、熱……!?」
「誰か水を!!」
「だ、大丈夫!?カレン!」
驚いて固まっていると
誰かが、目の前にあったコップの水を
「こ、これでいいか!?」
バシャッ!!
慌ててカレンさんに、掛けた。
「……つ、冷たい。」
火は消えたが、カレンさんは水を被って
びしゃびしゃに濡れていた。
「すみません……!クリス皇子……!!炎が広がってはと思い!」
「無礼だぞ!?カレンは
僕のペットなのに……!!」
水を掛けた人に、怒鳴るクリス皇子に
「無礼なのはどっち?」
「!」
目の前の肩がクスクスと、揺れる。
ノエル様はスッと立ち上がると
びっしょり濡れた
カレンさんを見下ろしてから
「……ペットの教育くらい
きちんとしておけ。クリス。
レイを侮辱したら
2度目は、跡形もなく灰にする。」
「!?」
魔力の残る碧眼を冷たく光らせて、そう言い放った。
カレンさんは、青ざめると
何も言えずに
「わ、わたしっ、着替えてきます!!」
そそくさと、いなくなってしまった。
残されたクリス皇子は
少し考えた後に、ポリポリと頰を掻くと
「申し訳ありませんでした。お兄様。
カレンにはよく言って聞かせますので
……お許し下さい。」
「……だから、僕はお前の兄じゃない。」
「もぉ、頑固だなぁ!!
それより今の魔法!?
すごい!もう一度見せて下さい!」
「お前……馬鹿なの?」
「ちゃんと
謝ったじゃないですかぁ!」
ノエル様に何度も謝りながら
無邪気に笑いかけていた。
ノエル様……僕のために
怒ってくれたの?
じっと、ノエル様を見上げると
困った様に眉を下げて
「驚かせてごめんね?」
「いいえ……僕のために
ありがとうございます。
……でも。」
「……ん?」
「危ないことはしないで下さい。
女の人……可哀想でした。」
「!」
僕のことなんか、どうでもいい。
……あの人に怪我がなくて良かった。
ぽつりと呟くと
ノエル様は
「わかった。次からは気をつけるよ。
……ごめんね。」
「……はいっ!」
僕の頭をポンポンと撫でてから
座った。
その様子を見ていたクリス様は
「し、信じられない。
冷酷無慈悲なノエル兄様が
……謝った?」
どうしてこんなに優しいんだ?
「お兄様に意見までして……!!
どうして君は燃やされないの!?」
たかが、ペットでしょ!?
「?」
信じられないとばかりに
僕とノエル様の顔を交互に見つめた。
え?僕……燃やされるの?
「君って、何者!?」
教えてよ!?と
キラキラした目で隣に座るクリス様。
ビクッと驚いて肩を揺らすと
「レイがいなきゃ
……お前を燃やすのに。」
「!?お兄様ぁ!?
冗談だよね!?」
「……僕が冗談を
言ったことがある?」
「な、ナイです。」
ノエル様が、仮面を外して
にっこり、笑いかけると
「!」
クリス様は、急に大人しくなって
姿勢を正すと椅子に深く座り直した。
✳︎✳︎
暫くすると、着替え終わった
カレンさんが現れて
「さっきは、ごめんなさい。」と
小声で謝ってくれた。
「火傷しませんでしたか?」
おずおずと、聞くと
「大丈夫よ。」と
ぶっきらぼうに答える。
その時、会場がざわついて
一気に大きな歓声に包まれた。
「ネオ様が帰ったぞ!!」
「英雄の帰還だ!」
「おかえりなさい、ネオ様!
よくぞ無事で……!」
「騎士団長として、隣国の
魔族討伐のお勤めに向かわれるとは
貴方はマーズの誇りです!!」
ネオ、様?
よくわからないけど、周りから大いに
慕われているのはよくわかった。
騎士団長というなら
どんなに屈強な大男かと
思ったのに
人混みを抜けて来たその人は
意外にも
ノエル様とそう変わらない
細身の青年だった。
僕達の前にくると
騎士らしくスッと膝を着く。
「……ノエルお兄様。
お久しぶりです。
元気でしたか?」
「……あぁ、変わりない。」
「座っても?」
「……構わないよ。」
「ありがとうございます。」
恐縮です、と丁寧に頭を下げると
ノエル様の向かい側の席に
腰を下ろした。
その後ろから
付いてくる従者はいない。
座る前に、僕の方をチラリと見ると
「あぁ、お兄様もついに
愛玩用のモノを買ったんですね。
俺は扱いが悪くて直ぐに壊れてしまうから
今日は連れて来れませんでした。」
「!」
ふふっと思い出した様に
笑った。
お、玩具って僕のこと?
この人、整った顔立ちをしているけど
どこか……恐ろしい。
クリス様と同じ、漆黒の髪。
長めの前髪から覗く瞳は
血の様なチェリーレッド。
切長の目、高い鼻筋。
騎士団長と言うには不釣り合いな美男子だけど。
「お、お久しぶりです。
ネオお兄様。
任務お疲れ様でした。」
隣で、話しかけたクリス様の声が
震えてる。
ネオ様は、こちらを見ることもなく
「話しかけるな。
出来損ないの愚弟が。
お前みたいなのに
お父様の英雄の血が混ざってると
思うと反吐が出る。
血の正統な継承権は
エルフの母様を持つ
俺と、ノエル兄様だけだ。
……勘違いするなよ。
獣人の母親を持つ
穢れた血め。」
「ッ……」
……突き刺さるような
冷たい言葉に
クリス様の呼吸が一瞬止まる。
「そ、そこまで言わなくても!!
例え母親が違っても……!
クリス様だって正統な王族です!
発言を訂正して下さい!!」
カレンさんが、聞いていられないと
立ち上がったのに
「カレン……!!」
クリス様が、必死に止めた
刹那
目にも止まらぬ速さで
剣を抜いたネオ様の刃先を
ガキンッ!!
「!?」
ノエル様が、寸前
魔法剣の柄で受け止めた。
ギギっと押し合う
ギラリと光る刃先が
キィンと音を立てて揺れる。
「なぜ、止めるのですか。
お兄様?
穢らわしい人間が
俺に話しかけただけでも
死に値します。」
「やめろ、ネオ。
……祝いの席を血に染めるな。」
「血飛沫なんか飛ばしませんよ。
すぐに魔法で消し炭にしますから。」
ググッと押し合う2人に
腰を抜かして倒れ込むカレンさん。
「申し訳ありません!!
ネオお兄様!!
お、お許し下さいっ。」
ガタガタ震えながら
懇願するクリス様の
快活な笑顔を思い出して
悲しくなった。
兄弟なのに。
どうして?
「……剣を治めろ、2度は言わない。」
「じゃあ、やってみて下さいよ?
……力付くで。
ノエル兄様なら簡単でしょ?」
俺なんかよりずっと
魔力が強いんだから。
ふんっ、と鼻で笑いながら
剣をさらに進めるネオ様に
「……戦地で殺し合いばかりして
頭までおかしくなったのか?
僕を怒らせるな。」
ノエル様の髪が、強い魔力に
バチバチと逆立ち始めた。
一発触発。
周りの王族達は
ぶつかる2人の魔力に怯えて
次々に席を立ち始めた。
このままじゃ、だめだ。
「ノエル様……やめてっ!」
強い魔力に、飲み込まれると
ノエル様は時々、僕の声が届かなくなる。
どうしよう、どうしたらっ……。
咄嗟に駆け出すと、華やかに彩られた
大理石のテーブルに上がると
すうっ、と肺の奥深くまで
息を吸った。
肺の奥深くまで息を吸って
身体に音が満たされるのを待つ。
身体の真ん中から、僕のココロを
思いを
呼吸と共に
吐き出すのだ。
ノエル様が好きだと言ってくれた
僕の声に乗せて。
そうすればきっと
どこにいたって貴方に、届くから。
「♩~♫~」
「……!?」
アリアを歌い始めた僕に
会場の皆んなが一瞬、動きを止める。
ピリピリと、大気が揺れてる。
構わない。それでいい。
【思い出して?
覚えてるでしょう
わたしの胸に抱かれて
眠った記憶
眼差し
温もり
微睡の中に
聞こえたハミングを
わたしに守られて
わたしに愛された
あなた
どうか思い出して
わたしの唄を聴いて
わたしの胸に眠って
愛して
聖なる母が唄う
あなたの為だけのアリア(子守唄)
思い出して……】
思い出して。
……一節だけの独唱。
声帯の震えを止めると
歌い終わりに、深く息を吸う。
ゆっくりと目を開けて
周りを見渡すと
僕の歌にスヤスヤと
眠っている人もいれば
ポロポロと涙を流して
呆然としてる人もいた。
ノエル様も、驚いた様に
目を見開いて
僕を見上げている。
カレンさんは、床に座り込んで
ぼんやりしているし
クリス様は
「すっ、すごい!!凄いよ君!!」と
こちらが恐縮するくらいに
大きな拍手をしていた。
そして、ネオ様は
カランッと……
さっきまで禍々しい気を放っていた
剣を床に落としたまま。
「お前……、何者だ?」
ツウッ、と一筋の涙が
頰に伝っていた。
その涙を見てはいけない様な
気がして
「あっ……えっと
すみません……僕、勝手なことして。」
視線を逸らすと、俯く。
「本当だよ。こんな場所で
歌うなんて。
王様もいないのに……。」
「ノエル様……」
「……タダで金糸雀の歌を
聴かせてやるなんて、勿体ない。」
ふうっと、ため息を吐きながら
「おいで?」と
僕に手を伸ばして抱っこすると
テーブルの上からひょいと
下ろしてくれた。
「……エルフの歌詞。
よく覚えていたね?」
「はい、幼い頃ノエル様が
子守唄に歌ってくれたから。
自然と覚えました。」
「上手だったよ、ありがとう。
母さんを……」
「え?」
「亡くなった、母さんを
思い出した。」
きっと、僕も……ネオも。
そう言って、僕の身体を
ギュッと抱き締めた。
ノエル様の身体が少しだけ
震えていて
「……あなたの為なら
いつも、何度でも歌います。」
僕は貴方の金糸雀だから。
同じように、ぎゅっと
抱き締め返した。
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