第4話 おめかし


「んんぅ、や、くすぐったいよメル。」


「こら!!じっとしてなさい!

まだ口紅を塗ってないから!」


「お化粧、いらないよぉ。僕オスだもん。」


「メス!女の子だって何度言えばいいの!?

王様の前では、最大限に着飾って煌びやかにするのが礼儀よ!?


ノエル様に恥をかかせないように

とびきり可愛くしないと。


他の獣人(ペット)に負けないように!」


「昔、兎に言われたよっ……

僕は雄だから、着飾る必要ないって。

汚くて、不細工だからって。」


「なによそれ、レイが可愛いから

嫉妬したんじゃない。」


「?」


「はー、やだやだ、これだから

女の嫉妬は面倒なのよね。」



パフパフと、メルが僕の肌に白粉を叩くから、ケホケホとむせこむ。


今日は、マーズ王の生誕祭。城内外で様々な催しがあって、朝からカーニバルのように盛り上がっている。


現在のマーズ王は、獣人にも寛大らしく

パーティーへ招待してくれた。


朝から衣装や、アクセサリーを

選ぶだけで大忙し。


……早く歌の練習がしたいのに。



鏡の前でソワソワしていると



「ねー、メル!この口紅、赤すぎない?

何だかいやらしいよ。」


「ちょっと、ソル。

セクシーって言ってよ。」


「レイに、セクシーなんて必要ないだろ。


……元々、レイの唇は赤いんだから

何も塗らない方が綺麗だよ。」


「もー、口出ししないで!

これは他の獣人との戦いなんだから!


もし、気に入られたら王様の

ペットにして貰えるのよ!?」


「王様……何人も獣人を飼ってるもんね。気に入ったら後宮で贅沢三昧の暮らしだって。」



「そう!王様のペットなんて

最高のステータスよねっ!」



きゃっきゃとはしゃぐ

メルの言葉に



「……」



せっかく塗った

真っ赤な口紅を



ゴシゴシと腕で拭い取った僕を見て




「ちょっとぉ!?

なにしてんの、レイ!?


またやり直しじゃない!!」



「……嫌、僕、セクシーしない。」



「へ?」



「僕……ノエル様のだもん。

王様のじゃ、ないもん。」



贅沢な暮らしも

ステータスもいらない。


ノエル様以外に飼われるのは嫌だ。



ノエル様の傍にいられなくなる?

想像しただけで



こんなに悲しい気持ちになって



「!?ちょっ……何で

泣くの!?」



「ふ、ふぇ……やだ、もん。」



「あーあ!レイを泣かせたー!

ノエル様に怒られるー!」



「も、もう、ソルが悪いんでしょ!?

余計なこと言うからぁ!」



メルも、ソルも悪くない。

だけど



「ひっく、ぼく……

パーティー行かない!!」



「!?え……!?」



涙が、止まらないんだよ。




「王様の招待を断るなんて……!

無礼者だって、殺されちゃうかもしれないのよ!」



「レイ、良い子だから

パーティーには行かないと。

僕らが悪かったよ、ね?」



「っ、ぐすっ……。」



「はぁ、せっかくのメイクが

全部取れちゃった。


どうしよう、もう直ぐに

出ないと間に合わないのに。」



「だから、レイはそのままでも

か、可愛いって!!//」


「可愛いだけじゃダメなのよ!?

刺激的じゃなきゃ!!


女の戦いは、勝ち抜けないの!!」


「僕……オスだもん。」


「あぁ!?泣かないで!?」



ボロボロと涙を流す僕に

お手上げ状態のメルとソル。


真っ赤なルージュは

伸びて頰に付いてるし


白粉は、擦ったからマダラに

肌を飾ってる。



肩の辺りで切り揃えられた

髪も、ボサついてるし。




こんな僕が、美しいノエル様のペットなんて、恥ずかしいと、おもわれちゃうかな。


やっぱり、行けないよ。

ギュッと、拳を握って俯くと






「……どうしたの?

僕の金糸雀。」




「!?」




音もなく後ろから僕を抱き締める

ふわっとした温もりと


摘みたての花のような

甘い香り。




視線をあげなくても、誰かわかる。





「……ノエル様ッ」


「迎えに来たよ。お姫様。

……随分と、個性的な格好だね。」


「ごめ……なさい。」




酷い格好の僕と違って

鏡越しに目が合ったノエル様は



今日も完璧に美しい。




魔導師の正装である

白い修道服に、金の刺繍が入ったローブ。



胸には王家の証である勲章が

輝いていた。



いつもは、ラフに下ろしている

長めの前髪を



きっちりとオールバックにして

いるから



長い睫毛に彩られた

綺麗な碧眼がよく見える。



目が合うだけでドキドキする。

格好良い……。ノエル様。




いくらペットでもこんな僕が

隣に立って良いはずがない。




生まれて始めて、自分の

容姿を恨んだ。




……猫みたいに、キレイに造って

貰えば良かった。



ノエル様が綺麗すぎて、また

……泣けちゃうよ。




「うぅ、ノエル様…‥ぼく

パーティー行けない。」



「どうして?頑張って歌を

練習しただろう。」



「……セクシー、出来ないし。

可愛くないから、ノエル様が恥ずかしいと思う。」




「……せ、セクシー?」



なにそれ?


ノエル様の笑顔が

ピクッと引き攣ったのを見て



「あ、あー!?わたし!!

レイの髪を結ぶリボン取ってきます!」



「ぼ、僕も行くー!!」



「直ぐ戻ってきて

化粧をやり直しますからっ!」




メルとソルが声を揃えて



逃げるように

部屋から出て行ってしまった。




「あの2人は全く……

余計なことばかり教えるんだから。」



シーン、と静まり返った部屋に

はあっとノエル様のため息が落ちる。





「ノエル、様……?」



「ん?」



くいっ、とノエル様の

ローブの裾を引くと


涙に歪む視界で




「僕……ノエル様といたい。

王様のペット……イヤ。」



「!」




お願い、こんな僕を

嫌いにならないで。



縋るように、じっと見つめた。




ノエル様は、ふっと

笑うと





「全く、レイは……困った子だね。」



「!」




そう言って腰を折ると

……チュッと唇と唇を重ねた。



「ノエル様……?」



お風呂、じゃないのに。

唇が汚れてたから……?


表面をなぞるような感触。



ふにっ、と柔らかくて、しっとり……熱くて。……もっとしたくなる。



怒られる?少しくらいなら良い?

ギュッと目を閉じて、自分からも唇を押し付けた。



ノエル様の唇まで赤くなっちゃう……からダメなのに。……離れたくない。


当たり前に、腰を抱き寄せてくれた。

……嬉しい。



「……ノエル様。」


「……お前は僕のものだよ。レイ。」


「は……い。」



そう言って、真っ直ぐに僕の瞳を

覗き込んだ。


ノエル様の真剣な眼差しに、美しい碧眼に

……呼吸が、時が止まる。いつ何時もそうなる。



「……これ以上したら

止まらなくなりそうだから。」



「ッ、ふぁ……//」



すりっと、長い指で

輪郭をなぞられただけで


変な声が出て思わず両手で口を塞いだ。



そんな僕を見てクスッと笑ったノエル様が



「早くパーティーなんか

終わらせて夜はゆっくり過ごそう?

……頑張ったらご褒美あげるよ。」



「ご褒美?」


「うん、何がいい?」


「何でもいいん……ですか?」


「もちろん。」



もじもじと、口籠もってから



「……して、欲しいです。」


「ん?」


「たくさん……ぎゅってして、欲しいです。」


「!」


それだけで、頑張れるから。




「……はー、もぉ。」



やれやれと頭を抱えた

ノエル様に



「ご、ごめんなさい!」



ダメだったかな!?と

慌てる。




「いいから、暫く

……こっち見ないで。」




「は、はい……?」



口許を抑えながら

ふいっと視線を逸らした



ノエル様の顔は

少し……赤くなっていた。



怒ってるのかと思って

おずおず、俯くと




「そうと決まれば

……即刻終わらせないと。」



ノエル様が、パチンっと一度指を打つ。




「!?」



その瞬間、鏡に映る僕の顔は

綺麗にメイクが施された状態に変わっていた。


メルがしてくれた化粧よりも

だいぶ薄いけど


薄いピンク色のリップと

仄かに赤みがかった目元のアイラインが

僕の肌に合って……素敵だと、思った。



「これ、僕……?」



「うーん、我ながら

センスありすぎ。」


「凄い……」


「どう?良い感じでしょ?」


「は、……はい。」


ぽけっと口を開けて、鏡の中の自分を見つめる僕を、後ろから優しく抱き締めて




「……君は綺麗だよ。

金糸雀。」



「っ、」



胸を張りなさい。

そう、優しく囁いてくれた。



この人は、いつも僕に

……魔法をかける。



世界がキラキラと輝く




「ノエル様……っ!大好き!!」


「わ!?」



彼にしか、出来ない魔法だ。



ガバッと飛び付いた僕を

簡単に受け止めて


ふふっといつもの様に

微笑む。



……もしかしたら、僕は

王様のペットよりも



ずっと、ずっと

幸せなのかもしれないな。



心から傍にいたいと思える

大好きなご主人様に出会えたんだから。



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