第3話 幸せ


たくさんのはじめてを

経験したあの日から



ノエル様は、お腹いっぱい

温かいご飯を食べさせてくれた。



どのご飯も美味しくて、口一杯に

頬張る僕を見て





「……落ち着いて食べなさい。


全部金糸雀のものだから

無くならないよ。」





優しく微笑む。


ノエル様の方が

僕なんかよりずっと偉い人なのに。



……ご主人様なのに。



どうしてこんなに

優しくしてくれるんだろう。



喋れない僕を叱らず



いつも隣で本を読み聞かせてくれた。



どんな時も急がずに、ゆっくりと語る穏やかなノエル様の優しい声。


……この声に微睡んで眠るのが好きだ。




自分でも読めるようにと

文字の読み方、書き方まで教えてくれた。




楽譜が読めない僕のために

ピアノを奏でて



「さ、歌いたいように

歌ってごらん?」




僕が自由に歌うことを

許してくれた。



適当な僕のハミング。




それを聞いていつも「綺麗な声だ、金糸雀。」

嬉しそうに微笑んでくれる。






ノエル様に買われた日から

毎日幸せばかりを、繰り返す。


怖いくらいに光に満ちた世界だ。





メルとソルも僕の面倒を見てくれて

時々公務でノエル様が留守になると、一人寝が寂しくて、泣きだす僕を自分達の部屋に連れて行き一緒に眠ってくれた。


家族になってあげるとノエル様は言った。

その言葉の通り



メルとソルは本当の兄弟のように接してくれたし、ノエル様は……。上手く言えないけど僕にとっていちばん、特別な人。夢のような日々をくれる人。





一年




二年




三年ー…





繰り返すうちに

僕はいつの間にか。







「……おかえりなさい!ノエル様!!」




15歳になった。




ノエル様と暮らす穏やかな生活の中で、いつからか……人並みに言葉を取り戻していた。







✳︎✳︎





「レイ……君の名前に

どうかな。」


「!」



 ノエル様が、12歳の誕生日に僕に名前をくれた。



希望の光という言霊があるらしい。そんな勿体ない名を僕に付けてくれるなんて畏れ多かったけど、彼に名前を呼ばれるたびに誇らしくて、嬉しい気持ちになる。


「レイ?もっと女の子らしい名前にしたらどうですか?ノエル様!」


「でも、本人はまだ雄だと自認してるようだし。……今となったらどこからどう見ても可愛い女の子だけど。」


「ええ!?金糸雀って、メス!?」


「……いまさら過ぎるわよ、ソル。」


「う、ウソダァ!だって、可愛いけど、何年経っても胸もお尻もぺったんこのまま……!!」


「こら、ソル!!」


「良い名前じゃない?レイ。月の光。

君のムーンアイにぴったりだよ。」



「!!」


あの頃は、必死に何度も頷くしか出来なかったけど、本当に、本当に嬉しかった。



生まれた時から獣人に名前なんてない。

あるのは種族の型名だけ。



鳥、猫、兎、戌、虎、鼠。

ご主人様が僕らを、ヒトと扱ってくれなければ


僕ら獣人は、ただの動物。

人間ではないのだ。




生まれてから、僕をヒトとして扱ってくれたのは今目の前にいる、ノエル様だけ。


この恩を返したくて、声が出るようになってから毎日ノエル様のために曲を作っている。



僕に出来ることは歌うこと。

……それしかない。



ノエル様の為に出来ることが、もっと

……もっと、あればいいのに。




「ねぇ、ノエル様!もっと、僕に

出来ることない?歌うことだけ?」


「急にどうしたの。

……レイ。ほら動かないで。


泡が目に入るよ。」



「んんぅ、でも……でも。」



2人でいつものように、お風呂に入っているとノエル様の手がふと僕の頰に伸びる。


大きな掌。繊細で、長い指先。


お風呂に入っているから当然だけど。いつも少し冷たいノエル様の温度が今は……熱く感じる。



「レイは、僕の側にいるだけで

いいんだよ?ペットなんだから。」



濡れた白髪を、後ろに流して

じいっと見つめる碧眼。


魔力の強さなのだろうか。

ノエル様の瞳の奥にはいつも、深碧が煌めいて見える。



……どんな宝石よりも、綺麗だ。




「本当ですか?……それだけでいいの?」

 


……僕はこの人が大好き。

ずっと一緒にいたい。


頰に触れる手に、自分の掌を重ねると

そんな願いを込めて頬を寄せた。



「……もっと傍においで。レイ。」


「……はいっ!」



……5年が経ち、20歳で

成人の儀を控えたノエル様は近頃。


とても、大人っぽくなった。


元々落ち着いているから、大人びて見えていたけど。


5年前よりずっと、背が伸びて

顔付きだって凛々しくなった気がする。


……僕を引き寄せて、隣に座らせると

肩を抱く。



ピタリと、濡れた肩が触れ合って

吸い付くような感覚が


少しだけ恥ずかしかった。



最初はメルに世話して貰っていたお風呂も、1人で入り方を覚えてからは、ノエル様と一緒に入ることが多くなった。


いつからだろう、ノエル様は、僕の成長を見たいんだって。恥ずかしがることなんて何もないのに。



「……洗ってあげる。」

「はいっ!」



素直に立ち上がると、いつものようにノエル様に後ろから抱っこされるように背を向けた。


僕だって、ちょっと身体は大きくなったと

思うんだけど



ぐっと背が伸びたノエル様に比べたら、あの頃と変わらず子供みたいだ。



しっかりとソープを泡立てると、優しく

背中の羽を洗ってくれる。


フワフワした感覚が少しくすぐったい。

だけど、気持ち良い。



頭、背中から、首筋、肩

腕、お腹、胸


昔からノエル様は

隅々まで丁寧に洗ってくれる。



自分でするからと

遠慮したこともあったが



「僕の楽しみを奪う気?」と

なぜか叱られた。


それから、ノエル様がいる時は

一緒に入って身体を洗って貰う。



ノエル様に洗って貰うのは気持ち良いから好き。気持ち良すぎて……時々。




「……あん、」



「ん?」



「何でもない……です//」



特にお尻や……胸を洗われる時に

変な声が出ちゃう。




くすぐったいような

とにかく変な……感覚。




「あ、の……お尻はもう」

「どうして?綺麗に洗わないと。」

「んっ、ん……でも」




くすぐったくて……苦手。

せっかくノエル様が


僕の身体を綺麗にしてくれてるのに





「あ、……ぅ」

「コラ、逃げないの。」

「でもっ、ノエル様……そこばかり//」



どうしても、違和感に

腰が浮いてしまう。



いつも優しいノエル様なのに

……この時だけは、許してくれない。



「いい?レイ……僕以外に

この身体、見せちゃダメだよ。


メルにも、ソルにも、もちろん

……他の誰にもね。」


「?は……はいっ!

わかりました……!」


「そろそろヒートが来ても良い年齢だ。

……準備しないと。」


「じゅんび……?」


「まだ知らなくていいよ。

……可愛い僕の金糸雀。」



「ひゃっ!?」


かぷっと、肩を噛まれる。

痛みよりもゾクゾクっと肌が痺れる気がした。


はぁ、はぁと自然と息があがる。


「終わり、ですか?」

ノエル様を見上げると



「ううん、最後は……口の中。」

「は、はい……」


ココはちゃんと、中まで綺麗にしないと。


そう言って、ノエル様は

僕の顎を取ると



「んっ……」


自分の唇を、……僕の唇に重ねた。

お風呂の最後はいつも、こうする。



子供の頃は

唇に、ふわっと触れて終わりだったけど。



近頃は



「あっ、ん……ふ、」

「ほら、もっと口開けないと。

……上手く舐められない。」

「んぁ、はぁい……」



喉の奥まで届きそう。

舌を絡めとるみたいに舐めてくれる。



動物も、自分の身体を

綺麗にする為に舐めるし


僕も、お風呂を知るまでは

自分で身体を舐めて綺麗にしていた。


こんなことまで、ノエル様に。

ご主人様にして貰うのは申し訳ない。



僕も、ノエル様が綺麗になるように

上手に舐められたら良いんだけど。



……くちゅっ、くちゅっと

お互いの唾液が絡まる。




「ん、ん……ノエル様ぁ。

ごめんなさい、上手く……出来ませんっ……」



コレをするといつも

くらくらするし



身体が熱くて

フワフワする。



ノエル様の真似をして

舌を絡ませて見るけど



深くする程に力が抜けて

……上手に出来ないんだ。



ただ、ノエル様の首に

腕を回して



ぎゅぅっと抱き付く。




そうしないと、何だか




「はっ……レイ……?お前は可愛い声で

上手に鳴くだけでいいよ。」



「っ……ん、ぁ、は……ぁい」





……おかしく、なりそう。




口を離す時、2人の間に

ツウっと銀の糸が繋がる。





「ん、甘いね……レイ。」

「!」



それを、親指で拭うと

ぺろりと舐めた



ノエル様に、心臓が

ドキンッと跳ねる。



少し息切れて

普段より余裕のない声。



耳元で囁かれると

ゾクゾクっと身体が震えた。



「どう……?お風呂気持ちい?」



「は、はい……気持ちい、です。」



本心だった。

ノエル様とのお風呂は



ふわふわして

……気持ち良い。





「ヒートが来たら……もっと」

「……ヒート?」



「もっと、気持ち良くなるよ。」



それまで、僕が我慢できるかが

……問題だけど。




「……ノエル、さま?」



「僕のために

早く大人になってね?レイ!」



「大人になったら、嬉しいですか?」



「もちろん。嬉しすぎて毎日

レイのこと……離さないかも。」



「!?僕、ずっとノエル様と

いたいです!


頑張って大人になりますっ!」



「レイ、君は女の子だよ。

僕じゃなくて私。」


「わた、わた、し?」


「ま、どちらでもいいか。そんなことより年齢的には充分なはずなのになぁ。どうしてレイにはヒートが来ないんだろう。栄養不足?運動不足?うーん。……ドクターに聞いて見るか。」


「ひー、と?」


ボソッと呟いたノエル様に

きょとんと首を傾げると


ノエル様は、いつもみたいに

ニコッと笑って


「何でもない。可愛い僕のレイは……

今日もとても良い子だね。」


「っ、はいっ!!」



頭を優しく撫でてくれた。





ノエル様に褒められると

嬉しい。



ヒート?ってよくわからないけど



もっと、上手にヒート?になれるように……

早く大人になれるように……頑張る。











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