第2話 居場所






【side金糸雀】




僕がいつ、どうやって生まれたのか?

わからない。



ただ気付いた時には、この真っ暗な檻の中で

寒くて、暗くて、震えてた。



言葉は、周りの獣人に優しく教えるドクターの声で覚えた。



僕に向けたものではないと、理解していたけど

……一生懸命に、覚えた。




「聞いた?隣のクロス国は、魔族に襲われて壊滅寸前だって。」



「でも、それをマーズの騎士団が助けに行って救ったんだろ?」



「本当、格好良いよなぁ。エルフの力を受け継ぐ騎士団!!


王族の遠縁、つまり魔力がある人しか入団出来ないんだろう?」



「聖なる力で、悪を倒す英雄の騎士団!うーん、格好良い!!」



「王族とまでは行かなくても、願わくば、騎士団の子を孕みたいわ。」



「ふふ、兎(ウサギ)ったら、そればかり!」



「だってぇ、この中じゃ私が1番繁殖力が強いのよ?ドクターが言ってたもん!エルフの力を絶やさないように、魔力の強い人と交わって、たくさん子供を生みなさいって!」



「俺だって、そう言われたよ?

お前はとびきり可愛く作ったから、もう少し大人になったら王宮に行って、王様に可愛がって貰うんだって!」



「えぇ?だって猫(ネコ)は雄でしょ?

雌の私と違って、どうやって子供を産むのー?」



「知らないの?ここにいる俺らは全てΩ(オメガ)って性で作られて。王族の血筋は全てα(アルファ)って性だから、交わると雄でも子供が出来るって!」



「あ、あるふぁ?おめ……?」



「な、なんかよくわかんないね。」



「まー、ともかくっ!俺でも王様の子が産めるってこと!兎より早く王族の子を産んで、美味いもの食ってお城で贅沢に暮らすんだぁー。」



「ず、ずるい!私だって……!」



「でも、気に入られなかったら

捨てられちゃうでしょ?」



「!?」



「獣人なんて、この世界に

吐いて捨てる程いるんだから。


元々普通の人間と違って、魔族の血を引くって蔑まれてる僕らだもん。


王族に気に入られなかったら、捨てられて……人間達の奴隷だよ。」



「こ、怖いこと言わないでよ。戌。(イヌ)」




「はーぁ、僕たちも早く名前を貰って此処から出たいなぁ。誰か早く買ってくれないかなぁ。」




「俺は、王族以外に飼われる気ないから。まだこの檻の中にいたいけどねー?」



「私は早く出たい!この檻の中は、狭いし!暗い!」




「贅沢言うなよぉ~、働きもなしにタダ飯食えるだけでありがたいと思わなきゃ。」



「初潮(ヒート)がないから、売り物にならないだけでしょ。」



「ガキ扱いすんなっ!?」



戌と猫が、むうっと睨み合うのを

うんざり顔で見つめる兎。



そのうち、ドクターが来て

檻の中に食べ物を持ってきてくれた。





「良い子にしてたか?

我が子達。」



「ドクター!!良い子にしてたよ!?

貰った本もちゃんと読んだ!


ねぇ、続きは?」



「ふふ、これ以上お前達が知る必要はないよ。可愛い子達。


お前達はただ、王族に可愛がって貰うことだけ考えればいい。


マーズ国の掟を読んだだろう?」



「うんっ!王族の血を絶やせば

魔族が現れて平和が消えるって!」



「そう、だからこそ人間よりずっと

繁殖能力が高い、獣人のお前達が必要なんだ。どの種族であれ、王族の子さえ産めばこの世界は救われるからね。」




「だから、僕らはΩなの?」



「あぁ、この私が全てを掛けて研究した成果だ。王族が持つα性と1番相性が良い。」



「相性……?」



「ふふ、お前達が本気で誘惑すれば

αは喜んで飛びついてくるって話だ。

……これは金になるぞ。」



「かね?」



「あ、いやいや!!

とにかく!!ここにいる3人は私が手塩にかけて育てた最高傑作の獣人だ。



見た目も、知能も、繁殖能力も、ヒート周期も最高。必ず王族達がペットとして可愛がって下さる。



魔力が高ければ高い程、子供は出来にくいらしいが。王家の中枢とは簡単には知り合えないだろう。



時期が来たらお前達は王族が集まるオークションでお披露目するから、楽しみに待っていなさい。」




「「はぁーい!!」」




「……でも、ドクター?」



「ん?なんだ?」



「僕らはいいとして、あの子は?

大丈夫なの?」



「あの子……?」



「……あの、隅にいる

金髪の子。


自分の名前すら喋らないよ。」



「あぁ……アレは。金糸雀(カナリア)」



「カナリア……?」



「そう、本来は美しい羽と声を持って生まれてくるはずなんだが。」




チラリ、と僕の方を一瞥した

ドクターは




はあっと、頭を掻くと

蔑んだように




「……歌えない金糸雀は

ただの役立たず。


失敗作だよ。」




「ふぅーん?」



「売れ残ってるから、そこに

置いているだけだ。」



そう、吐き捨てた。





それだけ言うと、また

ニッコリと笑みを浮かべて




兎や猫、戌のフワフワした耳を撫でる。




「さて、可愛いお前達。

早くご飯を食べなさい。



それからお風呂に入って

毛並みを整えよう。」




「はぁーい!!」




……これが、僕の住む世界だった。





彼らがお風呂に行く間に

猫や、兎、戌の残したご飯を



必死に掻き込む。



……身体が小さくて、良かった。



そうじゃなきゃ、とっくに

餓死してる。



僕は声の出せない、金糸雀。

役立たずの売れ残り。



産みの親であるドクターにとっては

生きてても死んでても




どうだって良い、存在なんだ。



お風呂の代わりに

ぺろ、ぺろと


短い舌で、身体を舐める。


檻の1番隅で

身体を丸めて横になった。



いつも寒くて、お腹が減ってる。

……惨めな毎日だ。




そんな毎日の中でも

僕の楽しみは



「ん~ん~♪」


誰にも聞こえない

小さな声で、歌うこと。



これも生まれた性質なのか。

僕の喜びはそれしかなかった。



言葉はまだでないけど

声帯を震わせて




頭に浮かぶメロディーを

歌に乗せる。



自分の為に歌う

自分だけの、声。




いつか、この狭い檻を出て

広い場所で


この声を、歌を

風に乗せられたら



たった、1人でもいいから

僕の声を


聞いてくれるひとがいたら。


もうそれだけで

……充分、なのにな。













✳︎✳︎









『歌が好き……?』





好きです。

僕には




それしかないんです。







『僕が歌い方を教えてあげる』




本当?

だけど、どうして?




何もない僕を




『これからは僕が

君の家族だ。』




連れ出して、くれたの?





ある日、突然に起こった奇跡。



暗闇から

初めて出た外の世界は



寒くて、冷たくて

清々しくて



あぁ、こんなにも

この世界は



美しかったのか。





名前すら知らない。

突然目の前に現れた人。




僕の瞳は

満月の色と言ってくれた人。



見上げると暗闇に、ぽっかり浮かぶ

眩しく輝く金色が




「ほら、金糸雀。あれが満月だよ。」



「…………」




僕の色だと言うならば

………この人はなんて




「とても、綺麗でしょ?」



……神様みたいな人だろうと

思った。




 満月の余りの美しさに

心が震えた僕が



次に目にしたのは

今まさに僕を抱き上げたまま




「……直ぐに着くから

掴まってなさい。」



「!?」




フワッと、空に浮いた

この人のこと。






魔法……つかい?






昔、ドクターが気紛れに持ってきた

絵本に書いてあった



魔力を自由自在に

操れる英雄の末裔。




あの絵本に出てきた

魔法使いは、白い髭の




おじいさんだったけど

この人は……とても若くて。




「ん?飛ぶの怖い?

……目を閉じてていいよ。」




「!?」




……信じられないくらい

綺麗だ。



猫がよく言ってた。


この世で僕が1番

美しいはずだって。



確かに猫の宝石みたいな

瞳は綺麗だけど



目の前のこの人の

吸い込まれそうに深い碧眼。



サラサラと風に靡く

真っ白な髪。


長い睫毛が覆う

涼しげな瞳と



薄くて形の良い赤い唇。





穏やかな笑みを蓄えてるのに

……どこか高貴で神秘的だ。







魔法使い?

神様?



もしくは、天使?



本で見た英雄の名前が

どれも当てはまる。



そんな英雄に抱っこされて

空を飛んでいる自分が


信じられないけれど。





「ふふ、……そんなに

見られたら恥ずかしいよ。」





「!?ぅ、ぁ……//」






「……まぁ、君ならいいや。

好きなだけ鑑賞して?」



なかなか見られない顔だよ?



そう言って

クスクスと楽しげに笑う。






笑うと、無邪気で可愛らしい。




急に恥ずかしくなって

バッと下を向いた。






気付いた時には夜中の

空中散歩は終わっていて




トンっと、煌びやかな

お城のテラスに降ろされる。









「さぁ、入って?

今日から君の家だ。」





「!」


カララッ、テラスから

ドアを開けて中に入るように促されたけど




「!?」



ずっと、暗闇にいたからか


この部屋は

キラキラ、チカチカして



……目が、潰れそうに眩しい。

痛い。



どうしたらいいか、わからなくて。




「あれ?……なに?」



「ぅ、う……」




目の前の彼の背中を

ぎゅうっと握りしめると


目を瞑って、額を寄せた。



「えー、と」



困ったな、と

頰を掻いた彼は



「早く……言葉を教えなきゃ。」



そう言って、もう一度

僕を抱き上げてくれた。


この人の身体は

温かくて……良い香りがして。



少し触れるだけで

……安心する。






この人が、いたら



初めて見る

何もかも全部……


怖くないのかも、しれない。




「じゃあ、まずはお風呂に

入ろうか!」



「んぅ?」




お、風呂?

いつも、みんなが入ってたやつ?





上がってくると

身体からポカポカ湯気が出て




不思議だったんだ。









きょとんと首を傾げると

なぜか




また、クスッと笑った。







「おーい、この子綺麗にして来て!」




何処かに声を掛けると

直ぐに




「ノエル様!?

どこに行ってらしたんですか!?」


「また勝手に出歩いて

お父様に叱られますよ!?」



「あは、ごめんごめーん。

月が綺麗だからちょっと散歩に。」



「空中浮遊なんて

高度な魔法が出来るのは


ノエル様だけなんですからね!?



私達に毎度追い付けない鬼ごっこを

させないで下さい!!」



「はいはい、ごめんってばぁ!

次からは歩いて行くよ♪」



「約束ですよっ!?

って、何ですかその汚い孤児は!?」



「背中に羽!?

まさか獣人ですか!?」



「うん!ドクタージキルの所で

買ってきた。


後でお金払っといて!」



「もぉー、ノエル様ぁ!?」






この人、ノエルって言うのか

……名前まで綺麗だ。




あははっと朗らかに笑う

ノエル様、と




プリプリと怒っている

可愛らしい顔をしたメイドの女の子と




燕尾服を着た男の子。




男女は違えど

2人とも同じ顔をしてる。





ツノもない、獣の耳もない

とすれば人間だろうか?



オロオロして、見上げると

女の子の方に


グイッと手を引かれた。






「仕方ないですね!!

女の子でしょ?

私が洗いますから!」



立ち止まると次は

反対の手を




男の子に引かれて




「何言ってんの!!


いくらガキでも

こんな胸がペタンコな女は

いないでしょ!?



男だよ!僕が洗う!」




「はぁ!?何言ってるの

ソル!!


こんな小さいのに

男なわけないわ!?


私より小さいのよ!?」



「いいや、メル!


こんなガリガリの

女の子なんて見たことないよ!?」





男!女!と

僕の手を引き合う2人に




どうやって、伝えればいいんだと

目を回していた。





困ってノエル様を見ると

僕を見てまた




「あははっ」と

楽しそうに笑っていた。



こうなったら、自棄になって。




「!!」


「へっ!?」



ソル、という男の子に

ギュッと抱き付いた。



オスです。……多分。

ドクターが「この中にメスは兎しかいない。」言ってたから間違いないと思う。



「あ、えっと?」


突然僕に抱きつかれ

驚いたのか


少し視線を泳がせたソル。

じっ、と……見つめると




「男の子……?ってことで

いいんだよね?」



「!!」



わかってくれた。





嬉しくて何度も

コクコクと頷くと



ソルも嬉しそうに笑って

少し照れたように頰を掻いた。




「なぁんだ、女の子なら

お洋服貸してあげたのに。」



「僕が貸すよ!

じゃ、じゃあお風呂行こうか!


それでえっと……君名前は?」



「……ぅ、……ぅ」




「話せないの?」



「(頷く)」




そっか、わかったと

2人は優しく頭を撫でてくれた。





「大丈夫!話せなくても

ノエル様がきっと



治してくれるから!

私達のノエル様は凄いのよ!



この国で1番強い

魔法使いなんだからっ!」




「そうだよっ!心配しないで!

じゃあお風呂に行こう?



お風呂の後は髪も切ってあげる。」




「その後は食事かしら?

すぐ準備するわね!


うーん、それにしても本当に雄?

大きな瞳も白い肌もどう見たって女の子。」



「うーん、獣人の性別って、僕ら人間にはよくわからないんだよなぁ。」




テキパキと働く

ソルとメル。



どうして?

こんな僕のために?




ノエル様も

この2人も





「え?なに!?

何で泣くの!?」



「お腹空いた!?

どこか痛い!?」



「っふ……ぇ」



「ノ、ノエル様ぁ!

どうしたら!?」





ポロポロと泣く僕に

狼狽える2人。




みんなが親切にしてくれることが

嬉しくて不思議で




幸せで

申し訳なくて





どうしたら良いかわからない。







いつの間に目の前にいた

ノエル様が


僕の濡れた頰を

ハンカチーフで拭うと




「泣き虫さんだなぁ。

僕の金糸雀は。


……幸せで泣くより

笑ってよ。」




その方が、伝わるから。




……わら、う?





笑った、ことがないから

……上手に出来るかな。





こ、こう?





「!?」





指で、唇の端を上げて

ニンッと引っ張ると





ノエル様はまた

「ははっ!」と



楽しそうに笑った。






あ、本当だ。






笑うと……幸せだ。

ノエル様が、笑うと




嬉しい、なぁ。







「よし、ご褒美に今日は

僕がお風呂に入れてあげる!」




「!?」





「ええ!?ノエル様が!?」




「なに?ダメなの?」




「ノエル様のお手を煩わせなくても

僕が……!」




「そんなに、金糸雀の身体を

見てみたい?ソル。」




「な!?//

そんなことないですよっ!」




「ふふ、一応金糸雀は


Ωだから、誘惑されないよう

気を付けなよ。」



「え!?嘘!?


確かに可愛いけど

そんな色気は微塵も感じませんよ!?」




「まぁ、この子はまだ

初潮(ヒート)前だからねぇ。」




ヒート?色気?

なんだろ、それ。





きょとんとする僕を






当たり前みたいに

ひょいと抱き上げて






「ご主人様に洗って貰うんだ。

感謝してね?」




「!」




僕の垂れた前髪を掬うと

ニコッと笑う。





ドキッ……







ノエル様といると

時々心臓が



きゅうっと

痛い……気がした。









 はじめて。




「んー、と……金糸雀?

申し訳ないけど。


お風呂はメルにお願いするよ。」



「??」



言われるがままに、服を脱ぎ捨てた僕を

上から下までじっと観察したノエル様は


小さくため息をついてから



「この子のどこが雄?


雄も雌も興味がないからって

ドクターって本当……変態。」



視線を逸らすと

僕の身体に、ふかふかしたタオルを

ぐるぐる巻いた。



「??」



それから暫くすると、意気揚々と腕まくりしたメルが入って来て



「ほらっ!やっぱりわたしの勘が

当たったわね!」



鼻歌混じり、僕の身体を見て

うんうんと何度か頷いていた。



「メスよ!メス!女の子!!」



「??」



メス?……そうか僕はメスなのか。

正直今はどちらでも、良い。



だって、僕にとっては

全部はじめて。


ふわふわと泡立つ

温かいお風呂に入って


身体からポカポカと

白い湯気が出た。


はじめて。



腰まである長い金髪と

顔の半分まである


ボサボサの前髪を切った。


はじめて

絡まった髪に櫛を通して


背中にある、ゴワゴワの羽を

梳いてくれた。



はじめて




「か、可愛い!!」






と褒められて







はじめて







「……うん、似合うよ。

金糸雀。」






清潔な白いフリルシャツに

腕を通す。









鏡の前に映った

僕はもう







「……!?」






僕の知らない

新しい僕、だった。





此処が、新しい

僕の……居場所。




幸せで


幸せで、僕はその日

何度も何度も……泣いたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る