金糸雀(カナリア)は愛に哭く【王太子α×獣人ペットΩ】

琴羽

第1話 金糸雀

……誰かの、声がする。







小鳥の囀り?






とても

小さくて弱々しいのに。






甘くて……可愛らしい。







ピリッと鼓膜を刺激して

擽る。





ドキドキするのに。





ずっと聞いていたい。

心地良い……不思議な声だ。







まぁきっと、この声は

他の人には聞こえない。




視力も聴力も

桁外れの僕だけに




届いた……歌だ。















✳︎✳︎













「お、お客様!?



この地下はまだヒート前の

獣人しかおりません!!



ペットとしては、お役に立たないかと!」





「ふーん、だから?」




「ドクターに確認しますので。

どうかっ……ご容赦を。」




「別に、取って食おうなんて

思ってないよ。



ドクター・ジキルの作る獣人は

Ωフェロモンが強くても。



僕にとっては少し甘い香水を、嗅いだくらいの刺激さ。」




「えっ……?うちの商品に限って

そんなことは。


通常のαでしたら……」




「通常……ねぇ?」






その、通常が当てはまらない人間も

この世界にはいるんだよなぁ。



極々一部の……王族とかね?




「甘ったるいだけの香水には

全く興味ないけど。


この声は……なんか

……クるんだよなぁ。」





もしもこの声が

僕のモノになるなら




少しくらい可愛がっても

……良いかもしれない。






「こ、声……ですか?

私には何も聞こえませんが。」



「まぁ、凡人には

無理だろうねぇ。」




「は、はぁ……」




店員の眉がひくつくのを

無視して




地下階段に通じる扉に

手を掛けた。












不思議な声がしたから

気まぐれに、立ち寄った




最近、城下で断トツに流行っている

ドクター・ジキルのペットショップ。







檻の中で、鎖に繋がれた

獣人達は




僕が入った瞬間に

目の色を変えて






「ふ、ふぁぁー、α様ぁ。

僕を飼って下さいー。」

「私を、可愛がってぇ。」

「何でもっ、何でもしますからぁ!」





ガチャン、ガチャン

繋がれた鎖を引っ張りながら




大いに吠えて、尻尾を振る。





目は酒に酔ったようにトロトロして

口は半開き。




腰を揺らして

……だらしがない。






……正直、僕は

煩いペットが大嫌いだ。




常に発情してる様が

気持ち悪いし。




知性のカケラもない。





そうやって、愛玩用に作られたんだから

……当然だろうけど。






ボランティアだと




城で沢山のペットを可愛がる

……お父様の趣味には同意し兼ねる。









王族の種を手っ取り早く残すには

こう言う玩具も、必要なのかな。





王族と獣人の間に出来た子は

また性欲も強く




繁殖能力も高いと聞くが。









生憎、僕の母さんは

純血のエルフ。






……僕の血は

彼らに全く反応しないのだ。












ガチャン、地下に繋がる扉を開けると








「っ、ん!?」






ブワッ……今までになく

強いΩの匂いが充満していた。




むせこみそう。






「下にいるの、ヒート前だって?」



「ドクターには、そう聞いてますが。」



「……あり得ないでしょ。」







……この、匂い。

普通のαなら、間違いなく興奮してる。






僕ですら、一瞬

欲情しそうになった。





これが、初潮(ヒート)前の

子供の獣人と言うなら








「相当な、変態だな。

……ドクターは。」






どんな遺伝子操作をしたら

こんな規格外の獣人を作り出せるのか。








……金になる獣人を作るためなら

何だってする。





恐ろしい人だ。












階段を降りていくと






さっき聞こえていた声は止んで

代わりに









「んん?ドクター!?

なんか良い匂いがするっ!!」



「ほんとだぁ!」



「ん?風呂に入ったから

当然だろ?」



「そうじゃなくてぇ

なんかソワソワするって

言うか。」



「あ、私もぉ。」






幼い、舌足らずの声。

3人くらいか?






確かに可愛らしい声だが

さっきの声とは……違う。









階段を降りていくと

地下には




鉄格子の掛かった牢屋があった。











「やぁ、ドクター。」



「!?」






軽く手を上げて、ジキルに挨拶すると








「ノ、ノエル様!?

な、なな、何でここに!?」




「んー、ちょっと

散歩の途中に寄り道したくなって。」





「こんな、地下にまで足を運んで頂くなど恐れ多く……!!



申し訳ありません!!」





床に頭を擦りながら慌てて

土下座するドクターに






「いや、勝手に来たんだから

気にしないでよ。」





にこっと笑って

出来るだけ優しい声で言った。







「しかしながら、ノエル様……

お一人ですか?



お付きの者は……?」



「んー?遅いから巻いて来た。」



「!?さ、左様ですか。

確かにノエル様程の魔力をお持ちの方なら護衛など不要でしょうね。」




「まぁねー?それよりさ?」



「は、はい!!」



「ペット、紹介してよ。」






ふわっ、と微笑むと

ドクターは一瞬驚いた顔をしてから




ハッと立ち上がると







「さすがノエル様!!お目が高い!!」




「ん?」






ドクターの後ろに

隠れていた



小さな獣人達をお披露目するように



グイッと前に

押しやった。





3人とも、まだ幼いが

……上にいた獣人達よりずっと




顔立ちが整っている。





艶々と波立つように

耳や尻尾の毛並みも良い。





初めて人を見るのか

3人とも固まって




怯えたように

僕を見上げていた。







そんな彼らに構わず

ドクタージキルは





「この子達は、私が10年を費やして完成させた最高傑作の獣人です。



まだ名前はありませんが、人気の兎型、猫型、戌型の魅力をそれぞれ極限まで惹き出しました!」





唾を飛ばしながら

熱弁する。






「まず、兎型のこの子は最も繁殖能力が強く、一度に何人もの子を宿すことが可能です。猫型は、見ての通り容姿が秀逸でして、特にこのエメラルドの瞳と艶めく毛並みを出すのに苦労しました。戌型はなんと言っても知能が高く、学習能力に、長けております。愛玩用だけでなく秘書や雑務も可能かと……!!」









「あ、あぁー、ソーナンダ。」






対して興味はないけど

ドクターの熱に押されて一歩下がる。







「申し訳ないんだけど

僕が探してるのは……」





あの、甘い声の持ち主で。














言いかけた僕の

服の袖を







ギュッと、掴んでいる

2つの小さな手。








「!?」






「あ、コラ!!

お前達……!!」








ドクターが焦って

止める前に









「わ、私!!

この人に買われたい!!」





真っ白で、ぴょんと立った兎の耳と

パッチリと大きなルビーの瞳。





「こんなに、美しい人間

見たことないもの……!!


それに、とっても良い匂い……

くらくら、するくらい。」




ぽーっと惚けて

ウルウルと僕を見つめている。






もう片方は







「……俺にしてよ!

ご主人様!!


……何でもするよ?」





宝石のようなエメラルドの瞳。

薔薇色の唇から


チラリと八重歯が覗く。

挑発的に眼を細める



猫耳の美少年。






「俺、わかるよ。

まだ若いけど


貴方が……最高の男だって。」






したたかに、誘うような

色香を纏っている。







「……確かに……

ドクターが言う通り。




2人とも可愛いね。」





「!?」







縋り付く小さな手を取ると

ニコッと微笑む。





それだけで、僕の

フェロモンに当てられたのか



ピクピクッと尻尾を

震わせていた。







「だけど…1つ

教えてあげる。」





普通のαなら

喜んでこの子達を



可愛がるのだろうけど

生憎僕は







「無礼者。……次に

許可なく僕に触れたら



……この場で殺すぞ。」






フツウじゃない。






バチッ!!

稲妻のような閃光と共に



2つの手を、容赦なく振り払った。




少し魔力を当てたから

手が少し爛れたかもしれない。




ドクター自慢の商品に

傷を付けて申し訳ないけど




自業自得、だよね?




フッと口端だけで笑う僕に





「ひっ……」






2人は

爛れた手を抑えながら






「う、うわぁーん!!

痛いよー!!」

「助けてぇー!!」





「お、お前達、!?」






ドクターの背中に隠れて




小動物のように

逃げ出した。








「さて、と……

邪魔はいなくなったから。



本題ね?ドクター。

……あの子頂戴?」





「!?」







あの子。











僕が、差した指を辿って

視線を動かしたドクタージキルは




訳がわからずに







「あの子、とは?




この子達以外

誰もいません、が。」






キョトン、と間抜けな顔をしていた。








やれやれ、疲れるな。






「あの子だって、ほら。

檻の奥に蹲ってる



金髪の子!!」





「は、!?

金糸雀(カナリア)……ですか!?」





「そうそう♪

あの汚い子、頂戴。



金ならドクターの良い値で

構わないから。



後から僕を追ってくる

従者にでも伝えておいて。」






カナリアって、言うのか。

……ふぅん、通りで。






あの声に、ぴったりの名だ。










「ノエル様……申し訳ありませんが

あの子はダメです!!



金糸雀と言うのは名ばかりで

欠陥品なのです!!



金糸雀のくせに、歌うことも

喋ることもしません!!」





「へ?喋らないの?」




「はい!!歌わぬ鳥など

何の価値もない!!


恥ずかしながら私の

最大の失敗作なのです。



そんな恥晒しを

神聖な王宮になど送れません。」





何とぞ、ご容赦くださいと

頭を下げるドクター。







「お、王宮……!?」

「嘘……じゃあこの人は……?」





兎と猫がコソコソと騒いでいる。

一瞥すると、




「!!」




直ぐに大人しくなった。










ドクターが、はあっとため息を付いて







「そうだ。ここに在らせられるのは

正真正銘、マーズ国王太子様だ。」




ハッキリと、告げた。





「お、王子様……!?」

「うそっ、凄い……」





騒つく獣人達の中で

僕の名を聞いても





ピクリとも反応しない

檻の隅の物体。






長く伸びた金髪だけが

チラチラと煌めいて見える。








「……金糸雀。」






「………」






「………歌は好き?」






「………」










聞こえているか、わからない

質問を




丸まった背中に投げかける。







返事は、ない。












「見ての通りです。



諦めて下さい。

……ノエル様。」




ドクターが

無駄です、と言いたげに




金糸雀を睨む。













そうか、話さないなら




あの声は……

この子じゃなかったのか。







間違えるはずないと

思ったんだけどな。











時間の無駄だったか、と

踵を返した時









「…………っん……」






「!?」





微かな息遣いと、共に










「ん……ん~……ぅ~♪」







聞こえて来た、微かなハミング。







震えて、頼りなくて






耳を澄まさないと

消えてしまいそうな










……彼の、声。










間違いない。













「……おいで、金糸雀。」






僕と行こう。

















「歌い方……教えてあげる。」





「!!んっ……」






パチン!!と手を鳴らすと

鉄格子に掛かる



南京錠を外してやった。







……来るか、来ないかは

君次第。






金糸雀の声に

心底驚いたように



瞬きするドクターを






ジッと、見つめた金糸雀は









ゆっくりと、起き上がると

鉄格子を出て








「……くそ、早く行け。

厄介者が。」





「んっ………うぅ」






おどおどと、ドクターの前で

小さく頭を下げた。





その仕草が健気にも

「ありがとうございました」と

伝えているようで。








「……行けっ!!」




「!?」



シッシと追い払う仕草をする

ドクタージキルの目の前から





気付けば……

彼の身体を抱き上げていた。









「の、ノエル様……!?」





「じゃー、確かに。

この子を貰っていくよ♪」





「は、はぁ。」





汚いものを、抱える僕のことが

信じられないという視線。






汚い、確かに汚れていて

手も足も煤だらけ。





だけど








「ぁ……ぅ……」




「ふぅん、君の瞳

綺麗なムーンアイだね。」





この子の



今宵の満月と同じ

神秘的な色が



単純に、美しいと思った。







「!?」






褒められたことに

驚いているのか




僕に横抱きに抱えられたまま

キョロキョロと視線を泳がせている。







それにしても、細くて

……小さいな。





男か、女かすら、わからない。







金糸雀を抱いて

歩き出す僕の後ろで





兎や猫の、悔しそうな

悲鳴を聞いた。






「なんで、アイツなの!?

ドクター!?」

「金糸雀が!?あり得ない!!」



「落ち着け……!!

お前達……良かったじゃないか


厄介払いが出来たぞ!!」




「悔しい、悔しいよぉ~!!」








その度に、ビクビクっと

肩を震わせながら







「……寂しいの?」




「ぅっ、う……」




「大丈夫、これからは

……僕が君の家族だ。」




「っふ……ぅぅ」






あんな劣悪な家族でも

離れがたいのか




ポロポロと泣く金糸雀の

冷たい身体を





温めるように

………抱き寄せた。





























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