№000342 スタートボタンについて

太刀川るい

№000342 スタートボタンについて

[№000342についての報告書]


■対象について

 №000342は1983年発売の家庭用ゲーム機に付属のコントローラの中央部分に位置するボタンである。コントローラ本体の劣化は激しく、表面のプラスチックはかなり色褪せており、塗料も完全に剥げ、中央部は指が何度も触れたのかすり減っている。ケーブルの反対側は切れ味の悪い刃物のようなもので切断されており、ゲーム機には繋がっていない。

 コントローラーの表面には十字形のボタンと、A、Bと書かれた丸形のボタン。そして中心部にSELECTとSTARTという2つのボタンが並んでいる。このSTARTボタンが№000342である。


 №000342は95年に東京で見つかった身元不明のミイラ化した遺体から発見された。遺体の推定年齢は60~70の男性であり、歯の治療歴なし。衣服は原型を留めないほど劣化していた。発見当時、遺体は黄色く変色した手帳を保持しており、群馬県某所の住所が書かれていた。また遺体の上着の内ポケットの中からは茶封筒に包まれた№000342が見つかった。


 発見当時、遺体は公園のベンチで発見されたが、奇妙なことに死んだ後溶けて流れた体がベンチに張り付いたように固まっており、最終的にベンチは廃棄処分となった。


 群馬県某所の住所は通常の民家であったが、調査の結果、男性の遺体が見つかった当日、その家から小学生の男子が消息を絶っていることが判明した。


 両親が気がついたときには部屋の中は乱暴に荒らされ、そして奇妙なことに再び片付けられた後があった。壁には両親にあてたようなメッセージが、錯乱しているようで内容については理解が難しい。


 自由帳には様々な筆跡で両親への謝罪と感謝、後悔の念とそして№000342と思わしきものに対しての呪詛の言葉が書かれていた。「けしておすな」それが自由帳の最後のページにかかれた言葉であった。


 部屋の中には、土足で侵入したと思わしきいくつかの足跡が残っていたが、奇妙なことに様々な大きさのものがあった。靴跡だけで少なくとも複数人が確認できる。


 男子が失踪した当日、両親は冷蔵庫の中身が全て消えたことを報告している。

 その他、発見当時の状況に関しては別報告書を参照のこと。


■STARTボタンの存在理由について

 現行のゲーム機では採用していないため概略を示す。


 STARTボタンとは、初期の家庭用ゲーム機に存在したボタンである。元々は、開始画面においてSELECTボタンを複数回押下することで、選択肢を選び、STARTボタンを押すことでゲームを開始する。という使い方が想定されていたが、すぐに十字キーとA、Bボタンの利用に切り替わり、この使い方は廃れてしまった。


 代わりに、メニューを表示するためにSELECTを、ゲームを一時停止し再開するためにSTARTボタンを利用する方法が一般的となった。競合製品では、このボタンが再生/一時停止ボタンを意識させるような右向きの三角形で表現されることもあった。


 №000342の特性はここから来ていると推測される。


■第一回目実験について

 専門スタッフ(以下Aと仮称)により、実験室23を利用して実験を行った。実験室23は不慮の流出事故を防ぐために、外から施錠した場合内部からは開けることが出来ない。


 Aが実験室23において、№000342を押下したところ、Aの姿が一瞬ちらついた。カメラの映像を確認すると、1フレームの間にAのポーズが微妙に変わっていることが確認できる。机の上においた№000342を、人差し指で押していたが、次のフレームでは手で包み込むように保持していた。


 Aは自分以外の時間が全て停止したことを報告した。Aは№000342を押した後、実験室23に持ち込まれたマウスが完全に動きを止めたことに気がついた。また同時に時計の秒針が止まったことを確認している。呼びかけても外から返事がないので№000342のボタンをもう一度押したところ、マウスは正常に動き出した。


■第二回目実験について

 Aの他、別のスタッフBも同様に実験室23に入って実験を行った。この時は実験室にバナナとノートを持ち込んだ。№000342をAが押下すると、前回同様時間が停止し、AはBが完全に動きを止めていることを確認した。Bに触れてみたが、熱はまったく伝わってこず、大理石を触っているような感触だったという。


 生物以外のものに対しては、手で触れて動かすことを確認した。ノートにペンで記入すると、通常と同じように書き込めたが、音は聞こえなかった。


 またAは持ち込んだバナナを食べてみたが、通常と同じように食べることができた。食べ終わった後、Aは再び№000342を押下し実験を終了した。


 この時、BはAが突然消え、部屋の違う場所に出現したことを確認している。同時にノートが机の上に開かれ、書き込みが行われたこと、さらにバナナの皮が机の上に出現したことも確認した。これらの現象はカメラの映像でも確認できる。


■第三回目実験について

 停止できる時間の長さを計測するために、再び単独でAが実験を行った。ストップウォッチは利用できない可能性が高いため、Aの脈拍を利用することにした。実験室23に入り、Aが再び№000342を押下した所、部屋の中にミイラ化したAの遺体が出現した。


 Aの遺体は、完全に乾燥していた。衣服のポケットに入っている手帳には、Aの震える文字で、家族へ別れを告げる言葉と、「ボタンが戻らなくなった」という言葉が書かれていた。


 Aのメモと状況から、当委員会はこの事故について、こう結論づけた。


 Aは停止した時間の中で実験室23から出られなくなり、そこで餓死したものと思われる。


 炭素年代測定を行った所、Aの遺体からはC14 が一切検出されなかった。推定であるが7万年以上経過しているものと思われる。


■№000342の処遇について

 当委員会は即座に№000342を厳重に保管し、プロジェクトの凍結を決定した。

 おそらくであるが、№000342は壊れかけており、正常に動作しない場合があるようだ。今回は少なく見積もっても7万年以上停止していたが、なぜリスタートできたのかもよく分かっていない。次回は永遠に停止してしまう可能性もある。


 おそらく、前の持主にも同じ現象が発生したものと思われる。


 上記内容は機密扱いとし、注意して扱うこと。









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