互いの新たなるスタート

達見ゆう

人生、知識のあるもの勝ち

「えーと、今でしたら取り下げて協議離婚にできますがどうしますか?」


 書記官が最後に申立人である私に確認をとってきた。


「構いません、調停離婚でお願いします」


 私は淡々と答える。夫はまだ動揺しているようだ。顔に書いてある。


 散々、「離婚してやる」「死んでやる」と脅し、母親と共に「嫁失格だ」と嫌がらせをしてきた夫。


 今回も「慰謝料ゼロなら別れてやってもいい」と上から目線で言ってきたので、「了解しました。それで離婚します」と答えたら明らかに戸惑っている。


 多分、私が「それは困る」とか言って「やっぱり金なんだな」とふんぞり返る予定が崩れたからだ。最後までくだらないプライドを持っていた。


 私はさっさと夫の名字を捨てたかった。いつまでも職場や外で別居を隠して夫の名字を名乗るのが苦痛だったのだ。一時いっときでも名乗っていたのが黒歴史であるとすら思う。


「書記官さん、調停項目にベッド、タンス、鏡台などの婚礼家具一式は所有権を放棄すると加えてください」


「え、いいのですか?」


「あんな昭和のような婚礼家具、私の家には大きすぎて入りません」


「でも、どこかに寄付するなり売る方法もあるのでは」


「その点は大丈夫です。夫は公務員です。その方法は私よりも詳しいですから」


 ちらりと夫を見るともっと狼狽えているのがわかった。公務員なのは事実だが、経験年数少ないからと知らないと居直ることが多かった。でも、プライドが高いため「そんな方法知らない」なんて言えないのはわかっている。まあ、ネットで買取業者探せばいいが買い叩かれそうになり、「よそをあたる!」と追っ払うことを繰り返すのも目に見えるようだ。


 きっと、あの家具たちは夫の家の中でゆっくり朽ちていくのだろう。誰かと再婚するにしても前妻の婚礼家具なんて誰も使いたがらないのは当然だ。その前に再婚を潰す手立てもするが。


 何かで聞いたが離婚は大半が協議離婚、五%くらいが裁判にもつれると言う。調停は恐らくは一割くらい。他人が戸籍を見たら「この人達は揉めて調停なのか」と眉をひそめるだろう。お見合いなどで興信所使われたら見られる恐れもある。あてはないが私の再婚も難しいかもしれない。


 それでも私は相打ち覚悟で調停を選んだ。何故ならば夫は市役所勤務。戸籍課にも知り合いはいっぱいあるだろう。守秘義務はあっても内部の噂話として広まるに違いない。そして、飲み会などで「俺が被害者だ」と反論するだろう。


 多分、そこでもこの家裁で調停委員に話した「フライパンのテフロンを妻がだめにした」だの「通勤三時間のフルタイムだからと言って夕飯は遅いし、家の掃除に洗濯、パジャマやシーツのアイロンがけなど家事全般を怠けようとした」と話してドン引きされる。本人はそれをわかっていない。嫁を無料のお手伝いさんか奴隷と思って無ければ出てこない台詞だ。


 少なくとも職場内での再婚を潰せる、いや、第二の被害者を防げるはずだ。


 こうして調停証書ができて、私は市役所に出した。調停離婚にしたもう一つの理由は協議離婚だと二人で来ないとならないが、調停や裁判離婚ならば証書があれば一人でも出せるためだ。あんな奴と二度と会いたくない。

 

「さーて、頭悪いと親子してバカにしてた女の復讐をこれからゆっくり味わうといいわ。この日のためにこっそり法律を勉強していて良かった。やっと自由だ」


 市役所を出たら爽やかな青空が広がっていた。ただ、西に黒雲がある。私が帰る頃には雨になるだろう。

 私にとっては再スタートを祝う青空、元夫にとっては不穏な待遇になる雨のスタートだ。顛末を見届けることはできないのがちょっとだけ残念である。






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互いの新たなるスタート 達見ゆう @tatsumi-12

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