「AI」にお任せ!?【Part2】

渡貫とゐち

AIに任せると、デートに行かせたがるのは何故?



 クールな女の子になりたかった。

 こんな風にはしゃぎ疲れておへそを見せびらかすように、大の字になって寝転んでぐっすりと眠るような女の子は、わたしの理想なんかじゃなかった。


 わたしが理想とするのはそう――教室の窓側の席で、休み時間中、誰とも話さず外の青空をじっと見つめているような、透き通った肌のお姉さんだ。


 わたしは、そんなお姉さんになりたかったのだ。




結衣ゆいは……最近いつも眠そうだね』


『え? ……まあね。そうかも』


 わたしは、友達のその言葉に上の空で答えた。

 ……友達の言うとおりだった。

 わたしはここしばらくの間、毎日のように寝不足だった。毎晩、ベッドに横になってもなかなか寝付けなくて、目を瞑ってじっとしているだけの時間がずっと続いていたのだ。

 そして、とうとう耐えきれなくなって、昨日は放課後に保健室に行ったけれど、結局その日は眠れないまま家に帰ってしまった。

 お母さんが用意してくれたホットミルクも嫌いではなかったけれど、何杯飲んでもまるで効き目がなくて、わたしはホットミルクにうんざりしていた。


『何かあったの?』


 わたしのその様子が気になったのか、友達が心配そうにわたしに訊ねてきた。


『……ううん、何でもない』

『本当? 悩みがあるなら相談に乗るよ?』

『……ありがとう。でも、大丈夫だから』


 わたしがそう言うと、友達は渋々といった様子で引き下がった。その友達の気遣いに対してわたしは心の中で感謝したけれど、とても本当のことなんて言えるわけがなかった。

 この悩みはわたしにとって、そしてわたしの理想のお姉さんにとって、とてもとても重大なことだったのだ。


『ねえ、結衣は好きな人とかいないの?』


『……え?』


 放課後。わたしは図書室で借りてきた小説を読んでいた。その小説はわたしが一番好きな作家の新作だったけれど、内容も構成も全然、頭に入ってこなかった。

 活字だけがただぼんやりと目に映るだけで、本を読むことが「読書」とは言えない状態になっていた。そしてそんなわたしを見兼ねたのか、友達がわたしにそう言ってきたのだった。わたしはその唐突な言葉に驚き、思わず小説から顔を上げて友達を見つめた。


『……いないの?』


 わたしの反応を見た友達が、畳み掛けるようにわたしに訊ねてきた。


『い、いないよ』


 わたしは慌てて首を横に振った。

 それから何か言わなくちゃと思って、咄嗟に思いついたことをそのまま言った。


『わたしなんかに……好きな人なんているわけないよ』


 友達はそんなわたしの言葉に呆れたように苦笑した後、わたしのことをじっと見つめて訊ねてきた。


『……じゃあ、結衣はどんな人がタイプなの?』

『どんな人って……?』


『例えば、格好良い人とか優しい人とか色々あるじゃない』


 わたしはその友達の質問に、思わずどきりとした。その理由はわたしには分からなかったけれど、わたしはその友達に嘘をつきたくなかったので、正直に答えた。


『……優しくて格好良い人かな』


 わたしのその言葉に、友達は驚いたような顔をした。そしてわたしの次の言葉を待っていたのだけれど、わたしが何も言わないのを見ると、急に興味津々といった様子になってわたしにずいずい詰め寄ってきた。


『それってもしかして、お兄さんのこと?』


 わたしはその友達の言葉に思わず息を呑んだ。それは本当に図星だったから。

 そしてわたしが動揺しながら頷くと、友達は何故だか嬉しそうに微笑んだ。


『やっぱり! ……ねえ結衣、どうしてその人のことを好きになったの?  お姉さんに似ているから?  それとも何かきっかけがあったの?』


『べ、別にきっかけなんてないよ』


 わたしは何だか恥ずかしくてその友達から目を逸らして言った。そんなわたしの反応を見て友達がにやりと笑ったのが分かったけれど、それでも構わずに言葉を続けることにした。


『……その人はいつもわたしを助けてくれるの。わたしが困っているときにはすぐに助けてくれて、わたしが泣いていたときには優しく抱きしめてくれて。それでいつの間にかその人のことを好きになっていたの』


 わたしは顔を真っ赤にしながら、友達にそう答えた。どうしてかは分からなかったけれど、不思議と恥ずかしいという気持ちはなかった。

 それどころか、誰かにわたしの好きな人の話をするのがとても心地良くて、わたしは調子に乗って続けることにした。


『それからね――』




「結衣ちゃん?」


 そんな声にはっとして顔を上げると、目の前には心配そうな顔をしたあのお姉さんが立っていた。わたしはそのお姉さんの突然の登場に驚いて、思わずベッドから飛び起きてしまった。


「お、お姉さん!?」


 わたしが慌ててそう叫ぶと、お姉さんはわたしの頭を優しく撫でながら、にっこり微笑んで言った。


「ごめんね、驚かせちゃったかな」

「……う、ううん」

「結衣ちゃんはまだ寝ていなかったんだね?」


 その言葉にわたしはばつが悪くなって俯いた。わたしはあの後、結局眠くなってしまって、そのままベッドの上に横になって眠ってしまったのだ。

 そして今、こうして起きたのだから言い訳のしようもなかった。


「ねえ、結衣ちゃん」

「は、はい」


 急に名前を呼ばれてわたしが慌てて顔を上げると、お姉さんはわたしに優しく微笑みながら言った。


「眠れないときはね、ホットミルクがいいんだよ?」


 そんなお姉さんの言葉にわたしははっとして窓のほうを見た。いつの間にか外はもう暗くなっていて、部屋の中もすっかり暗くなっていた。

 どうやらわたしはあの後もぐっすりと眠ってしまっていたらしい。でもそれはきっとホットミルクのおかげではなくて――いや寧ろ、それを飲んだせいで眠くなってしまったのに違いなくて、わたしは何て馬鹿なことをしたのだろうと自分に呆れてしまった。


「……ごめんなさい、お姉さん」


 わたしが思わずそう呟くと、あのお姉さんがわたしの頭を撫でながら言った。


「どうして謝るの?」

「だって……ホットミルクなんて飲んでも全然眠れなかったんだから……」

「……大丈夫、結衣ちゃんのせいじゃないよ」


 そう優しく語りかけるお姉さんの言葉にわたしは顔を上げた。

 そしてまじまじと、目の前のあのきれいなお姉さんの顔をみつめながら訊いた。


「本当に? ……わたしのせいじゃないの?」

「うん。眠れないのは、結衣ちゃんのせいじゃないよ」


「わたし……何もしていないのに?」

「……うん。だから、結衣ちゃんは悪くないんだよ」


 わたしはその言葉にとても安心した。

 そしてお姉さんもほっとしたような表情をしていた。そんなわたしたちの間にしばしの沈黙が流れた後、あのお姉さんが優しい口調でわたしに話しかけてきた。


「ねえ結衣ちゃん」

「……何?」


 わたしがそう返事をすると、あのお姉さんはわたしのことを見つめながら言った。


「ホットミルクを作ろうか? それとも――」

「……それとも?」


 わたしがそう問い返すと、お姉さんはにっこりと笑って言った。


「ホットミルクじゃなくて、私の身体にする?」


 わたしはそんなお姉さんの唐突な言葉に思わずたじろいだ。それはあの友達の言葉が思い出されたからだったのだけれど、わたしはその言葉の意味をよく理解できなかった。


 そんなわたしの様子を見て取ったのか、あのお姉さんがわたしに説明を始めた。


「結衣ちゃんはね、私にぎゅっと抱きしめてもらうのが大好きだったんだよ」

「えっ? ……そうなの?」


 そんな心当たりはまるでなかったけれど、わたしはとりあえずお姉さんの言葉に頷いてみせた。するとあのお姉さんはそんなわたしを見ながら話を続けた。


「でも、今は抱きしめられるのは嫌なんだよね?」

「……うん」

「どうして?」


 わたしはちょっと悩んでから言った。


「……恥ずかしいから」


「そっか、それなら仕方ないね」


 そんなわたしの答えを聞いた後、お姉さんは少し悲しそうな顔をしたけれど、すぐにまた優しい表情を浮かべて言った。


「……でも私は結衣ちゃんにぎゅっと抱きしめられたいな。だからもし結衣ちゃんが嫌じゃなかったら……私の身体を、抱きしめてくれる?」


 わたしはそんなお姉さんの言葉にとても驚いた。

 わたしはそのお姉さんの言葉の意味がよく理解できなかったし、何より目の前のあの綺麗なお姉さんを抱きしめるなんてとんでもないと思ってしまったからだ。

 それなのに、わたしが思わず何度も頷いてしまうのはどうしてだろうか? そんなわたしの様子を見たあのお姉さんは、何だか嬉しそうに微笑んだ後、わたしのほうに両手を広げて言った。


「おいで」


 その瞬間、わたしの頭の中が真っ白になった。

 まるで時間が止まったかのような錯覚に陥った。それは今までわたしが経験したことのない不思議な感覚だったけれど、わたしはそれが決して嫌ではないと思った。

 それどころか、もっともっとお姉さんに抱きしめてほしいと思ってしまった。


「……お姉さん」


 だからわたしは思わずそう呟いていた。


「うん、どうしたの?」


 わたしを優しく抱きしめながら、あのきれいなお姉さんがわたしの耳元で囁くように訊いてきた。わたしはそんな目の前のきれいなお姉さんの顔を見上げながら勇気を振り絞って答えた。


「わたし……お姉さんとぎゅっとしたい」


 そんなわたしの言葉に、目の前のきれいなお姉さんはにっこりと笑って言った。


「おいで」



 翌日の朝。目が覚めるとわたしはベッドの上にいた。

 そしてなぜかわたしの隣にはあのきれいなお姉さんが眠っていた。


「おはよう、結衣ちゃん」


 そのお姉さんがとても優しい笑顔でわたしに言った。

 わたしはそんな目の前のお姉さんのことをぼんやりと見ながら、昨夜のことを思い出した。

 そして自分があのきれいなお姉さんに何をしたのかを思い出して、一気に顔が熱くなった。


(どうしよう……)


 わたしがひとりであわあわしていると、そのお姉さんはにっこりと笑ってわたしの頭を撫でながら言った。


「よく眠れたみたいだね?」


 そんなお姉さんの言葉に、わたしはふと我に返った。

 そうだった、わたしは昨日お姉さんと一緒に眠ることにしたんだった。

 それはとても不思議な体験で、そして今まで生きてきた中で一番素敵な時間だった。


「うん」


 わたしがそう答えると、お姉さんは安心したように微笑んで言った。


「それならよかったよ」


 そんなお姉さんの言葉に、わたしも安心してにっこり微笑んだ。

 そして何だか嬉しくなったわたしはベッドから飛び起きると、元気良く言った。


「じゃあ朝ごはん作るね!」


 そんなわたしの様子を見て、そのきれいなお姉さんは微笑ましそうに笑った後、ふと思いついたようにわたしに言った。


「そうだ。ねえ結衣ちゃん、今日学校が終わったら私とデートしない?」

「えっ!?」


 わたしが驚いてお姉さんのほうを見ると、お姉さんは優しく微笑みながらわたしに言った。


「それとも何か用事があるの?」

「……ない」


 わたしがそう答えると、そのきれいなお姉さんはわたしのことをぎゅっと抱きしめてくれた。

 

 そして、耳元で囁くように言った。


「じゃあ決まりだね」


(あれ?)


 そんな幸せいっぱいの気分の中、わたしはあることに気づいた。

 それは目の前のきれいなお姉さんの名前のことだった。


「お姉さんの名前……何だっけ?」


 わたしがそう訊くと、お姉さんは笑ってわたしの頭を撫でながら言った。


「また今度教えてあげるね」


(何で?)


 そんなわたしの不満そうな顔を見たのか、そのきれいなお姉さんが優しくわたしに語りかけた。


「じゃあ、ヒントを教えてあげるね」


(ヒント?)


 わたしが首を傾げながら頷くと、そのきれいなお姉さんは静かな口調でわたしに言った。


「私の名前は『ユメ』だよ」


 そんなお姉さんの言葉に何か予感めいたものをわたしは感じていた。

 そしてわたしはその言葉を大切に胸にしまい込んだ。


「そっか! じゃあ『ユメお姉さん』だね!」


(『夢』と書いて『ユメ』。きれいな響きの名前)


 そんなわたしの様子を見ながら、そのきれいなお姉さんは笑顔で言った。


「じゃあそろそろ行こうか?  結衣ちゃん」


(そういえばわたし、まだパジャマのままだった……)


 そう気づいたわたしは、慌ててベッドから飛び出して洗面所へと向かうことにした。

 そんなわたしに、あのやさしい声が後ろから呼びかけるように言った。


「結衣ちゃん、行ってらっしゃい」


 その声を背に受けながら、わたしは大きな声でお姉さんに答えた。


「行ってきます!」


(その日からわたしはあの不思議なお姉さんのことを『ユメお姉さん』と呼ぶようになった)




 …了

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