長旅
元々2泊3日の予定が悉く崩れ
3泊4日となり、
月曜日になってやっとの思いで
帰路を辿った。
帰宅してすぐ、兄ちゃんが
お風呂を沸かしたと言うものだから
渋々生気を失った植物のように
萎れながら浸かり、
上がって早々流れ込むようにして
布団に突っ込んだ。
髪はろくに乾かさず、
辛うじて枕の上にタオルを敷いて
眠っていたらしい。
朝起きると床にはそれが転がっている。
どうやら今日は学校らしい。
半開きの目のまま朝ごはんを食し
制服に袖を通す。
身支度を整えて、
「いってきます」をひと言。
そして家を後に冬の朝を歩む。
東北は寒かった。
うんと寒かった。
雪が降るくらいに、
静かに寒冷の空気が舞っていた。
さまざまなところに行った。
茉莉の暮らしていたという
児童養護施設、乳児院。
お母さんの住んでいたとされる場所や
市役所や霊園まで。
旅行先のラインナップとしては
珍しいにも程があるだろうが、
その全てが重要だった。
こうして日常に戻り
地に足をつけて歩いていると、
やはり昨日までのことが
夢のように思えてしまう。
教室に入っても、
ああ、帰ってきたんだと
うわ言が脳内で漂う。
未玖「おはよ。」
茉莉「おはよー。」
未玖「今日あったかいね。」
茉莉「ねー。」
未玖「汗かいちゃうかと思った。少し前まで頼り甲斐のあったブレザーが今では鬱陶しいよ。」
茉莉「上着は脱いでるって子も何人か見かけた気がする。」
未玖「冷房入れてほしいくらい。」
茉莉「わかる。」
未玖「暑くないの?」
茉莉「汗で冷えてきた。」
未玖「わはは、最悪なやつだ。」
未玖は豪快に笑ったあと、
軽快にブレザーを椅子にかけては
また茉莉のところまで来てくれた。
何かお土産を買ってこれば
よかったと今更になって思う。
あの時はいっぱいいっぱいすぎて
とりあえず家にまで
辿り着くこと以外
頭からすっぽり抜け落ちていた。
兄ちゃんにも
「楽しみにしてたのに」と言われたけれど、
目が腫れてたらしく
それを揶揄われて以降
お土産の話は忘れ去られていった。
まだ兄ちゃんにも旅のことは話せていない。
話さなくてもいいかな、と思っている。
ただ、お母さんの居場所はわかって
これから先気が向いた時に
時々行こうかなと
思っていることは伝えてもいいだろう。
放課後になって、
そう言えばと思い
昨日の晩、通学鞄に突っ込んだまま
忘れていたクリアファイルを取り出す。
そこには、教科書の圧で
綺麗ながらもやや潰れてしまった花たちと
例の紙が挟まっていた。
茉莉「…うーん。これ、どうしよ。」
誰にも聞こえないようぽつり呟く。
そのまま置いておくにしても
花はすぐに枯れてしまうだろう。
できるのであれば
このまま保存していたい。
そう思った時、ふととある人が思い浮かぶ。
はっとしてスマホを手に取り、
すぐさま連絡を入れる。
確か、陽奈の家は花屋だったはずだ。
もしかしたら花の保存方法について
何か知恵があるかもしれない。
インフルエンザだったはずなので、
体調を窺う言葉をはじめに、
そして花の写真と共に
どう保管するのがいいのかを聞いた。
すぐさま家に帰って
未だ疲れの取れきっていない
くたくたな体を休めたかった。
その思いで帰りのホームルームが
終わってすぐ、
早々に荷物を鞄に詰め込み
未玖に「また明日」と伝えて
教室を飛び出した。
偶然湊に出会えるかなと思ったが
月曜日だからだろうか、
彼女とすれ違うこともなかった。
幸か不幸か、渡邊さんとも
すれ違わない。
やはり茉莉の人生のお話は
そう綺麗にはできていないらしい。
それでもいい。
それがいい。
学校を出てすぐの頃
通知音と共にメッセージが飛んできた。
期待に胸が膨らむ中、
早歩きをするはずが
1歩1歩が大きくなり、
まるで旅に出る直前の時のように
いつの間にかは知っていた。
クリアファイルを抱えた。
家に帰ってすぐ、
それとスマホを並べて眺む。
兄ちゃんのいない伽藍とした家の中では
こち、こちと時計の音だけが響く。
1人だとテレビもつけようとせず
スマホを動画を流してしまいがちなのだが、
今回はそれすら億劫で
時計の音に身を任せた。
花はこのままだと悪くなってしまうためと
いろいろな方法を挙げてくれたが、
そのまま保存したいのであれば
押し花がいいだろうと言う。
彼女が送ってくれた手順の通り、
自分の机の隅に
新聞紙、ティッシュを重ね、
その上に花ができるだけ重ならないよう
丁寧に配置する。
その上からまたティッシュ、
新聞紙と重ねていき、
密閉空間になるようジップロックに入れる。
そして上から本など重たいもので
…中学時代に使った教科書を
たらふく重ねて、中の空気を抜いた。
新聞紙は毎日変えたほうがいいらしく、
しかしティッシュは
剥がさないようにとのこと。
とるときはピンセットがあると
千切れずに持ち上げやすくなるから
おすすめとも教えてくれた。
茉莉「これで本当にできるのかなー。」
訝しみながら
ぺしゃんこにされているそれを眺む。
そして「大丈夫か」と
適当ながら声を漏らしては
布団に寝転がった。
旅のことで連絡するべく相手が多く、
昨日はすぐ眠ってしまった分
それがたんまりと積もっている。
学校に行っている間も
うたた寝をしている時間が長かったもので、
一切手をつけていなかった。
久美子『無事家までついたと聞いたよ。おかえりなさい。ひとまず体を休めるのよ。明日は学校だろうから返信は不要です。』
と、簡素ながら全ての詰まった
文がぽつんと浮かぶ。
それより前の会話は
ここのホテルをとっただとか、
結華にもよろしくだとか
そういった内容が連なっている。
旅の断片を見かける度に
あれは夢じゃなかったのだと実感できて
心がくすぐったい。
茉莉『返事遅れてごめん。いろいろありがとう。』
そこまで打って、
次の言葉が浮かばなくなった。
久美子さんは元より
お母さんが亡くなっていると
知っていたのだろうか。
それこそ、特別養子縁組をする際、
お母さんと連絡をとっていないのだとしたら
それは既に亡くなっていた可能性が高い。
もしそうなら久美子さんは
お母さんが亡くなっていると知っていながら
それを茉莉に打ち明けず
自分で探しに行かせてくれたということになる。
もし知らなかったのであれば、
お母さんと連絡をとったのか、
それとも亡くなってはいないものの
話し合いはできない状態にあったのか。
その全てを知りたい気持ちはある。
しかし、それで久美子さんを
責めるつもりはもちろん毛頭ない。
それでも久美子さんが
少しばかりでも「ああしていればよかった」と
考え込んでしまうようであれば、
茉莉は何も言わないだろう。
お母さんに会ったとも、
亡くなっていたから
これからも時折お墓参りに
行こうかなということも。
もし聞かれたらその時に
ちゃんと説明しようと思う。
今は互いに心身共に疲れている。
だから時間を置いたって
誰も責めないはずだ。
有耶無耶にするわけじゃない。
逃げるわけじゃない。
逃げるつもりもないのだから。
結局短い文章だったが
そのまま送信することにした。
それに加えて
「また今度行くときは
一緒にゆっくり過ごしたい」と送る。
慌ただしく1泊
しただけになってしまったから、
今度は一緒に美味しいご飯を食べて、
1日くらいリビングでだらだらして。
それから観光名所を少しだけ回る。
そんな時間に追われない
穏やかな休日を過ごしたい。
そうだ、と思い出しては
結華がありがとうと言っていたよと伝える。
きっと久美子さんのことだから
また来てねと言いそうだ。
その前に、茉莉のことを
ありがとうと言うのだろう。
結華からも数日間ありがとうという旨と
久美子さんによろしくお伝えくださいと
律儀にもそう綴られた
メッセージが来ていた。
きっと結華は今頃部活をしている時間だろう。
茉莉「あー…本当に終わったんだ。」
それぞれの日常に帰っているところを
想像するだけで、
感慨深くって仕方がない。
やっぱり夢…幻想のよう。
雪が降っていたことも、
施設の人と10年ほどぶりに話せたことも
お母さんに会えたことだって。
もしもお母さんについていっていたら
実際今頃どうなっていただろう。
お母さんはなくなっているのだし、
そのまま一緒に
三途の川でも渡っていたのだろうか。
こればかりは想像しようとしても
現実味がなさすぎて
頭が追いつかない。
けれど、生きることをいいと定義するなら
いい結果にはならなかったように思う。
が、少しこうとも思う。
お母さんは茉莉ともう少し一緒に
いたいと考えていたとしても、
あれほど茉莉のことを考えてくれる人だ。
茉莉の命を奪うことは
しなかったんじゃないか、と。
けれど、実際ついていったら
未知に呑まれることは目に見える。
お母さんの亡くなった理由等
全てを知ることはせず、
けれどお母さんを見つけられた。
それが1番丸く収まった
結果なのかもしれない。
ぴこん、と通知の音が鳴る。
何かと思って見てみれば、
陽奈から追加で連絡が来ていた。
陽奈『押し花は1から2週間くらいかかることもあるから根気強く…だよ…!』
茉莉「へ、そんなにかかるんだ。」
てっきり今日明日で
できると思っていたけれど
そんなにあっさりできるものでもないらしい。
気長に待つか、と
寝返りを打ちながら考える。
茉莉『そう言えばこの花ってなんて名前か知ってる?』
陽奈『ちょうどさっき調べてたの。胡蝶蘭っぽいけどちょっと違うなって思ってて。』
茉莉「すご、ベストタイミングすぎる。そんなことってあるんだ…。」
陽奈『この送ってくれた写真のお花はハーデンベルギアっていうみたい。』
茉莉『聞いたことあるようなないような。』
陽奈『開花にはまだ早いけど…今年は暖かいしあり得るのかも…。』
茉莉『そっかー。ありがとう!』
陽奈『このお花はどうしたの…?貰い物?』
茉莉『そんな感じ。』
陽奈『素敵だね。』
気を遣ったのか
素手そう思ったのか、
彼女はそう返事をした。
貰い物にしては
クリアファイルに乱雑に挟んでいたし
流石に違和感はあるだろう。
陽奈は体調はだいぶ元に戻ったのか
文字からはそこまで不調さは
感じられなかった。
そう言えば、と
12月内に陽奈が毎日ツイートをしようと
花言葉を調べていたことを思い出す。
茉莉『ハーデンベルギアって花言葉なんだろうね。』
陽奈『私も知らない…調べてみる…!』
茉莉『なんかごめん。』
陽奈『全然!私も好きで調べたいから…!』
今頃、ネットで
熱心に調べているだろう姿が目に浮かぶ。
陽奈とあの旅に出たら
きっとまた違ったものになっていたろう。
それほど旅初めは
心がつんつんしていないように思う。
少ししてから、またスマホが光を放つ。
陽奈『調べたらね…「思いやり」とか「奇跡的な再会」…あとは「運命的な出会い」…。』
茉莉「…おー。」
感情がないのかと思うほど
簡素な声が漏れた。
確かに、お母さんにぴったりだ、
と不意に思う。
亡くなる前も
亡くなってもなお
茉莉のことを思い続けているそれは
思いやりと言わずして
なんになるだろう。
それに再会だって当てはまれば、
運命的な出会いだってそう。
出会いに関しては
この旅のことだったのか、
そもそも生まれてきた段階の
ことなのかまではわからないけど。
ただ、それを茉莉に送る理由も
いまいちわからなかった。
花は嬉しい、もちろん。
それに、お母さんを思い出すことができる
かけらが増えることだって嬉しい。
けれど、花言葉を見たって
お母さんにぴったりだな、と思うだけ。
もしかしたらお母さんが
渡したわけではなくて、
昔からそこに
置かれていたものだったりして。
けれど、その割にはみずみずしかった。
ついさっき引きちぎって
きたんじゃないかと思うほどには
まだ水分を感じ取っていた。
まあ、そんなこともあるか、で
片付けようとしていたところ、
陽奈からもう1件連絡がくる。
その瞬間、はっと息を呑んだ。
陽奈『あと「あなたに会えてよかった」とか。』
茉莉「………そっ…か。」
そうか。
そうか。
やっと腑に落ちた。
ついさっきまでの疑問は
まるで霧のようにどこかへ音もなく消えた。
茉莉「…茉莉も。」
小さく呟く。
それでもこの小さな部屋を満たすには
十分すぎるほどだった。
茉莉もお母さんに会えてよかった。
神奈川は暖かい。
うんと暖かかった。
きっと気温だけじゃない。
いつも、1人でいた。
1人でいるつもりだった。
いつも、孤独だった。
寂しさを抱えている気がしてた。
いつも未来が見えなかった。
好きなこともなかった。
そのいつもってやつは
存外いとも簡単に壊れちゃうよなと
現実から伸びる道を広げる。
広がってるのは空だけでいいやと思っていた。
広がってるのは空と、
あと自分と大切な人の未来であってほしい。
茉莉には全人類の幸せを願うなんて
大層なことはできないけれど、
周囲の人に少しだけいいことがあったなら
それが1番いいと思った。
些細なことでいい。
今日は天気がよかった、とか。
茉莉「仕上がり楽しみだな。」
茉莉の過去なんて重くて悲しいだけの
つまらない話かと思ってた。
でも、きっと違った。
誰かにとってつまらなくても
茉莉にとっては大切な話。
たったひとつの宝物。
あなたに会いたかった 終
あなたに会いたかった PROJECT:DATE 公式 @PROJECTDATE2021
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