君の隣で、ぼっち飯。
楓 しずく
君の隣で、ぼっち飯。
――午後十二時。
お昼休みの時間になると、社内の会社員達は一斉にランチへと出掛ける。
「おい、
「すみません、僕は弁当を持参してるので・・・」
そう言って僕は先輩の誘いを断る。
本当は皆と一緒にご飯を食べたいけど、僕には皆と一緒に外食することができない。
なぜなら僕は、
◆◆◆
今日もひとり、いつもの公園のベンチに座る。
大学を卒業して就職した僕は、お昼休みになると、いつもひとりで弁当を持ってここへ足を運ぶのだ。
(ここは本当に落ち着く。景色も良いし、それにこの時間はほとんど人が居ないから、人目を気にしないでご飯が食べられる)
鞄から自前の弁当箱を取り出して膝に置く。
「はぁ・・・・・・」
食事を前にすると、僕はいつもため息が出る。人前で食事をするのが大の苦手で、外食をした記憶なんてほとんどない。
会食恐怖症の僕は、家族以外の人の前でご飯を食べようとすると、異常に緊張してしまう。
特に、外食のような人の多い店内では不安で心が押し潰されそうになってしまうのだ。
(僕は、一生このままぼっち飯を続けて生きていくのだろうか・・・)
ペットボトルのお茶の蓋を開けて、口に運んだ時だった――。
「すみません、お隣いいですか?」
「ブッーーーーー!!」
いきなり声をかけられた僕は、思わずお茶を口から噴射してしまった。
「ゲホッゲホッ! オエッ・・・ッ!!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「はぁ・・・はぁ・・・だ、大丈夫です。すみません、お見苦しいところを――」
「私の方こそ、いきなり声をかけてしまってごめんなさい!」
顔を赤くしながら
ウェーブのかかった栗色の長い髪で、片方の髪をピンで留めている。アホ毛が特徴的で、可愛らしい雰囲気の女性だ。
(び、ビックリした! 普段ここは僕ひとりだけだから完全に油断してた・・・・・・)
少し落ち着いたところで、一息ついた僕の隣に彼女は腰を下ろした。
「あの、よかったら私もお昼ご一緒させてください!」
「・・・・・・え?」
――ほんの少し経って。
僕の隣に座った女性は、大きなトートバッグをベンチの上に置いた。
(ちょ、ちょっと待ってくれ! 僕は人とご飯を食べるのがダメなんだ。しかも、こんな可愛い子と一緒なんて余計に無理だ!!)
「私、
「そ、そうなんですね。僕は、右原って言います。●●会社でサラリーマンやってます」
「あ、じゃあ私の▲▲会社の近くですね!」
「で、ですね・・・」
(ダメだ、全然落ち着かない。むしろ、どんどん緊張してくるんだが!?)
「あれ? 右原さんはお弁当食べないんですか?」
「え・・・いや、僕はもう少ししてから食べようかと」
「そっか〜じゃあ私、お先に頂いちゃいますね!」
そう言って栗林さんは、トートバッグの中に手を入れ始めた。
(栗林さんって、一体どんなお弁当なんだろう? 見た感じだと、料理上手そうな女性だけど・・・・・・)
しかし、栗林さんのトートバッグから出て来たのは、まったくの予想外のものだった。
「塩カルビ丼に〜唐揚げに〜メロンパン!!」
僕は思わず絶句してしまった。
「あの・・・もしかして、それがお昼ご飯ですか?」
「はい! 私、料理苦手なんでいつもお昼はコンビニなんですよ!」
(全然予想と真逆だった!!)
「じゃあ、いただきまーす! ハムッ! ん〜美味しい♡」
コテコテのレパートリーに、内心思わず胸焼けを起こしてしまった僕だが、栗林さんは僕の前で本当に美味しそうに食べていた。
(羨ましいなぁ・・・僕も人前で、こんな風に食べてみたいものだ)
「ねぇ、右原さん。アーン!」
「へっ!?」
突然、栗林さんが僕の前に唐揚げ棒を差し出してきた。
「ここのコンビニの唐揚げ棒めっちゃ美味しいんですよ! 右原さんもよかったら一口どうぞ」
僕の額からは汗が流れ、顔も真っ赤に染まっていた。心臓は鼓動は高鳴り、喉に異物が詰まる感覚が襲ってくる。
(だ、ダメだ。また、あの不安が襲ってくる。でも・・・・・・)
視線の先には、その大きな瞳を輝かせながら微笑む栗林さんの表情があった。
(うっ・・・えぇい! こうなったら一口で食べてすぐに飲み込もう!!)
パクっ
僕は口を大きく開けて、一口で唐揚げを食べた。
「どう? 美味しいでしょ?」
「・・・は、はい。美味しいです」
「よかった!」
そう言って満面の笑みの栗林さんを見ると、いつの間にか緊張していた気持ちが少し落ち着いていた。
(あれ、なんか普通に食べれたぞ? でも、なんでだろう。唐揚げ一個だけだったから平気だったのか・・・・・・)
ぐうぅぅぅぅ
すると、僕の腹の虫が鳴った。空腹の中、唐揚げを食べたせいで食欲が刺激されてしまったようだ。
「フフフ、右原さんお腹鳴ってるよ? やっぱりご飯はちゃんと食べないと!」
「そ、そうですね・・・」
頬を赤く染めながら、僕はずっと膝に置いていた弁当箱を開ける。なぜか、栗林さんの前だと食べれそうな気がしたのだ。
「もしかして、それ右原さんの手作りですか!?」
弁当箱の中には、アスパラの肉巻き・小松菜ともやし炒め・だし巻き玉子にフルーツも添えてあった。
「はい。僕、自分で料理するの好きなんで。とは言っても、そう大したものじゃないですが・・・」
「ううん。凄いよ! めっちゃ美味しそうだもん!!」
「よかったら、少し食べますか? さっきの唐揚げのお返しに」
「本当に!? じゃあお言葉に甘えて・・・うーん! 美味しい!!」
アスパラの肉巻きを、とても美味しそうに食べる栗林さんを見て、僕はなんだかとても嬉しい気持ちになった。
気づけば僕は、栗林さんと会話をしながらいつの間にか弁当の中身を全て完食していた――。
「はぁ・・・美味しかった!」
満足そうに、栗林さんはベンチに寄りかかりながらお腹を撫でていた。
(他人とこうしてご飯を食べるなんていつ以来だろうか。家族以外の人の前で食べられるなんて思いもしなかった)
「右原さん。もしよかったら、明日もご一緒していいですか?」
「えっ?」
栗林さんはそう言って、僕の顔を見つめている。
こんなに嬉しいことはない。生まれてはじめて、家族以外の人と楽しくご飯を食べることができたのだから。
──でも、だからこそ栗林さんには隠しておきたくない。
もし、僕の秘密を話せば、もう二度と一緒にご飯を食べてくれなくなるかもしれない。
不安と悲しみの感情が入り乱れる中、僕はその重たい口をゆっくりと開いた。
「栗林さん、お話したいことがあります――」
僕は栗林さんに、会食恐怖症であることを打ち明けた。
◆◆◆
――翌日のお昼休み。
僕は再び、いつもの公園のベンチへとやって来た。だけど、今日はいつもの弁当は持参していない。
(栗林さん、今日も来てくれるだろうか――)
昨日、会食恐怖症であることを打ち明けた僕に、栗林さんは驚いた表情で死ぬほど頭を下げて謝ってくれた。
『いいんですよ! むしろ感謝してます。僕、家族以外の人の前でご飯食べれたの、栗林さんがはじめてだったので!』
そう言った僕の前で、栗林さんはその目を見開きながら、何とも言えない表情をした。
『じゃ・・・じゃあ、明日はお弁当は持ってこないでください! 約束ですよ!?』
『え? あ、はい・・・・・・』
そう言い残して、栗林さんは僕の前から去って行った――。
ここへ来て、もう十分以上も経っている。
でも、栗林さんがここへ来る気配はまったくなかった。
「当然だよな。こんな、人前でろくにご飯を食べれないようなやつと、また会いたいなんて思うはずが無いか・・・」
世の中の人達は、ほとんどの人が外食や皆でご飯を食べるのが好きだ。特に、それが大切な相手となら尚更だ。
だけど、僕には他の人達と同じように、大切な人と美味しいご飯を食べる楽しさを共有することはできない。
(栗林さんは、食べることが好きな人だ。だから、こんな真逆の僕なんかと、そもそも合うはずがなかったんだ・・・・・・)
お昼休みも、残り三十分を切っていた。
「とりあえず、コンビニでおにぎりでも買って食べて帰ろう・・・」
ベンチから立ち上がって、帰ろうとした時だった――。
「右原さーん!!」
「えっ、栗林さん!?」
視線の先には、大きく手を振りながら走って来る栗林さんの姿があった。
「はぁ・・・はぁ・・・ごめんなさい、遅くなっちゃった!」
「い、いえ。それより大丈夫ですか? 息、上がってますけど・・・」
「平気平気! ちょっとお店をハシゴしてたら、遅くなっちゃって・・・」
「え、お店を?」
すると、ドサッとベンチの上にトートバッグを置いた栗林さんは、中から何やら取り出しはじめた。
「これが、●●の餃子で〜これは有名な▲▲のパスタでしょ〜後、デザートはOL達に大人気の■■屋のプリンだよ!」
そう言って、またもや濃ゆいレパートリーのご飯を並べる栗林さん。
しかも、今回は量がいつもよりも多い。明らかに一人で食べる量ではなかった。
「あのう・・・栗林さん、なんでこんなにも沢山? しかも、わざわざ全部違うお店なんかで」
「え? そんなの決まってるじゃないですか。右原さんと一緒にご飯を食べる為ですよ!」
「・・・・・・え?」
栗林さんはそう言って頬を赤く染めながらベンチへと腰を下ろした。
「私あの後、会食恐怖症について調べたんです。そしたら、そういう人達は人前で食べたり外食すること苦手だって知って」
「・・・・・・」
「でも、昨日右原さんは私の前ではご飯食べれてたから、お持ち帰りにすればお店のご飯を一緒に食べれるかなと思って!」
「じゃあ、これ・・・全部僕の為にわざわざ?」
栗林さんは、照れくさそうに頬をかいた。
僕は、思わず目から涙がこぼれた。
今までずっと、人から嫌な顔をされてきたこの恐怖症を栗林さんは嫌な顔をするどころか、むしろ気にかけてくれた。
「ありがとう栗林さん・・・ありがとう!」
涙を流す僕の前に、栗林さんは割り箸を差し出した。
「一緒に食べよ! 右原さん」
「・・・・・・はい!」
僕は、そう言って箸を受け取ると、栗林さんの隣へと腰を下ろした。
「でも、栗林さん。さすがに野菜も食べないと栄養のバランスが偏りませんか?」
「心配いりません。ほら、飲み物はちゃんと野菜ジュースを選びましたから!」
「・・・栗林さん、明日からはやっぱり僕がお弁当作って来ますね」
「え、いいんですか!? やったー!!」
◆◆◆
――数ヶ月後。
「本当にいいんですか右原さん?」
「・・・うん。多分、ここなら大丈夫!」
二人はそう言いながら、ファーストフードのハンバーガー店へと入った。
この数ヶ月間、僕は栗林さんの隣なら緊張することなくご飯を食べれるようになっていた。
それに、ほんの少しだけど、あの公園のベンチ以外の場所でも食べれるように栗林さんと特訓もしていたのだ。
雨の日には、車の中で駐車場で食べたり、休日には栗林さんと軽いスイーツを食べ歩いたりした。
それでもやっぱり、まだまだ人気のない場所じゃないと不安はあるけど、僕からしたら十分過ぎるほどの進歩だった。
だからこそ、今度は栗林さんとちゃんとお店で外食がしたいと、自ら思うようになっていた――。
レジで注文を済ませると、出入口のすぐ側にある席へと座った。
「ふーっ。たかがファーストフードのハンバーガーを食べるだけでここまで緊張するなんて、相変わらず情けないですよね・・・」
「そんなことないですよ! ファーストフードでも立派な外食なんですから。めちゃくちゃ大きい一歩です!!」
そう言ってポテトをつまみながら親指を立てる栗林さんの姿に、僕は思わず笑みがこぼれた――。
「あの・・・く、栗林さん! もしよかったらこれから先も、ずっと栗林さんの隣で一緒にご飯を食べてもいいでしょうか!?」
顔を真っ赤にしながら、僕は栗林さんに思いを告げた。
「もちろんですよ! これからも一緒に美味しいご飯を一緒に食べましょうね!」
栗林さんの笑顔に、僕の不安は一瞬でどこかへと消え去っていった。
(・・・あれ、でも栗林さんにちゃんと意味伝わったのかな?)
「ん? 何か言いましたか?」
「あ、いえ! なんでもないです!!」
(やっぱり、次はちゃんとしたお店に行けるようになってから言おう・・・・・・)
――――――――――――――――――――
【あとがき】
最後までご高覧頂きまして、ありがとうございます!
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君の隣で、ぼっち飯。 楓 しずく @kaedeshizuku
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