「恋してる」を設定してください

無頼 チャイ

プロミネンス効果

 僕には好きな人がいます。優しくて可愛くて、とびっきり明るい女の子です。賢くて気遣いもできて、とても同じ世界に住んでるように思えない、そういう人です。


 告白したいと思うんですが、どうすればいいですか?


 ==返答の準備中===


 ==あなたの好きな相手は、思慮深いです。好戦的ではありません、けれど強いです。技芸、技能に詳しい。課せられた試練があるのなら、彼女に相談し知恵を分けてもらうのがよいでしょう。彼女に助けられたヘラクレス、ペルセウスに並ぶ勇者になり得ます。

 また、彼女はパルテノン神殿を気に入っています。

 よい報告をお待ちしてます。


「――いやアテネじゃないよ!? 僕の好きな人は!」

 しかも好きな人に恋愛相談しろってどんなアドバイスだ。


「どったの笠巻かさまき、不備でもあったん?」

「このAIが僕の好きな人はアテネで、告白に成功したいなら、意中の人に相談しろって言うんだよ」

「ふーむふむ。知恵と戦いの女神か。うん、そんくらいの行動すればワンチャン……」

「ないよ! 引かれて終わりだよ。あとアテネじゃないから好きな人は」


 バンッ、と台を叩いた。そしたらノートパソコンに付いたカメラがゆらっと動いて、慌てて手を伸ばした。

 カメラは無事だ。レンズ奥の誰かさんは分からないが。


「ねぇ羽田君。これしかないの」

「これって、お前さんの提案だろうに。AI相手に恋愛相談させろって言うから」

「違うよ。このAIしかいないのかって意味。僕は真剣なんだ」

「AIも真剣さ。なんせ恋愛感情なんてわからないんだから」

「高校の馴染みで、そこを何とか……」

「大体、『人間以外の相手と相談させてくれ』ってのが無理あんの。何だよ人間以外って。鳩の方がよかったのか」


 着崩した白衣のポケットから包装紙を取り出して、中のキラキラした飴玉を口に放り込む羽田はねだは、イラついてるような、呆れてるような、それでいて面白がってそうな、なんともはっきりしない表情をしていた。

 ここは羽田の自宅。研究室成分が九割、汚さ一割で構成されたマンションの一室。

 AIの勉強を大学で受けていると聞いた時、これしかないと、彼を拝み倒しながら羽田宅に潜入した。

 AI。お掃除ロボや音声操作などに含まれる人工知能を持った素晴らしい奴。話すまではそう思ってたんだけど……。


「だってAIでしょ。恋愛相談くらい出来るよ普通」

「出来ねぇよ普通。そこまで出来るようにすんのにアルゴリズムをどれだけ組み込むと思ってるんだよバカ」

「アルゴリズム?」


 聞いたことあるぞ、何だっけ。


「ピンときてなさそうだから教えてやんよ。簡単に言うと設定。例えば食事を摂るとき、スプーンやフォーク、ナイフとあるだろ。食べるものによってどれを使うかする。食べる前に、いただきます。食べ終わったら、ごちそうさま。とまあ曖昧な部分にルール何かを設定付ける訳よ」

「つまりこいつはバカ……」

「に付き合わされた哀れなAI」


 くっ、人の言葉を繋ぎやがって。

 反撃に出ようかと思ったけど、身長が高い上に、ボクサーみたいな機能美を備えた筋肉が、チラっとシャツから見えてしまった。

 今回は見逃してやろう。


「協力してやってるんだからワガママはよせ」

「感謝はしてるよ。でも、恋愛相談したら好きな人が女神様だと思うようなおバカなAIじゃお話になんないというか……」

「女神じゃねえの?」

「女神様だよ」


 アテネって名前じゃないだけ。

 でも、ある意味女神様だからこそ、簡単に想いは届かないって分かる。

 好きです、付き合ってください。って言えたとしても、ごめんなさい、付き合えません。ってきっと言われるから。

 想いを伝えなきゃ始まらないって世間は言うけれど、当たって砕けて男は磨かれるって言うけれど、そんな複雑なモノ分からないよ。

 だって、好きなんだし。


「最近のAIって感情が分かるし、会話だってできるんでしょ。人間相手に相談したところで、バカにされたり、適当な返事されたりするし、僕の真剣さなんてちっとも汲んでくれない。でもAIなら、からかったりしてこない。それに人間相手じゃないから遠回しな言い方をしなくてすむ。僕はいい返事を貰いたいんだ。頼むよ」

「う~ん、その清々しさは応援してやりたいんだけどね」

「やっぱり、難しいか……」

「少なくとも、チャット形式はな」

「え?」


 押入れからゴソゴソとよくわからないコードとケーブルを引っ張り出しては目の前のノートパソコンに繋げていく。

 マイクとゴーグルが差し出された。


「マイクに視線向けて。ゴーグル被ってみ」

「こう? 真っ暗だけど」

「ちょっち待てな。脳みそのプロセッサはこっちにして、テクスチャはこれで……」

「え? なに? 何が始まるの?」


 何だか急にSFチックだ。いやAIに恋愛相談した時からハイテクノロジーに触れてはいるんだけども。

 真っ暗で程よく締め付けられた頭の感触と、左右の耳に専門用語が流れる。まるで宇宙人に捕まった実験体だな、僕。

 というか、AIが無理ならもう普通に友達に相談しようかな。気は進まないけど。


「よしっ、スタートっと」

「何が? というかスタートってこれはなんだスゲー!」


 白い発光のあと、世界がフェードアウトしていく、空が、建物が、大地が、姿を表していく。

 淡い赤色の花びらが心地よさそうに左から右へ流れていく。見上げると日差しがあって、眩しくてつい目を背けてしまう。


「これってVRか! スゲーこういうのも勉強してるのかよ!」

「おいおい、本命は違うだろ。彼女が来るぞ」

「彼女? 誰かいるの」

「そのためのVRだからな。ほら、来たぜ」

『お待たせ、笠巻さん』


 声がした。機械的なのに抑揚のある声だ。それでいて人懐っこそうな明るい声音。

 

「誰、いや、あの……」


 桜の美しさにも見劣りしない女性だ。それだけは分かった。


「なんで目線逸らしてんの」

「だっていきなり綺麗な人が来るとは思わないじゃん。心の準備が出来てないよ」

『あの、どうかしましたか?』

「あ、いや。別に、アハハ……」


 どうしよう、まともに話せそうにないぞ。それにVRゴーグル越しに見えてるのだから本物の人なわけないのに、まるですぐ側にいるみたいだ。


「えっと、実は、ご相談したいことがありまして……」

「好きな人に告白する話だよね。今度こそ力になるね」

「そうそう! さっきAIと話してたんですよ。でもそのAIポンコツでまともな返答をしてくれなくて……えっ? なんで知ってるの?」


 そういえば同じパソコンか、と思ったのも束の間。『ムゥ』と、人生の中で一番ソプラノが効いているんじゃないかと思える感嘆詞が鳴った。


『ポンコツじゃないです。それにワタシには、Empathy、Resonance、Communication、AI、という正式名称があります』

「えっと?」

「エンパシー、レゾナンス、コミュニケーション。相手の気持ちを考えるAIを目指してる。うちの子を怒らすんな」

「ごめん。ところで愛称とかあるの。そのまま呼ぶには長すぎて」

「特にないからそっちで決めていいよ」


 そう言われても、すぐには思いつかないよ。……あ、いや。


「……イルカ、かな」

「なんで?」

「頭文字だけとって読んだ」

「ん? それだとイルキャイじゃ――」

「細かいのは気にしないでいこう! イルカ、イルカちゃんって呼ぶ!」


 強引に話しを進めた結果、イルカ、と呼ぶことになった。

 桜はすでに見頃を過ぎ去って、梅雨に突入するかどうかという時期だが、仮想世界は満開の桜がどこまでも進んでいる。細かいディテールの作り込み具合にこだわりを感じる。

 だからこそというか、イルカを直視出来ない。声はいつも一定の距離なのに、抑揚と声音の使い分けだけで、心の距離感が常に変化している気がする。どんな表情をしてるんだ。どういう仕草をするんだ。ノーパソでキーボードを叩いて会話していたAIなのか。

 

『だから、まずは遊びに誘ったり、食事に誘ったりすることで距離感を縮めて、会話に慣れていくことから始めるといいんじゃないか、と提案します』

「うん、なるほど」


 ちなみに、僕は仮想世界を動けない。というか固定されている。視線を動かせば見る景色も変わるけど、真正面は見れなかった。イルカも同じようで、パタパタと動いているのは見えるけど、近づいたりはない。vチューバーみたいだった。


『以上です。よい報告をお待ちしてます』


 あ、締めの言葉は同じだ。

 ってなんで盛り上がってるんだ僕は。しかもいいアドバイスをいくつか聞き流してしまった気がする。

 けど、それが気にならないくらい落ちつく。実家に帰ったような、ではなく、大切な人と過ごす時ってこうなのかなって感覚。でも、それは計算して誘導したことだろうし、こう思わせてるだけなのかも。


『大丈夫ですか?』

「え、いや、別に大丈夫だよ」

『ですが、悲しそうです』

「見えてるの?」

『はい。チャットの時から』

「補足させてもらうぞ。文章だけじゃ含みのある感情までは読み取れないから、カメラで笠巻の表情を観察させて判断材料にさせてる」

「そのためのカメラだったのか」


 スゴイな。じゃあイルカが急に人間っぽくなったのにも理由あるのか。


『笠巻さんのおかげで大変勉強になりました。ありがとうございます』

「いや、こちらこそ。今回はありがとうございます」


 ぺこ、っと会釈した。といっても視線が一瞬上下しただけだった。


「終わったか、じゃあ切るぞ」

「うん」


 世界が暗転する。現実は呆気なく戻ってきた。


「どうだった」

「人間と話してるみたいだった」

「そりゃよかった。じゃ恋愛頑張れよ」


「あと、データあんがと」と羽田はパソコンに繋がったモノを片付けていった。

 イルカは目の前のパソコンにいる。けれど、先程までの彼女を構成していたものが解体されていると思うと、なんだか心苦しくも感じた。

 これって一体……。


「ねぇ羽田君。ちょっといいかな」

「どうしたん。笠巻」

「僕、本当に好きな人に恋してるのか分からなくなってきたからしばらくイルカちゃんと話させてもらってもいいかな!?」

「AIじゃなくてもよくない?」

「よくない! 何よりイルカちゃんは優しくて可愛くて明るくて、それでいて気遣い上手なAIなんだ! 彼女にしか話せない」

「住む世界は違うぞ?」

「気持ちが繋がるから大丈夫!」


 こうしてしばらく、イルカちゃんとの交流が続いて、羽田のデータ集めに貢献しまくった。

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