悪魔は始めることを許さない【全一話】

ハクセキレイ

悪魔は始めることを許さない【お題:スタート】

 日本にはあらゆる物、森羅万象に神は宿るという。

 いわゆる八百万の神と言うやつだ。

 だが実は神だけではなく、あらゆる物事にも悪魔が宿るということを知らない人は多い。

 これは、とある悪魔の恐るべき所業をしるした記録である。


◆ ◆ ◆


 あるところに悪魔がいた。

 悪魔の名は

 彼は何かを始めようとする人間に対し、邪念を送ることで妨害、堕落させる。


 人間とは何かを始めることによって、自らを大きく成長させる存在である。

 この悪魔はそれを妨害するのだ。

 そして、それを妨害するというのは、成長を妨げるだけでではない。

 変化を恐れさせ、楽なほうに流れやすくなり、最後に堕落する。


 そうしてスタートの悪魔は多くの人間の堕落させた。

 その仕事ぶりに、仲間の悪魔からは恐れられた。

 悪魔の王からも功績が認められ、褒章を与えられたほどだ。


 そして今日もまた、彼は人間を堕落させている。


◆ ◆ ◆


 スタートの悪魔は、この日も獲物を探していた。

 彼は何かが始まる気配を感じ、気配のする方へ飛んでいく。


 そこには一人の女がいた。

 女は自分を鼓舞こぶしていた。

「よし、夏に向けて痩せるぞ」


 悪魔は激怒した。

 この女は自分の前でダイエットを始めようとしている。

 阻止しなければいけない。


 悪魔は女に邪念を送る。

 すると女は独り言をつぶやき始めた。


「ダイエットってつらいしなあ」

「おいしいものたくさん食べたい」

「今の体重がベストのような気がする」

「どうせ見せる相手なんていないし」


 悪魔はその言葉を聞いてほくそ笑む。


「明日から本気出す」

 女はダイエットを始めなかった。

 その結果に悪魔は満足し、どこかへ飛び去って行った。


◆ ◆ ◆


 スタートの悪魔は、この日も獲物を探していた。

 彼は何かが始まる気配を感じ、気配のする方へ飛んでいく。


 そこには、老人がいた。

「この退職金で、長年の夢だった蕎麦屋を始めるぞ」


 悪魔は激怒した。

 この男は自分の前で蕎麦屋を始めようとしている。

 阻止しなければいけない。


 悪魔は男に邪念を送った。

 すると男はが弱音を吐き始めた。


「本当に客は来るのか?」

「自分のそばをおいしいって言ってもらえるのか?」

「完璧な計画が穴だらけのような気がする」

「そばを作ったことないが大丈夫なのか?」


 悪魔は、老人の怖気づく様子を見てほくそ笑む。


「やはり寄る年波には勝てないな」

 老人は蕎麦屋を始めなかった。

 その結果に悪魔は満足し、どこかへ飛び去って行った。


◆ ◆ ◆


 スタートの悪魔は、この日も獲物を探していた。

 彼は何かが始まる気配を感じ、気配のする方へ飛んでいく。


 そこには、青年がいた。

「小説を書いて、頑張ってプロになるぞ」


 悪魔は激怒した。

 この男は自分の前で小説を書き始めようとしている。

 阻止しなければいけない。


 悪魔は男に邪念を送った。

 すると男はが不安になった。


「作文すらまともに書けないのに、だれが読んでくれるのか」

「プロの作家になれるのは一握りだけ」

「ネタ切れの苦しみは、地獄らしい」

「プロになっても、お金を稼げるとは限らない」


 悪魔は、青年が動揺する様子を見てほくそ笑む。


「まあいいや。書いてから考えよう」

 青年は小説を書き始めた。

 その結果に悪魔は激しくいきどおり、どこかへ飛び去って行った。


◆ ◆ ◆


 スタートの悪魔は、この日も獲物を探していた。

 彼は何かが始まる気配を感じ、気配のする方へ飛んでいく。


 そこには二人の若い男女がいた。

 若い女は言う。

「ずっと好きでした。友達から始めてください」


 悪魔は激怒した。

 この女は、自分の目の前で友達という関係を始めようとしている。

 阻止しなければいけない。


 悪魔は若い男のほうに邪念を送る。

 男の中で、迷いが生まれる。


―この子が自分のことを好きなはずがない

―この告白は、何かの罰ゲームなのでは?

―これを受け入れたら、ずっと友達のまま……


 悪魔は若い男の迷いにほくそ笑む。


「ゴメンね。友達から始めることはできない。

 僕も君のことが好きなんだ」


 友人関係は始まらなかった。

 悪魔は結果に満足し、どこかへ飛び去った。


◆ ◆ ◆


 スタートの悪魔の恐ろしさが分かっただろうか?

 これは、の悪行の、ほんの一部に過ぎない。

 今でも悪魔はだれかのスタートを妨害しているだろう。


 これを読む人が、悪魔の誘惑に負けないことを祈るばかりである

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