吸血鬼を訪ねて

しらす

吸血鬼を訪ねて

 吸血鬼の朝は遅い。

 夕日が沈んだ後で起きるので、冬の早い時で午後5時、夏の遅い時では午後7時半くらいになる。日の入りと同時に起きだし、日が昇ると眠る生活だ。

 白銀しろかね白木しらき町に住む吸血鬼、石田いしだ省吾しょうごさん(557)はこう語る。

「最近は深夜になっても明るいですからね。昔は夜と言えば我々の独壇場だったんですが、今ではうっかりすると若い人間にからまれて危険です。昼の方が安全らしいんですが、日の光がありますからねぇ」

 そう言いながら、石田さんは最近始めたという家庭菜園でカブを収穫し、私たちに見せてくれた。肥料も農薬も夜間には買えないので、無農薬有機栽培だという。味見をさせてもらうと、まるで果物のように甘い。

「甘くておいしいでしょう」と自慢そうに笑う石田さんに、私はさっそく気になっていたことを尋ねた。石田さんは吸血鬼だ、血はどうやって確保しているのかが心配だった。

 しかしそのことをたずねると、石田さんは一瞬ぽかんとした顔になって、それから豪快に笑いだした。

「いやあ、血なんてもう150年は吸っていませんよ。それより栄養もあってバランスのいい食事が簡単に手に入るでしょう。ははは、変な心配をさせてしまいましたね」

 妻が作る食事が一番だ、と笑う石田さんは、吸血鬼と言う呼び名からは想像もできないほど朗らかだ。


 毎夕起きだしてすぐ、石田さんは畑に向かう。無農薬なので、夏冬関係なく虫が湧き、草も次々と生えてくるという。それらを丁寧に取り除いて、肥料を撒く作業だ。

 夜間でも吸血鬼である石田さんは目が見えるが、畑全体を照らすライトは常に点灯しておく必要がある。真っ暗なまま畑に入っていると、野菜泥棒と勘違いをされてしまうからだ。

 収穫した野菜は洗ってすぐ自宅に持ち帰る。石田さんのささやかなこだわりだ。野菜も鮮度によって味が違うといい、特に夏に植えるトウモロコシやアスパラは、収穫してすぐ茹でないと甘みが落ちるという。

「昔は全部自宅で食べていたんだけどね。今はほら、夜でも人間が起きてるでしょ。だから余らせないように近所に配ったりするんですよ」

 最近ではそうやって、人間との交流が進んでいるという。


 近年、日本に暮らす吸血鬼を取り巻く事情は急変しているという。

 近年と言っても吸血鬼にとっての近年なので、ここ50年くらいの話になるのだが、海外から日本に移住する吸血鬼が増えているのだという。

 日本は江戸時代までは国を閉ざしていたため、海外から来る吸血鬼たちにとっては言葉も通じず、生活も困難なため、日本固有の吸血鬼たちが細々と暮らすのみに留まっていた。

 しかし国が開かれ、英語教育が行われるようになり、飛行機が盛んに国を行き来するようになってからは、少しずつ日本にやって来る海外の吸血鬼が増えていったのだ。


「最初はマナーの問題で苦労したんですよ。それまで日本の吸血鬼は、人間との取り決めで時々血を吸っていい人間を貰っていた。それを人間側は、神様の嫁に行くんだとか、生きたまま仏様になるんだとか、そういう風に言って、我々が血を吸っていることは隠されていたんです。それが海外から来た吸血鬼ときたら、自ら屋敷を構えてそこに人を呼んで、血を吸う人間を集めるなんてことをしようとする。そんな事をすれば大事件になって、我々は駆逐されてしまうと言っても、なかなか納得しなかったんです」

 この問題を解決したのが、石田さんの父である石田義一よしかずさん(874)だった。日本固有の吸血鬼たちの中では、伝説的吸血鬼と呼ばれているらしい。

「海外の吸血鬼たちは、まず我々の文化や生活に馴染みがなかった。そこで最初に、海外の吸血鬼の中から若い女性と交流を深め、結婚したんです」


 石田さんの産みの母、保子やすこさんは早くに亡くなっていたため、その後妻となった海外の吸血鬼が今の石田さんの母アデラさんだ。

「あんまり綺麗な人だったんで、最初はびっくりしたんです。本当にうちのオヤジなんかでいいのか、って何度かききました。でも母は笑って言うんですよ。義一さんは素敵な吸血鬼だ、って」

 やがて弟も生まれ、すっかり日本での生活に馴染んだアデラさんは、夫と共に、同じく海外からやって来た吸血鬼たちを説得するようになった。

「この国で平和に過ごしたいなら、この国のルールをもっと尊ぶべきです、と母は口癖のように言ってました」

 そう言って石田さんは、懐かしそうに目を細めた。

 ふとそこで、今はご両親はどうしているのかと尋ねると、石田さんは「海外にいます」と言うので、私たちはとても驚いた。


「これまで海外へ出る日本の吸血鬼はいなかったんですが、故郷を懐かしむ母のためにと海外旅行に行って、それっきり帰って来なくなりました。今は行く先々の国から絵葉書を送ってくれます」

 そう言って石田さんは、今日届いたところだという絵葉書を見せてくれた。写真に直接宛名あてなを書いたものらしく、巨大な花と思しき植物の前に蝙蝠こうもりのぬいぐるみが置かれている。自分たちは写真に写らないので、代わりに持ち歩いているぬいぐるみを一緒に撮るのだと、石田さんが教えてくれた。それだけでも、どこか茶目っ気のある二人の姿が見えるような気がした。


 海外から来る吸血鬼との交流の先駆けから、海外へ出る日本の吸血鬼の先駆けに。石田さんの父は、国際交流の始まりに恐れなく飛び込んでいく吸血鬼のようだ。

 吸血鬼という謎に包まれた存在への取材を始めた私も、他人事とは思えなかった。

 なんでも初めての事に挑むのは勇気がいる。しかし始めてみなければ、知りえない、解りえないことも多くある。改めてそんなことを考えさせられる取材となった。

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