第3話 いのちだいじに!

 異世界転移してから一ヵ月があっという間に過ぎて行った。

 宿屋のおばちゃんとは仲良しになり、時々お裾分けをもらうようになった。雑貨屋で買う安いパンばっかり食べていたから心配になったようだ。


「野菜もちゃんと食べな! 好き嫌いはダメだよ!」

「別に嫌いじゃないけどさ、野菜って高いじゃん」


 固くて丸いパンは鉄貨一枚で一個買えるのに、野菜が挟まれている物だと数倍する。ボッタクリとは思わないけど、今の収入だと丸パンをたくさん食べた方が腹持ちが良いからそうしてる。

 健康体のおかげか、食生活が偏っていても体調不良にならないみたいだし、今後もこの生活を続ける事になるだろう、と思っていた。


「仕方のない子だねぇ。ほら、朝飯の残り持ってきたから、しっかり食べな」


 そうして出されたのは野菜スープみたいなものだった。

 有難く頂戴してから、宿屋を出た。




 宿屋を出て向かったのは冒険者ギルドが管理している初心者向けダンジョン『始まりの迷宮』だ。

 全部で五階層らしいけど、俺は一階層でしか活動をしていないので、それよりも下の事は情報でしか知らない。万が一の事を考えて情報を仕入れているけど、使わない事に越した事はないだろう。

 ダンジョンに入る前に、自分の持ち物を確認する。

 武器は背中に背負っている木製の長い槍と腰から下げている木剣、それからポーチの中に収納している解体用のナイフだけだ。

 どれも万全な状態である事を確認したら次は防具の確認をする。

 革製の安物だけど、新品同然な状態だった。

 ポーチの中に万が一の時のための非常食や、ポーションが入っている事を確認し終えると、準備運動を始める。

 急な運動で怪我をしたらそれこそ死活問題だ。

 入念にラジオ体操を行い、準備が整ったのでやっとダンジョンの入り口から中に入っていく。

 ここのダンジョンはたまにギルド職員が魔物の間引きと様子の確認のために入るらしいけど、普段は誰もいない。

 たまにやってくる俺みたいな転移者が最初の腕試しという事で探検するくらいだそうだ。

 階段を下りきると、洞窟のような場所に出た。土の壁は驚くほど固く、掘る事は出来ない。

 入ってすぐの所は魔物は出ないが、念のため周囲に何もいない事を確認すると空いていた手に槍を持つ。

 洞窟の先に半透明の魔物が現われた。スライムという魔物だ。

 この世界のスライムは動きが鈍く、倒すのは容易だ。

 最初の数日はおっかなびっくり倒していたけど、今では遭遇したらすぐに槍を突き刺すくらいには慣れた。

 討伐証明である魔石を拾っては突き刺し、突き刺しては拾う事を続けて一階層目をウロウロと行ったり来たりしているとどんどん魔石が溜まっていく。新記録更新できるかな、と思いつつ、適宜休憩を取りながらスライム狩りをし続けた。




 スライムを倒して手に入れた魔石を持ち込むのは、スタートアップタウンに一軒しかない冒険者ギルドだ。


「グロリアーナさん、こんばんは。査定をお願いします」

「こんばんは。今日もまた、スライムの魔石だけですか?」

「そうですね、一階層しか回ってないので」

「資金を溜めるのならばもっと降りた方がいいと思いますが……」


 形のいい眉を下げた女性は、グロリアーナさんという二十代くらいの女性だ。

 昔は冒険者として活躍していたそうだけど、限界を感じてギルド職員として働く事にしたらしい。

 その実力を買われて、ダンジョンの管理をしつつ、簡単な書類仕事をこのスタートアップタウンのギルドでするようにと命じられたそうだ。

 彼女は手慣れた様子で魔石の数をカウントし終えると「残念でしたね」と言いながらお金と交換してくれた。


「新記録更新ならずです」

「あー、やっぱりですか。途中からエンカウントするテンポが悪くなったんですよねぇ。あれがなければ絶対新記録更新だったんですけど……」


 スライムの魔石七十八個分の代金として鉄貨七十八枚を受け取りつつも、惜しかった、と独り言ちる。

 その様子をグロリアーナさんは呆れた様子で見ていた。


「ですから、二階層に降りた方がいいって言ってるんですよ。スライムが湧くのも出てくる量も増えるんですから」

「それで怪我したら元も子もないじゃないですか」

「スライムを百匹以上倒してたら、多少の力は身についているはずですよね? スライムが複数で出てきても何とでもなりますよね!?」

「そうかもしれないですけど……」


 魔物を倒したら経験値のような物が手に入る。

 単純に戦闘技能が向上しているんじゃなくて、経験値のような物で筋力やら敏捷性やらが強化されているから、一階層でも大量にスライムを狩る事ができるのだ。

 今の力を使えば、スライムが倍以上一度に現れても問題ないだろう。ただ、ダンジョンは奥に進めば進むほど何が起こるか分からない場所だ。

 今でも微々たる量だけど成長している事は分かるし、もうしばらくの間は一階層だけを探索する事になるだろう。

 僕を説得する事は難しそうだと察したのか、グロリアーナさんはため息をついた。


「まあ、私も一日中何もせずに書類の整理をするだけじゃないからいいですけど、ギルドとしてはもっと下の階層に出てくる魔物の素材や魔石が欲しいです。もし下の階層に向かった時は、手に入った物を持ってきていただけると助かります」

「分かりました」

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