第2話 連泊する人は初めてらしい

 女性に「さっさと出て行ってください」と言われた次の瞬間には周囲が一変していた。

 どうやら、どこかの建物の中のようだ。

 周囲の状況を確認するために、室内の物を見て回るが、下手に触らないように気を付ける。触ったら何か変な事が起きるかもしれない。

 じっくりと時間をかけて見て回った室内には何もなかった。では、扉の向こう側はどうだろうか。

 そう思ったけど残念ながら室内には窓はなく、扉が一つあるだけだった。

 耳を澄ませて扉の向こう側の音を聞き取ろうとして見たけど聞こえない。

 取っ手を回し、ゆっくりと扉を開けて向こう側の様子を窺うと、どうやら屋外に繋がっている様だった。

 外に出るなら靴を履かなければ、と思って足元を見ると靴はきちんと履いていた。前世の者と比べるとだいぶごついけれど、頑丈なのは良い事だ。

 扉をくぐって外に出ると、森の中だった。

 目の前には一本道が続いていて、それ以外は草木に覆われている。


「そういえば、魔物がいるって言ってたな」


 アニメに出てくるような魔物だったら大変だ。

 一刻も早く安全地帯に逃げ込まなければ、と思いつつも突然走り出したりしない。それが引き金になって襲われる可能性もあるからだ。

 平静を装ったまま、一本道を進む。何かの罠かもしれない、という考えも頭をよぎったが、森の中を進むよりは注意しようがある。

 気を付けておけば大丈夫だ、と思いながら進んでいると、草木が減ってきて、建物がいくつか見えてきた。あれは町だろうか。

 いきなり行っても大丈夫か? なんて、心配しつつも森の中で過ごすよりはいいだろう、と道に沿って町に向かっていった。




 結論として、問題がなかった。

 スタートアップタウンと呼ばれているこの町は、俺のような境遇の者が時折あの森の一本道から現れる、という事で有名な所だった。

 彼らは思いもよらない知識を持っていたり、神々から授けられし力や才能を持っていたりするから争奪戦が良く起こるらしい。

 だが、俺にはそういう争奪戦は起きなかった。

 身分証を作るためと言われて案内された冒険者ギルドでギルドカードを作った際に表示された物を見てがっかりした様子で離れて行ったのだ。

 もちろん、俺が持っている知識を求めて近づいて来る者もいたけど、高校二年生が持ち合わせている知識なんてたかが知れている。

 目新しい知識を手に入れる事ができそうにないと判断したのか、そういう人たちもいなくなった。


「とりあえず、宿を探すか」


 神様からの贈り物だろうか。着替え一式とわずかなお金を持っていたので宿屋を探す事にした。

 小さな町だ。宿屋は一軒だけだった。

 通された部屋は大部屋で、知らない人と相部屋になるそうだ。

 余計なトラブルは避けたいけど致し方ない。

 覚悟を決めて、誰と一緒に寝泊まりする事になるのか緊張しながら待っていたが、日が沈んでも誰も入って来なかった。

 後から知った事だけど、週に数回訪れる商人か、不定期で現れる俺のような境遇の者が泊まるだけだから、普段は集会所兼物置として使われている様だった。




「え、今日も泊まるのかい?」


 驚いたようにそう言ったのは、宿屋の受付をしてくれたおばちゃんだった。


「そうですけど、ダメでしたか?」

「いや、別にダメという訳じゃないんだけどね。だいたい一泊したら近くの町に行くっていう人が殆どだったから」

「なるほど」


 安価だけど素泊まりしかできず、娯楽もほとんどなさそうな町だ。他の町に行きたくなる気持ちもわかる。

 ただ、他の町に行くにしても、まずは自分を守る力を付けてからだろう。


「どうやら他の方々と比べると強くないらしいんで、ある程度強くなってから次の町に行こうかなと思います。なので、しばらくお世話になります」

「そうかい。まあ、ウチとしては普段は物置としてしか使ってないから別にいいんだけどね。小遣いも入るし」


 素泊まりで銅貨五枚。ここら辺の物価をまだ見てないので分からないけど、この程度の金額は小遣い的な感じになるのか。一日しか泊まる人がいないならそりゃそうか。


「ご飯が食べられる場所はありますか?」

「そうだねぇ。小さな町だからね。雑貨屋で売られてるパンくらいかね。後は自分で作るかだけど、もし作るなら台所は自由に使っていいよ。水は井戸で汲んでくれればいいけど、薪は自分で買ってもらう必要があるよ」

「教えていただきありがとうございます」


 おばちゃんにお礼を言って、外に出る。とりあえず、ご飯を買いに行こう。

 そう思って雑貨屋に向かった。

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