慎重な俺は始まりの町から今日も出ません

みやま たつむ

第1話 決めるのにかかった時間は丸一日

 俺は自分で言うのもなんだけど、慎重な性格だった。

 朝、起きて身支度を整えた後に必ず荷物の確認をしたし、玄関でも荷物の最終チェックも怠らなかった。おかげで忘れ物をした事は一度もない。

 ゲームですら慎重なのは変わらず、序盤でレベリングをしっかりとしてから、レベル差の暴力で敵を蹂躙し続けた。それでも、初見殺しの敵に負ける事はあったので、一度もゲームオーバーにならずにクリアする事は出来なかったけど。

 歩道は必ず車道から離れた所を歩き、信号は青になってから左右を確認してから渡る。点滅し始めたら慌てて渡る事はしない。時間に余裕を持って行動すれば慌てる必要性もないし、飛び出して事故に遭う事もない。

 物事を決める時もしっかりと熟慮するようにしていたんだけど……そんな俺でも死ぬときは一瞬だった。ただの病死だった。

 手洗いうがいを欠かしたことがなくても、病気にかかる時はかかるし、ワクチンを打っていても重症化する時はしてしまうようだ。

 あっけないものだな、と思っていたところでどうしてこんな思考ができるのかと疑問を抱く。

 周囲を見ると真っ白な空間にいて、近くに呆れた様子で俺を見ている女性がいた。


「やっとこちらを見ましたね。説明をしてもいいですか?」

「説明……ですか?」

「はい。あなたは幸運にも転生神に選ばれました。新しい世界に記憶を持ったまま転移してもらいます。あなたがいた世界とは異なり、魔法があり魔物もいます。そんな世界に力も何もない状態で放り出すわけにもいきませんから、力を与え、始まりの町からスタートさせていただきます。よろしいですね?」

「え、嫌ですけど」


 何か聞いているだけで危なそうな世界だ。出来ればもっと安全で平和な世界に転生したい。


「拒否権はありません」

「じゃあ何で聞いたんですか」

「そういうマニュアルですから」


 女性は何もない所から現れた冊子をバサバサと振った。


「今まで外敵がほとんどいない環境で育った方々を私たちの世界に招いても、文明の発展を促す前に亡くなってしまうでしょう。と、言う事で我々からのサービスです。一つだけ力を授けましょう。無論、授けられない力もありますが、概ねあなたがたが望まれる力を授けます。どのような力がよろしいですか?」

「いくつか、質問をしてもよろしいですか?」

「ご自由にどうぞ」

「ありがとうございます。では、まず一つ目ですが、向こうの世界で俺のような存在は普通なんですか?」

「普通、ではありませんが一定数います。各国が囲い込むような力を持った者もいれば、自分で国を興した者もいましたね」


 なるほど、目立ちすぎると囲い込まれて利用される、と。


「文明水準はどのくらいでしょうか?」

「過去の転移者たちが伝えた技術などもありますからある程度は発達しています。ただ、魔物の脅威などもありますから、近代的ではない、と思っておいてください」


 異世界転生系のアニメにありがちな世界観だろうか。


「そんな感じです」

「思考が読めるんですね」

「今のあなたは魂だけの存在なので、読み取るのは容易なんです」


 なるほど。余計な事は考えないようにしよう。




 その後もいろいろ女性に質問した。

 戦う技術は後から身に着ける事ができるのか、とか、最初に何か持った状態で転移させてもらえるのか、とか。

 長々と質問をし続けたからか、だんだん女性から笑顔が消えて、早く決めろとせっついて来たけど、情報が圧倒的に不足している。


「じゃあ、知りたいと思った物について知る事ができる鑑定を授けましょうか」

「お断りします」


 先程から能力を提案されて受け渡してこようとしてくるけど、こっちが明確に拒否したらそれがキャンセルされる事が分かった。お互いの合意がないと力の受け渡しができないらしい。

 転移者の特典……というか救済措置として魔力が増えやすいとか筋力が増えやすいとか言語理解とかは付随しているらしいからそれら以外の方が良いだろう。

 そこからさらに考えること数時間。魂だけの存在だからか、お腹が空く事はないから考え続ける事ができた。女性は肉体があるからか知らないが、普通に食事をしていたけど。


「決めました」

「やっとですか。何にしたんですか」

「病気にかかりたくないし、状態異常にもなりたくないので健康体にしてください」


 前世の死因が病死だった。

 どんなに頑張っても病気にかかる時はかかる。

 医療が発達していた前世でも為すすべもなく死んだのだから、文明的に若干遅れている来世(?)だったら言わずもがなだろう。

 万能薬があるらしいが、それを手に入れるためにはどれだけのお金が必要になるのか分からない。

 だったら、病気や状態異常などになる事がない体の方が良いだろう。

 魔法は後からでも覚える事ができるらしいし、力も努力すれば何とでもなる。


「そんな事ですか。分かりました。では、『健康体』をギフトとして授けます。それでは、さっさと出て行ってください」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る