第4話 後から来た者に抜かされても慌てない

 異世界転移してから三カ月ほどが経過した。

 三カ月間ずっと『始まりの迷宮』の一階層目を周回している……わけじゃなかった。

 転移してから二カ月ほど経ったある日、俺と同じような境遇の者がスタートアップタウンに現れた。

 見た目は中学生くらいの少年だった。


「お前がヤスシゲマコトか?」

「そうだけど、そういうおまえは誰だよ」


 そう問いかけると、中学生っぽい少年は佐藤勇樹と名乗った。わざわざご丁寧に漢字まで教えてくれたけど、俺は教えるつもりはなかった。

 個人情報を知られる事が命取りになるかもしれないし、勇樹が本当の事を言っているのか確証がなかったからだ。

 っていうか、俺の名前を知っている時点で何か怪しい。『マコト』という名前で冒険者ギルドに登録しているけど、苗字は誰にも伝えていないはずだ。


「なんで俺の名前を知ってんだよ」

「こっちに来る前にあった奴から聞いてんだよ。なかなか先に進まないから次の町まで連れてってくれって」

「余計なお世話だ」

「だろうな。碌な知識もなければ力も貰ってねぇんだったら、この町で引き籠ってるのが良いんじゃねぇの? 俺はラノベみたいに、転生できたから楽しませてもらうけどさ」


 いちいちむかつくガキだな。いや、俺もまだガキなんだけどさ。

 勇樹は『始まりの迷宮』を一日で踏破すると、彼をスカウトしたらしい美女と一緒にスタートアップタウンを出て行った。

 それが一ヵ月ほど前の事だ。

 丁度そのくらいの時期から一階層ではスライム討伐数の自己新記録が出せなくなったので、二階層に降りた。

 スライムの出てくる数が増えるくらいで、それ以外の変化はない。

 たくさんスライムを狩る事ができるようになって、丸パン生活を止める余裕も出てきた。

 ただ、栄養失調で倒れる事がない便利な体なので、いまだに丸パン生活だし、宿屋のおばちゃんからはお裾分けを貰う生活は続いているんだけど。


「今日も気を付けていくんだよ!」

「分かってる」


 おばちゃんと別れて冒険者ギルドへと向かう。

 例え二階層目にスライムしかいなかったとしても油断なんてしない。

 過剰な準備だったとしても、何が起こるか分からないのが冒険という物なのだ。

 そんな事を自分に言い聞かせて気を引き締めていると、後ろから声をかけられた。


「あのぉ、すみません……」

「………」

「あの、すみません!」


 振り向いた先には同世代くらいの女の子がいた。

 サラサラの黒い髪に、白くて透明感のある肌。猫背で分かりにくいけど、背丈は俺と同じくらいありそうだ。

 こっちに来る時に支給されたのか、魔法使いっぽいローブを身に纏っている。


「……俺に話しかけてますか?」

「あ、はい。そうです。ヤスシゲマコトさんですか?」

「そうですけど、あなたは?」

「スズムラコトネといいます。琴の音と書いて琴音です」

「そっすか。俺に何か用ですか?」

「天使様に伝言を頼まれました。早く次の町に進みなさい、との事ですけど……」

「天使?」

「あ、あれ? この世界に来る前に会いませんでしたか? あの、白い布を着て、力を与えてくださった……」


 ああ、あの時の女性か。神様じゃなくて天使だったのか。

 っていうか、やっぱりあの天使が僕の個人情報を気軽に漏洩しているのか。

 なんかだんだん腹が立ってきたぞ。


「自分のペースで進むんで放っておいてください、って伝えてもらえますか?」

「す、すみません。伝言は頼まれたんですけど、天使様との連絡方法はないです」


 申し訳なさそうにペコペコ頭を下げている鈴村さんに当たっても仕方がない。

 あの天使の思惑に乗るのは癪だけど、このままここに居続けると僕の名前だけじゃなくてそれ以外の事もなんか漏洩しそうだから次の町に行く事も検討しよう。

 まあ、あくまで俺の準備が整ったら、だけど。




 冒険者ギルドに用があるからと、鈴村さんもついて来た。

 その道中で無言というのも何だから、ある程度話をしていたんだけど、どうやら俺と同い年らしい。


「めんどくさいから敬語なしでいい? そっちも無しでいいから」

「あ、はい。分かりました」

「……まあ、鈴村の話しやすい話し方でいいよ」


 鈴村は意図を理解できていない様子で首を傾げていたけど、俺が建物の中に入っていくと慌ててついて来た。

 スタートアップタウンの冒険者ギルドはこじんまりとしている。

 他の町の冒険者ギルドだと酒場が併設されていて、冒険から帰ってきた者たちや、休暇中の者たちが騒いでいる事が多いらしいけど、この町では冒険者がそもそも皆無なので受付しかない。

 その受付にはグロリアーナさんが座っていて、何やら報告書のような物を読んでいた。


「おはようございます、グロリアーナさん」

「おはようございます、マコトさん……と、そちらの女性はコトネさんでしたね。ここにいるという事は、勧誘は断ったんですか?」

「まあ……」


 鈴村は愛想笑いをしつつも言葉を濁した。

 グロリアーナさんは端的に「そうですか」とだけ言うと、俺を見た。


「一緒に来たという事は、一緒に『始まりの迷宮』に行くんですか?」

「え、別にそういうわけじゃないです。鈴村もダンジョンに行くのか?」

「う、うん……まあ……。ダンジョンくらい踏破できないとやっていけないだろうから」

「準備が整っていないなら行かない方がいいんじゃないか? いくら初心者用のダンジョンって言ったって、死ぬ時は死ぬぞ」

「そうですね。……そうだ! 冒険者の先輩として、マコトさんがコトネさんを導いてあげたらどうでしょう? 一階層はもう庭みたいなものですよね?」

「まあ、そうですけど」

「わ、私からもお願いします! 一緒に冒険してください!」


 美少女に深々と頭を下げられ、グロリアーナさんからも「今後の経験になりますよ!」と言われたので仕方がない。

 人数が多い方が安全性は高まるし、鈴村をレベリングしてからダンジョン踏破をしよう。

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