【完結】 ミスター・スタート
ファンタスティック小説家
物語のはじまりとは
少女には憧れの男がいた。
彼の名はミスター・スタートという。
超小説大学文学部の鮮烈なる鬼才であり、少女の終生のライバルである。
「奴はいつだって完璧なスタートを切る」
「やつは世の先着予約すべてを把握してるんだ。ライブのチケットでも、限定品の購入でも、やつに頼めば100%手に入れてきてくれる」
文学部の多くの知り合いも、彼のスタート能力の完璧さは認めていた。
「あいつ5つの新人賞で最終選考に残ってるらしいぞ」
「こりゃ、卒業と同時に期待の新星作家としてデビューだな」
文学部の皆は納得していた。
なぜなら彼はミスター・スタートなのだから。
少女は納得していなかった。
どうして彼ばかりが完璧な始まりに恵まれるのかわからなかった。
「おや、君か」
「あんた、新人賞、調子がいいみたいだね」
「そっちは調子が悪いみたいだ」
少女の今期の応募はすべて2次選考で落ちていた。
「わたしとあんたの違いはなに? なんであんたばっかり恵まれるの?」
「はじまりはいつだってそこにある」
意味不明であった。なんならウザかった。
卒業式の日、帰り道で少女はショックな光景を目にした。
ミスター・スタートを駅近くのゴミ捨て場で見つけたのだ。
いつも澄ましてる顔はボコボコにされている。
「おや、君か」
「大丈夫……?」
「なに、すこしばかり酔った悪漢たちの不機嫌をかっただけさ」
「……そうなんだ。……新人賞、全部落ちたらしいね」
「そのようだな」
期待の超新星は潰えた。
ミスター・スタートですら失敗することがある。
鳥のフンが落ちてくる。運悪くうえを向いた顔にべちゃと命中する。
少女はもうこれ以上、憧れのみじめな姿を見ていられなかった。
「完璧なはじまりだ」
「え? そんなわけない。これは最悪なはじまりだよ。あんたでも失敗するんだ」
完璧なミスター・スタートでさえ、つまづくことがある。
憧れの失墜、それは少女の表情を曇らせた。
しかし、ミスター・スタートは立ちあがった。
まるでこんなのなんでもないとでも言う風に。
「どん底は物語の最高のはじまりだ」
少女はハッとさせられる。
「物語のはじまりはいつだってそこにある」
いつものように鼻につく澄ました声。
やはり、彼は、彼こそがミスター・スタート。
はじまりの精神とは失敗しないことではないのだ。
「だから、君、はじめたまへよ、今、ここから」
【完結】 ミスター・スタート ファンタスティック小説家 @ytki0920
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