アオハル・ロケット・スターちゅっ!!(後編)


「ゴールっっ!!」


 にこにこ笑顔洌れつの表情が憎たらしい。

 だいたい、どうしてゴールした暁に、俺が公開告白をしなくちゃいけないのか。

 追い討ちをかけるように、冽は期待に満ちた目で、俺を見ている。


(……こいつは)


 ため息をつく。でも――まぁ、良いか。

 どうせ、今日でこのミニミニ四駆ともオサラバするのだ。そうしたら、もうコッチに帰ってくることもない。むしろ、言葉にした方が、吹っ切ることができるかもしれない。


 黒歴史が増える。そんなの、今さらだった。

 深呼吸をする。


 心臓がばくばく言う。

 未だ、コースの向こう側では、ミニミニ四駆アフロディテがシャーッと爽快なモーター音とステアリングローラーを回転させ、安定の走りを見せ続けているのを尻目に。


(……ガキじゃあるまいし)


 元嫁へプロポーズした時だって、これほどじゃなかった。落ち着けって、思えば思うほど。心臓は、よりビートを挙げて、リズムを刻む。


「……人妻の洌に言うのも気が引けるけど……」


 喉がカラカラで。ようやく出た声が掠れている。


「……ずっと、好きだったんだ」


 出た言葉は、色気もムードもなく。ただ、ぶっきらぼうで。ずっと言えなかった言葉を、口に出してしまえば、こうもあっさり音を震わせる。

 洌は、満面の笑みを浮かべる。うん、二人のピリオドに、本当に相応しい――。


「はい、喜んで。ごうちゃん、私も大好きだよ」


 ぽかん、と。俺は洌を見る。


「……は?」

「轟ちゃんが、好き。大好き。ずっと好きだったの。さっきも私、そう言ったでしょ?」


「いや、あの、え? いやダメだろ! お前、だって、もう人妻で――」

「あぁ、そういうこと?」


 狼狽する俺を尻目に、洌はニンマリと笑む。自分のエプロンの端を摘まんで。


「それで、轟ちゃん、様子がおかしかったんだ」


 さらにニヤニヤして。


「は?」

「私、ただのアルバイトですー。前の会社を退職して、現在、求職活動中だから?」

「へ? え……?!」


 ごめん、思考が追いつかない。もう少し、俺に分かるように説明を――。


「轟ちゃんが、離婚したことはおばさんから聞いていたから。轟ちゃんが、結婚してミニミニ四駆から離れていたのも知っていたし。イチかバチかの賭けだったんだよ?   良かった、ちゃんとまだ好きでいてくれて」


 にっこり笑って、そんなことを言う。


「……お袋とグルだったのかよ」


 釈然としない感情に囚われ、俺は思わずむくれて――その頬を、冽の両手が挟み込む。


「怒りたいのは――物を申したいのは、私の方だからね?」


 つー、と一筋。冽の目から、感情がこぼれ落ちて――そして、止まらない。


「れ、冽?!」


「バカ、轟ちゃんのバカ。私、どれだけ待ったと思ってるの? 大学行って、都会かぶれになったと思ったら、香水臭い女に騙されてさ。こっちは、小学校の時から、ずっと轟ちゃんのことが好きだったのに。ミニミニ四駆を【オタク】ってバカにして。分かっていないの、そっちだってば! 轟ちゃんが、好きなコトにのめり込んだ時の笑顔も知らないくせに! そんな女に夢中になって! 轟ちゃんのバカ、ミニミニ四駆バカ、えっち! スケベ! スピード狂、早漏! ばーかばか!」


 ポカポカ、胸を叩かれる。なんだか、ひどい言われようだった。


 正直、全然痛くないのに、どうしてだろう。胸が抉られるように痛いのは――きっと、冽の泣き顔を、本当に久しぶりに見たから。



 ――冽を泣かせたの、ダレだ!

 ――男も女もないだろ? ミニ四好きはみんな一緒じゃんか。後は最後まで走り切るマシンをチューンアップしたヤツが勝つだけだろ?


 この時から、冽の笑顔が好きだったんだよな、俺。


 ――轟ちゃん、轟ちゃん! 勝ったよ! 勝っちゃった!

 ――轟ちゃんは本当にスピードバカだよね速くても、コースアウトしたら意味ないじゃん。

 ――私たちがチューンアップした【アフロディテ】は最強だね。グランプリに出せられないの、本当に残念。


 冽のこの笑顔、知らないだろ? 高校の時――冽とクラスメートを見やりながらの独白。それは埋められない、2歳差に対する強がりで――。


 ――ライダーのみんな。大事なのは、スタートだ。やれる全てを闘志スピリットを注ぎ込んだはずだ。愛車が全力で掛け向けられるよう、最高のタイミングで後押ししてやるんだ! 行こうぜ、ロケットスタートで。あのゴールの向こう側、勝利は自分で掴め!


 あれは、グランプリ恒例、ミニミニ四駆ライダーの煽り文句だった。


 どんっ。

 視界が傾く。

 気付けば、俺は冽に押し倒されて――俺の真上に、ずっと可愛いと思っていた妹分の顔が。今はすっかり綺麗になった、冽の顔がそこにあった。


「……轟ちゃん」

「は、はひ?」


 声が上擦る。こんな時すら、まともな声が紡げないのが情けない。

「れ、冽……俺は……バツイチで……」

「関係ない」


 ぴしゃりと言葉は封じられる。何よりその意志がこもった両目。紛れなく、ライダーが言うとおり、闘志スピリツツがこめられていた。


「私は、轟ちゃんが好き。ずっと好きだった。轟ちゃんが結婚するって聞いた時、どれだけショックだったか分かる? 結婚式にお呼ばれしてさ。どれだけ、笑顔で祝福するのが難しかったのか、轟ちゃんに……分かる?」

「そ、それは――」


 未だコース上を走り回る、ミニミニ四駆の駆動音。それが、やけに耳につく。


「でもね」


 冽は微笑む。


「もう、難しいこと考えるの止めたの」

「へ?」


「好きだよ。好きなの。この恋心スピリツツをずっと注ぎ込んできたんだもん。轟ちゃんから告白してくれたら、とか。もっと素敵なシチュエーションで、とか。ずっと、そんなことを思ってた。でも、もうそんなこと考えるの、止めたの」


 掴まれた手首に、ぐっと力がこめられる。


「行くんだ、ロケットスタートで。あのゴールの向こう側。勝利は私が掴むの――」


 呼吸が止まりそうになる。

 ひたすら走り回る俺達の【アフロディテ】


 唇と唇が触れて。

 キスなんか、幾度と経験したのに。


(もうガキじゃないのに)


 どうして――。

 こんな幸福な口吻くちづけは生まれて、初めてだって思う。。


 刹那、一瞬。そして、離れて――。

 冽の双眸が、不安そうに。感情で揺れる。

 本能的に、衝動的に――。


(離れたくない)


 走り出したら止まらない、ミニミニ四駆のように。

 今度は、俺からその唇に触れて。


「ごめん――」


 開口一番、漏れた言葉がなお、冽の不安を誘う。それは分かっているけれど、やっぱり、まず謝りたいと思ってしまう。


「ずっと、好きだった。ずっと、ずっと。今も、ずっと好きで――」


 ロケットスタート。

 走り出したら、止まらない。

 言葉なんかじゃ、言い表せない。


 長年、込め続けた恋心スピリツツは拗れすぎて――。


 しょっぱくて。あまくて。訳が分からなくなって。

 ただただ、俺は冽を。冽は俺を。抱きしめて、その体温を貪って――。






■■■





「プラモデル作るなら、やっぱりごうおじちゃん?」

「そうそう、あいつはムカシから器用でね。ミニミニ四駆のグランプリに何回も出場して。全国大会にも出たんじゃぞ」


「すっげぇぇ!」

「だって、おじちゃんの部屋はスゴイのたくさんあったもんね」


 ガレージの外から、店長のじーちゃんと姪っ子達の声がかすかに聞こえて。



 聞こえ……。

 聞こえて……。

 聞こえた気がして……。




 そんな声は【アフロディテ】のモーター音にかき消され――。

 甘い誘惑に飲まれてしまった、俺だった。





■■■





 後刻それから――。


「あんたは、子どもの前で何をしているのさっ!」


 実家のリビングで、絶賛正座中――。

 お袋が、俺だけしこたま怒るの、やっぱり解せない。


(でも――)


 この状況下でも、離してくれない指がさらに絡んで。

 その温度を感じたら、つい頬が緩んでしまう。

 膝に抱えた、ミニミニ四駆を2人で撫でたら――。





 ……ますます、お袋の逆鱗に触れたようだった。





【おしまい】



 

  

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アオハル・ロケット・スターちゅっ!! 【短編賞創作フェス】 尾岡れき@猫部 @okazakireo

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