アオハル・ロケット・スターちゅっ!!(中編)



れつ……」

ごうちゃん?」


 冽はポカンと口を開け――俺を見る。その目の色が変わる。あぁ、懐かしいと思ってしまった。ミニミニ四駆グランプリ、レース直前。冽はよくそんな目をした。


 車体ボディのデコレーションに重きをおく冽は、危険走行を嫌う。その結果、安全に曲がれるコーナーリング重視の改造が得意で。一方の俺は、速度重視、コースアウト上等――まぁ、即リタイアになるんだけれど。

 そんな安全運転志向の冽が、ごく稀に見せる表情。


 ――負けない。

 そんじょそこらの女の子じゃ敵わないくらいに、こいつの芯は太いし熱い。


(……でも、なんで今?)

 首を傾げていると、冽が不敵に笑んだ。


「いるんだよね。年末年始、実家に帰ると闘志が目覚めてしまう、ミニミニ四駆戦士が」

「は……?」


「君の闘志スピリッツはまだ目覚めてない。なぜなら、今この瞬間、熱き魂が呼応し合って覚醒するのだから! さぁ、レースの前に再起動リブートせよ! できねぇなんて、言わせないぜ!」


 びしっと、冽が俺に指をさす。


「……それって、もしかしてミニミニ四ライダーのエールメッセージ?」


 グランプリで、MCを担当していたライダーのマイクパフォーマンスを思い出してしまう。思わず、唇の先が綻んで――いる場合じゃなかった。


「……あのさ冽。今日は、そういうことじゃなくて、これの買い取りを――」

「そういうことなら、こっちこっち。ガレージにね、おじいちゃんと一緒に作った、特性コースがあるんだけどさ。まだ誰も突破できていないんだよ?」


「へぇ、そりゃ楽しみ――じゃなくて!」

「こっちだよ、轟ちゃん」


 段ボールを両手に抱えているから、身動きがとれないのを良いことに、腕を絡ませてくる。もともと華奢なタイプだったけれど――あれ? こいつって、こんなに胸があったっけ――じゃない!


(お前、人妻だろ?)


 思考がパニックになっている間、冽にグイグイとガレージに引っ張られていく俺だった。





■■■





「なに、これ?」


 目が点になるって、こういうことだ。冽とじいちゃんの自作のコースって、これ極悪すぎないか?


 うねうねと回るコース。ミニミニ四駆はこのコースに沿って走るように、車体前後に装備されたベアリングローラーが重要だ。このローラーも交換・改造する。


 そして何より、モーター、乾電池、車体。軽量化するか、重心をおくか。さらには、高速化させるか、ミニミニ四駆ライダー達の腕が問われる。


 が――。

 このコースはひどい。


 二カ所、難所がある。

 一つは、S字状の連続、急カーブ。加速モデルでは、あっという間にコースアウトしてしまう。


 もう一つは、急勾配の上り坂に、タイヤが空回りしやすいよう、オイル塗装仕様。こちらは馬力がないと、登ることができない。案の定、加速化モデルだった俺のマシンは、坂は登り切るが、急カーブ地獄でコースアウト。こんなの無理ゲーだった。


「おい、冽……お前!」

「ふふん。困難なコースだからって、轟ちゃんはすぐに諦めちゃうのかい?」


 ニヤッと笑う、冽の顔が腹正しい。

 俺は段ボールから、かつての相棒マシンたちを漁る。自分でも、スイッチが入ったことを


「絶対、こんなふざけたコース、クリアしてやるよ!」

「ふふっ。轟ちゃんの挑戦状、確かに受け取ったよ」


 冽が、本当に楽しそうに笑う。

 アイツは人妻――人妻だから。そう思うのに、妙に近い距離感い、安堵している自分がいた。






■■■






 ――そして、5時間。


 田村麻呂たむらまろ模型店の最新の部品を使って良いと言われ。新型の車体シヤーシーも挑戦してみた。でも、どうもしっくり来ないのだ。案の定、コースアウトしてしまう。


 と、段ボールの底に眠っていた、一台に目を向ける。

 冽と、一緒にチューニングした愛機。


 俺はこいつを取り出す。


 レースでは、自分の愛機を――そう思って封印して、結局は使わなかったヤツだった。冽と轟の名前。それが相合い傘で描かれていたから、使いたくなかったというのもある。


今風に言えば、いたしや。でも、ココには2人しかいない。黒歴史の共有くらい、許し得もらえるだろう。

 そう思って。


 車体シヤーシーに手をのばした――。






■■■







「轟ちゃん、本当に覚悟は良いんだよね?」


 一台の車体に、2人の手がミニミニ四駆を支える。見れば、周囲には部品が散乱して。俺達はいったい、何をやっているんだろう?


「覚悟も何もないだろ? 俺達の【アフロディテ】が後は駆けるだけだから。だって、俺達の闘志スピリツトはもう注いだんだからさ」


 愛の女神アフロディテとは、ひどいネーミングセンス他。命名、冽。真顔で言う俺も大概、おかしい。


「そうだね」


 ふふふ、と冽は笑う。


「ねぇ、轟ちゃん?」

「ん?」


「もし、ゴールできたら。轟ちゃんの気持ちを聞かせて欲しいなぁ」

「は?」


「轟ちゃんは、高校の時さ。私のことをどう思っていたのか、それが聞きたいよ」


 ずきん。

 胸が痛い。


 逆に聞きたい。

 お前は俺のこと、どう思っていたんだよ?










 ピン――シグナルが鳴る。

 ここまで、再現するなんて冽、お前って……


(凝り性なの変わってないよな!)

 それが嬉しくもあり、少し寂しくもあり。ほろ苦い感情が、胸を突き刺していく。


 ピン。

 二回目のシグナル。


 ロケットスタートを決めろ。

 絶妙の力加減で。車体が滑り出す子を意識して。


「轟ちゃん、私はね。ずっと轟ちゃんのこと、好きだったの。今でも好きなんだよ?」



 ピン。

 三回目のシグナル音。

 重なった、2人の手が離れて。


 ――シャーッ。

 心地良いモーター音と。滑るように、タイヤは回転して。翔ぶように、走り出す。


 ズキズキ、胸が傷む。

 難しいことはどうでも良い。


 レースと一緒だ。

 一度、走り出したら、もう戻れない。


 だから、闘魂スピリツトこめろよ?

 ミニミニ四駆ライダーは、そう言ったじゃないか?


 連続S字カーブを抜けて。

 そして、悪魔の上り坂へ。

 オイルをものともせず、駆け上がっていく。冽の足回りのチューンアップは流石だった。





「「いっけぇぇぇぇぇっっ!!」」


 冽と手を握り合う。


 冽が人妻だということも、すっかり忘れて。


 俺達は、小学生ガキに戻ったかのように――恥も外聞もなく。

 あらん限りの声が、ガレージ内に響き渡った。




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