陰キャが変わるまで。
猫野 ジム
第1話 陰キャは変わる
学校のスタートはいつも気が重い。僕がどれだけ願おうとも必ずやって来る。
友達に会いたいから新学期が楽しみだという人もいるだろう。
だが僕は違う。僕は陰キャなんだ。陰気なキャラクター、略して陰キャだと世の中では分類されている。
光があれば影がある。影だって世の中には必要だ。カッコいいとされる陰陽師にだって陰という文字が入っているじゃないか。
そんな僕にも転機がやって来た。高校入学だ。高校なら今までの僕を知っている人は少なくなるはず。そこで心機一転、陰キャからの脱却を図ろう。
僕はそう息巻いていたんだけど、入学式の日を含めて三日間、風邪を引いて学校を休むというミラクルを起こしてしまった。
ようやく登校できるようになると、すでにそれぞれ気が合う人達でいくつものグループができあがっていた。すでにできあがっているコミュニティに入っていくのは僕には敷居が高い。
だけど三日遅れの初登校だということが良い方向に作用したのか、僕を見かけて話しかけてくれる男子が何人かいた。
そこで気の利いた対応ができればよかったんだけど、話しかけてくれた人はみんな作ったような笑顔を浮かべて元のグループに戻っていった。
どうやらグループメンバーに落選したらしい。なんだか申し訳ない。
そんな僕のメガネ越しに飛び込んできたのは中学からの親友二人の姿だった。同じ高校なのは知っていたけど、同じクラスになれたのはラッキーだ。
僕と性格が似ていてゲームや漫画といった趣味が同じなので、この二人と打ち解けるのはもの凄く早かったことを今でもよく覚えている。
僕たち三人は「よう!」とそれぞれ小さく手を挙げて挨拶をした。
「お前、初日から風邪とはツイてなかったな」
「徹夜でゲームしたのが良くなかったらしい」
「徹夜でゲームとか、高校生になっても相変わらずだな」
「ほっとけ」
やってることは中学の時と変わっていない。別にイジメられていたわけでもないし、僕は楽しいと思うからこれでいいんだ。
そんな感じで人脈が広がらない一学期を過ごしたせいなのか、クラスでは地味メンズとして定着したみたいだ。
夏休みで一ヶ月休みだなんて、僕が社会人で金持ちなら日本一周ひとり旅行に出ていたに違いない。
でも高校一年生の僕は、ひたすら家で趣味に興じ、たまに親友二人と遊んだり家族で出かけたりといった夏休みだった。
九月が終わろうかという頃、忘れ物を取りに校舎へ向かうと、微かに耳に入ってくる音がある。好奇心から音のする方へ行くとそこは軽音楽部の部室だった。
演奏中の曲は誰もが知ってるであろうバンドの名曲だが、何かが足りない。あれこれ考えるうちに演奏が終わったようだ。
すると不意に扉が開いて誰かが出てきたので目を向ける。そこには学校で一番のイケメンと言われる三年生がいた。
女子からはもちろんのこと、男子からも人気なんだとか。一年生の僕ですら知っている、学校の有名人だ。
「一年生? 何か用かな」
声までイケメンだった。さっきの演奏で気になったことがあったけど、自分から聞く勇気は無いから忘れようと思っていた。
けどこれも何かの縁と考え、僕は思い切って質問をすることにした。
「実はさっきの演奏で気になったことがありまして——」
そう言った僕の声は見事にうわずっていた。
十月、今僕は体育館の舞台袖に居る。今日は文化祭だ。
先月たまたま耳にした軽音楽部の演奏について、三年生のイケメン先輩に「リードギターはいないんですか?」と質問したところ、リードギター担当の三年生がケガをしてしまったため、文化祭での演奏曲を変更しようか協議中という答えが返ってきた。
ギターは僕の趣味の一つで、休みの日が暇だからという理由で中学生の頃から続けている。
それが夏休み中にたまたま練習した曲だったので、少し自慢げに「僕、弾けます」と思わず言ってしまった。せっかく練習したんだから聴いてもらいたいという欲が後押ししたのかもしれない。
でもまさか本当に文化祭で弾くことになろうとは。バレたくない僕は変装のつもりで目にかかるほど長かった髪を切り、当日はメガネを外して1Dayコンタクトレンズを付けた。
いよいよ本番。今僕は震えている。人前で弾くのは初めてだ。早く弾きたい。
舞台の幕が上がり直後に大歓声も上がる。イケメン先輩達の人気の高さがうかがえた。
大歓声に混ざって「あれは誰?」といった声がチラホラ聞こえるが、僕の完璧な変装のおかげでクラスメイトでも僕だと分からないだろう。
そして演奏が始まった。イケメン先輩が歌い出すと体育館はライブ会場と化した。
サビに近づくにつれ会場のテンションは最高潮に! 揺れる会場! 湧き上がる熱気! 僕は無我夢中で指を動かしていた。
全ての曲が終わった。僕は立派に代わりを務められただろうか? いい経験になった。さあ帰っていつもの日常に戻ろうと思ったら、イケメン先輩がマイクで話し始めた。
「みんな今日はありがとう! 最後にメンバー紹介!」
(え? メンバー紹介? 僕だとバレる!)
ステージに上がっておいて目立ちたくないなんて、矛盾以外に表現ができるのだろうか。
そして僕の名前が呼ばれてしまった。観客から拍手を送られた。嬉しい。
でもなんだか一部が騒がしい。見覚えのある人達が、「マジか!」「あいつあの先輩と知り合いなのか」「意外とカッコいい?」などと言っていた。
文化祭が終わりいつもの日常に戻るのかと思ってたけど、男子女子問わずなんだかやたら話しかけられた。
男子からは音楽やイケメン先輩との繋がりなどを聞かれ、女子からはずっと文化祭の時の姿でいればいいのに、とかイケメン先輩のことなどを聞かれた。
改めてクラスメイトと話してみると、意外な人と趣味が同じだったり、女子にも気が合う人がいたりと新鮮だった。
もっと自分から話しかけてみても良かったんだと痛感した。
その日から、思ってもみなかった光る日常が始まった。
文化祭が終わってもイケメン先輩達との交流は続き、軽音楽部に入部して一緒に演奏会にも参加するようになったこともあってか、校内での僕の知名度が上がっていった。
今ではクラスメイトと普通に話せるようになり、男女ともに友達が一気に増えた。親友二人も僕以外のクラスメイトともよく話すようになって嬉しい。
何がきっかけで人生が好転するかは分からない。
そして僕は二年生になり、イケメン先輩達は卒業した。文化祭の時のバンドメンバーだった新三年生がイケメン先輩の後継者になり、今年の文化祭のライブも大盛況だった。
さらに月日は流れ僕は三年生になった。その頃には僕にもかつてのイケメン先輩と同じ愛称がついていた。「学校のスター」と。
陰キャが変わるまで。 猫野 ジム @nekonojimu
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