私と彼の再スタート〜ケンカ別れをしたあとは、異世界転生しまして〜

白千ロク

言葉って意外と大事です

 売り言葉に買い言葉。最後はケンカ別れをしてしまったけれども、こちらだって残業で疲れていたんだよ。早く帰って来られたなら、部屋の掃除ぐらいてめえでやれや。家事の配分は半々だろうが。晩御飯はありがとうございますだけど! そこは感謝しかありません。


 ありませんがね、付き合って六年、同棲を始めてから三年半も経ってしまうと、思い遣りの心は少なくなるのかね。いやね、私も自分のことでいっぱいいっぱいだけどさ、一緒に暮らしているのなら優しさは持ちたいですわ。そうは思っていても、忙しさに振り回されていると日にちを追うごとに無理ゲー感が高くなるが。誰だよ、愛は偉大だと言った人間やつは。愛でもってしても、忙しさは消えんのだよ! 消してほしいわバカヤロー! うぅんっ、ゲフンゲフン、失礼。一部言葉遣いが汚かったね。


 それでも、ケンカ別れのままは嫌だから、後を追ったんだけど、ふたりまとめて落ちた。落ちてしまったんだよ、歩道橋から。ちょうど階段を登っているところで、触るなと言われながら強く腕を振り払われてしまっては、バランスを崩すしかない。とっさに相手の腕を掴んだのは反射であって、なにも悪気があったわけではありませんから!


 気がついたら知らない場所にいたんだけども、違和感は一瞬で消えた。なぜなら、私は私だと実感したからだ。この手の話によくある寝ていたわけではなく、姿見の前にいる。神様か女神様かのいたずらか恩恵かは解らないが、いまの私は十二、三歳の少女らしい。見た目から判断すると。寝間着やヒラヒラドレス姿ではなく、ブレザーの制服っぽい服を着ているようだった。動きやすさを考えれば、着慣れないドレスよりはこちらの方がいい。


 着ているものの質から答えを導き出すと、どうやらこの子――私はよいところの家の者なんだろう。金色の長い髪に飴色の瞳を持っているようであり、前世の私よりも胸が大きいと見た。は? 発育よすぎでないでしょうか?


 悔しさにギリギリと奥歯を噛み締めたその時、ドアが開いたような音が響く。誰か来たのかと顔を向けると、この世のものとは思えないような美しすぎる尊顔を持つ者がいた。姿勢よく。


 陽の光を浴びて輝く深い青色をした髪はどこか神秘的で、同じ色の瞳もお高い宝石のような美しさが垣間見える。騎士服だろうか? を着ていても線が細い印象を与えるが、顔にすべてを持っていかれてしまうので、最終的には印象などどうでもよくなってしまう。イケメンすぎて見るのがつらい。眩しすぎる。


「お前もいたんかい」


 くそ。声もイケメンボイスとは! しかし、私は騙されないぞと気を取り直すと、「ふたりして生まれ変わるとはなー」という言葉が降り注いだ。


 そのまま聞くによると、私は侯爵令嬢で、彼は侯爵家を守る家に生まれたらしい。突如として前世の記憶が蘇ったのか、はたまた神様か女神様かの計らいによりこの姿にされたのかは解らないようだが、彼もまた自分は自分だと認識しているようだった。またもや同い年だとも言うが、フェロモンダダ漏れがなにを言うのか。前世でも顔がよかったというのに、今世でもイケメンすぎるとか、神様か女神様かは彼を優遇しすぎている。母の妹の子供という『いとこの関係』でなかったなら、出会うことは難しいほどの男であったというのに、さらにハードルを上げてきましたか。ケンカをしたままだからか、また余計に気まずいのがなんとも言えないな……。雰囲気だって悪いし。


「なに? なにか言いたいことがあんの?」


 どうしたものかと視線を彷徨わせていると、彼は目を細めた。面白いものを見つけたとでも言いたげに。


 私としてはなにも面白くはないけれども、言わなければいけないことはきちんと言わないといけない。心の中に留めておくだけではなにも伝わらないし、長引けば長引くほど謝りにくくなる――言いにくくなるのは経験済みなのだ。それでも彼は許してくれた。しょうがねーなと苦笑して。


 ひどい言い合いの応酬になってしまったのは、残業続きだったからだと思う。いやまあ、繁忙期だし、忙しいのは仕方がないといえば仕方がないんだけども、お互いに思考回路がおかしかったからなんだ。


 言い合いになったとしても、いつもならちゃんと線引ができているんだから。


「さっきはごめん!」

「さっきって?」

「ケンカしたじゃん? でもケンカ別れは嫌だったから、謝ろうと思ったの! なんかよく解らないことになっちゃったけどさ!」

「別にもう謝る必要なんかなくね?」

「なんでそんなこと言うかな!?」


 謝ったのに、なんという言葉だろうか。睨みつけると、近づかれてわしゃわしゃと頭を撫でられた。なっ、なな、と固まると、彼は「そう怒るなって」と困ったような顔になる。久々に見たな、その顔。


「俺も反省したし、悪かったと思ってるってことだよ。残業続きでお互いに疲れてたわけだ。それに尽きる」


 うんうんとひとり頷いて納得する男は、また私の頭を撫でる。頭一つ分は身長差が軽くあるからか、どうにも上目遣いしかならないが、怒っていないのならよかった。美形の怒った顔は威力しかないからね。


「あー、あと言葉が足りないところも気をつけないといけないな。お互いにさ。ならやることは決まってるわな。――ここからまた始めようか、お嬢様?」

「――っ、バカ! 私は騙されないんだからっ!」


 悔し紛れにそう吐き出すと、「お嬢様は口が悪いな」なんて返ってきた。


 誰も騙してないんだけどと苦笑する彼は、世界一の人である。私にとって、彼は替えがきかない存在なのだから。惚れた弱みはずっと続くんだよ。


 たまにはケンカもするけども。




(おわり)

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私と彼の再スタート〜ケンカ別れをしたあとは、異世界転生しまして〜 白千ロク @kuro_bun

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