スタートボタン
近藤銀竹
スタートボタン
その神社では、不思議なおみくじが売られているらしい。
紙面には何も書かれていない。
白紙のおみくじに願い事を書くと、運勢が浮き出てくる。
そこには他に、願いを叶えるための開運行動が書かれており、それを満たすと体の何処かに『スタートボタン』が現れ、願いが叶うという。ボタンといっても、急に体からぼこっと現れるわけではなく、ツボのように体の一部分を押す、という行動が開運スタートのきっかけになっているらしい。
らしい――
つまりそれは噂。
都市伝説の類で、実際にはそんな神社もおみくじも、見たこともなければ見た人に出会ったこともなかった。
なかった――
のだが。
私の目の前には今まで見たこともなかった神社が。
ここは通学路。見逃すはずはない。そしてこの古さ。昨夜突貫工事でできたものではない。
つまりこれは――
私の願いが叶う!
私は早速、鳥居に一礼すると社へと向かう。大して信心深くない私でも、その程度のことはする。
社には賽銭箱、鈴、鈴緒と、一般的なセットが揃っていた。格子戸の奥は暗がりになっているが、かろうじて丸い鏡だけは確認できた。賽銭箱の横には、噂のおみくじ箱が鎮座している。
私は賽銭を納めて手を合わせると、早速白紙のおみくじを取り出し、『志望校合格』と鉛筆を走らせる。
今までいろんなことに気を散らし続け、成績は低空飛行、おまけに重度の飽き性……努力が続いたためしがない。そんな私に転がり込んだ幸運。逃がす理由にはいかない。
不思議なことに、鉛筆の線は徐々に薄くなり、消えていった。代わりに現れた、運勢。
『末吉』
おおっと。厳しいのが来た。
それほど私の願いは叶えるのが難しいってことか。
どんなハードな開運行動が課されるのか……
待つこと数秒。黒く浮き出る開運行動のお告げ。
『→↘↓↙←→+A・A・A・B・B・C・C・D・D・↓↙←+C』
「え……と、何だこれ?」
矢印とアルファベットの羅列だ。
何をしろと?
まずはこの文字列があらわすものを解明しないと。
家に帰ると、早速紙に文字列を写し取った。
矢印の通りにペンを走らせる。が、別に何かの文字や記号を表しているわけではなかった。
矢印のと通りに部屋を歩いてみる。別に何も起こらない。
うーん、なんだろう……
明日、学校で友達に聞いてみることにしよう。
次の日、既に神社は消え去っていた。
私は友達に片っぱしから聞いて回る。
「んー、ダンスの……ステップかな」
「矢印は道順じゃないかな。アルファベットは……階層とか? 新宿駅……いや、いつもの駅を出て左はどうだろう。ほら、京王からJRに向かうところ」
要領を得ない。
とりあえず踊ってみたが、何も起らなかった。
学校帰りに矢印の通りに交差点を曲がってみたが、やはり何も起こらなかった。
塾で仮眠を取って帰宅する。
いつも帰りが遅い両親だったが、今日は私も遅いので一緒の夕食だ。
父も母もお硬い役人で、都市伝説の神社の話なんてしたって信じてはくれないだろうから、勿論不思議なおみくじの話もしていない。
でも……ダメ元で聞いてみよう。
私は二人に紙切れを見せる。
「あのさ……こういう矢印の羅列に見覚えはない?」
どうせ「それより勉強はどうだ?」って即答される。そう思っていたのに、両親はその記号を見て眉根を寄せて考え込み始めた。
「逆ヨガ前……いや、逆覇王からコンボ入力の可能性も……?」
「ヘヴンリーリッジじゃない?」
「それだ」
ふたりで謎の言葉を飛び交わせ、納得する父と母。
「なにふたりで盛り上がってるの?」
「これは……格ゲーだよ」
「かくげー?」
初めて聞く単語に戸惑うと、母がフフッと笑った。
「格闘ゲーム。昔、ゲームセンターで流行っていたのよ。これは必殺技のコマンド……技を使うための手順ね。一番有名なゲームのコマンドで手順を説明するの」
「そんなところ、行ったことあるの?」
私が目を丸くしていると、父と母は目配せを交わした。
「行ったも何も……」
「父さんと母さんは、ゲームセンターで知り合った」
「はあ?」
意外だ。
まさかお硬い父と母の出会いがゲーセンとは。
「技を出すのが難しくてね」
「父さんは早々諦めたんだけど、母さんが本当に上手だった」
「父さんはそれに惚れたのよね?」
「いやいや、それだけじゃあないぞ」
はいはいお熱いことで。
それ以来、父と母がのめり込んでいたゲームを探し続けた。
何せ、親が若い頃のゲームだ。そう簡単には見つからないだろう。でも諦めるわけにはいかない。受験が架かってるんだから。
ようやく、レトロゲーム専門店でそのゲームとの出会いを果たした。そこはレトロゲーム専門のアーケードゲームコーナーと、基盤コーナー、家庭用ゲームコーナーとに分かれていた。
アーケードゲームコーナーにあった格闘ゲームにコインを入れ、早速プレイしてみる。
結論から言うと、母が使っていたマフィアボスのキャラクターは操作が難しく、勝ち進むのも大変な苦労だった。
何度もプレイし、メモのコマンド入力を試すが、何も起こらない。
「うまくいかないなー」
コインをじゃぶじゃぶと吸わせて何度も練習したが、だめだった。
頑張れ、私。
受験がかかってるぞ。
でも、お金のことだけはどうしようもない。
これは……家庭用ゲーム機に移植されたもので練習したほうが経済的だ。
私は早速古いゲーム機と格闘ゲームのソフトを買うと、家でひたすら練習を続けた。
練習を始めて三ヶ月。
両親は混乱していたようだ。
「高三なのに、毎日ゲームをやり込んでいて、大丈夫なのかしら」
「急に受験勉強もやめて、諦めたのか?」
「でも……こんなに長くひとつのことに集中できたの、初めてじゃないかしら」
「放っておくしか……ないか。こいつが決めたことだ」
「そうね……ああっ、そこの目押しのタイミングが早すぎる」
「言うこと、そこ……?」
盆明け。
例のゲーセン。
格闘ゲームの前に、コインを握り締めて立つ。
コントローラを三個壊すほど練習して、私はいま、ここにいる。
コイン投入。
キャラクター選択。
ゲーム開始。
全ての敵を必殺技『ヘヴンリーリッジ』だけで倒していく。
エンディング。
…………。
クリアした。
コマンドは完璧に入力できるようになった。
母の、完璧なコマンド入力。
父の、あらゆる姿勢からの必殺技発動。
そしてマメができても繰り返した特訓の日々。
「やった……熱っ?」
達成感に脱力する私の腕に、灼熱感が。
慌ててそこを見る。特に腫れたり赤くなったりしてはいない。
直後、肌に文字が浮かび上がった。
『スキル:助言への傾聴を得た』
『スキル:絶え間ない努力を得た』
『OK:○』
文末あたりの皮膚に丸い印が現れる。
これは……『スタートボタン』だ。
「……………………!」
急に体幹に電気が走った。
私……志望校合格の力を……得たかも知れない。
そうか。
私、わかんないときは聞けばよかったんだ。
私、こんなに長い間、努力を続けられるんだ。
入試まであと半年しかないけど。
辛くて笑えないかもしれないけど。
目指す大学のためなら、やり続けられる。
おみくじはチートを授けてはくれなかったけど。
目標だけを見て積み上げる力をくれた。
そして来年、大学生になったら――
思う存分、格闘ゲームだ!
【了】
スタートボタン 近藤銀竹 @-459fahrenheit
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます