ドアの向こう側【漆】

「愛結島琉之輔さん」

渕上さんは愛結島琉之輔を呼んだ。


「何故、吾輩の名前を知ってる!?」

愛結島琉之輔は、起き上がると不審な目で渕上さんを見た。


「ここは愛結島琉之輔商店でしょう」


愛結島琉之輔は、少し考えると、いや少し考える必要なんてあるか?

「ふむ名推理だ」

この程度で推理と言えるのか?

「吾輩の名前に辿り着いたのは君が初めてだ」

と適当な事を言った。

適当に褒められて、渕上さんはちょっと上機嫌になった。


この位で上機嫌になるんだ!

「愛結島琉之輔さん、パラレルワールドの件ですが、話して貰えます?」

渕上さんが調子に乗って探偵モードの入ってしまった。

こんなキャラだったんだ。


愛結島琉之輔は、沈黙した。


「良いんですか?あの件を公開しても?」

あの件って何だろう?はったりぽいが。

そう言えば昔、渕上さんに『上手く生きて行くにははったりも必要だよ』と言われた事があった。


「待ってくれ、その件だけは・・・」

あまり賢そうには見えない愛結島琉之輔は、簡単に罠にはまった。


こんなに簡単に罠にはまって、よく店を構えていられる。

心配になるわ。


「話して頂けますね?」

言うと、渕上さんは愛結島琉之輔を見つめた。


「確かに吾輩は、パラレルワール間を行き来する術を知っている」

と問い詰めた渕上さんだったが、その言葉には驚いた。

「君たち・・そこの少年を元に世界に戻す術もある」

「元の世界?」

と渕上さんは呟くと僕を見つめ、

しょうくんがいた世界って、どんな世界?」

「氷河期が訪れない平和な世界。僕はここに来る前、真夏の少年自然の家で合宿をしていた」

「真夏の平和な世界」


そう言う渕上さんの目を見て決心した。

「一緒に行かない?」

「一緒に・・・こちらの世界のあたしの家族が心配するかも?」


また四つ目のマグカップ内の液体が減り、僕と渕上さんは愛結島琉之輔を見た。


「その点は問題ない。幾つかのパターンがある。そもそもこの世界の君が存在しなかった世界。もしくは君に似た何かが代行する。正確には解らないが、まあ何とかなるらしい」


と愛結島琉之輔は答えたが、渕上さんがこちらの世界に残りそうな気がして、渕上さんの手を握った。


「ところで君たちは代金は持っているんだろうな?」

「「代金」」

「ここは愛結島琉之輔商店だぜ。商店。商いとしてやってるんだ」

「「御幾らぐらい?」」

「2人だと金貨2枚」


この社会が崩壊した氷河期の世界で、どうやって金貨を手に入れられるのか?

ネットの類は、すでに使用不能だ。


「ないのか?」

「「ない」」

「働いて稼ぐって手もあるが」

「「働く」」

「ちょうど良い仕事が空いた」


僕らは愛結島琉之輔商店の中庭に案内された。

そこにはボンネットバスが停めてあった。


「パラレルワールド間を移動可能なボンネットバスだ。この運転手とバスガイドを募集していた所だ」

愛結島琉之輔はそう告げた。


僕と渕上さんは、ボンネットバスの中を案内された。

路線バスと言うより、キャンピングカーの様な造りだ。


「乗るかい?」

「うん」

「渕上さん、答えるの早!」

渕上さんは即答し、その早さに僕は驚いた。

「もうちょっと考えようよ」

「面白そうじゃない」

「そうなの・・・」


渕上さんの直感は大体正しい。


こうして僕らは、パラレルワールド間を移動可能なボンネットバスで、働く事になった。



ドアの向こう側編 完




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愛結島琉之輔商店 ~パラレルワールドで迷った時は~ 五木史人 @ituki-siso

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