第4話 ノブレス・オブリージュ
「ん?」
体育の授業が終わったあと教室に戻ると、メッセージの着信があった。
三津山: マンションの合鍵、机に入れておきました
「は?」
手探りで机の中を調べると、確かに鍵が入っていた。
三津山はこちらをちらっと見て、小さく親指を立てて合図してくる。
って、なに考えてんだよ、あいつ。
「よう、蒼斗」
「ふひゃああっ!」
いきなり肩を叩かれ、変な声が出てしまった。
「ど、どうしたんだよ?」
「駿か。脅かすなよ」
「なんか今日の蒼斗、変だぞ?」
「別に普通だ」
「そうか? なんか落ち込んでるように見えるけど」
さすがは小学校からの親友である。
俺は慌てて作り笑顔でごまかす。
「疲れてるだけだ」
「それならいいけど。なにかあったら相談しろよ?」
「ああ。ありがと」
まさか親が借金作って逃亡し、泊まる家もないとは言えない。
駿の家は両親と兄妹三人のアパート暮らしで自分の部屋もないとぼやいている。
とてもじゃないが泊めてもらうわけにはいかなかった。
──放課後。
三津山の家に戻ると、既に彼女は帰宅していた。
「積田くん、おかえりなさーい」
「ただいま……じゃなくてお邪魔します」
三津山は今日もジャージに着替えてメガネを掛けている。
やはり学校で見る美少女と同一人物には見えない。
まあもちろんよく見れば分かるんだが。
ジャージの袖はぴったりのようだが、胸元は窮屈そうに盛り上がっていた。
「色々と世話になったな。ありがとう。荷物を取ったらすぐに出ていくから」
寝室にあったはずの俺の荷物が消えていた。
「あれ?」
「ふふふ。荷物なら隠しておきました。お着替え用のパンツすらない状況ですよ」
煎餅を噛りながら三津山が笑う。
学校での清楚など微塵もない姿だ。
「ふざけんなって。早く返してくれ」
「この家を出ていってどこに泊まるつもりですか? 行く当てはあるんですか?」
三津山は真面目な顔になり、心配そうに聞いてくる。
「それは、まあ……どこかあるだろ。ネカフェとか」
「どうやって? お金もないんですよね?」
「それは……なんとかする」
「高校生は金融機関からお金貸してもらえませんよ? 働くといってもすぐ見つかりませんし」
間髪入れずに詰められ、言葉に詰まる。
「取り敢えず落ち着くまでここで暮らしたらいいじゃないですか。部屋もあるんですし」
「そこまで甘えるわけにはいかない」
「私にも利益はあるんです。だって栄養があって美味しいご飯が食べられますし」
気を使ってなのか、本心なのか分からないが、そんなことを言ってくれる。
不覚にもちょっとうれしい。
「悪いけどいつも料理を作るのは無理だ。これからは生活費を稼ぐためにバイトもしないといけないからな」
「うちの学校はバイト禁止のはずですが」
それは俺も知っている。
そのためこれまではバイトをしていなかった。
「事情が事情なんだから仕方ないだろ」
「あ、それならうちでバイトして下さい!」
「は?」
「お料理をしたり、お掃除をしたり、お洗濯をしたり。大した額は出せませんが住み込みですし、家賃や光熱費、食費を浮かせますよ!」
「いやいやいや……流石にそれは」
「お願いします。私、家事が本当に駄目で、困っていたんです」
三津山は両手を合わせ、拝むような姿勢をしていた。
俺に気を遣わせないよう、三津山がお願いするというかたちを取ってくれているのだろう。
ポンコツの割に、意外と気を使ってくれる
確かに食費や家賃がかからないのはありがたい。
しかしそこまで三津山に甘えてしまってもいいものなのだろうか?
「うーん……」
「それに男性がうちにいてくれたら、防犯の面でも安心ですし」
外からやって来る不審者よりも、招き入れた男が襲いかかってくる心配をしないのだろうか、この子は……
まあ俺はもちろんそんなことしないけど。
「ありがたい話ではあるけど、やっぱり同級生から給料をもらうっていうのはちょっと……それにそのお金はそもそも親のお金なんだろ? 受け取れない」
「それなら心配ありません。お金は私が稼いだものですから」
「へ? 三津山、働いてるの?」
「実は私、同人誌を書いてまして。即売会や通販でそれなりに稼ぎがありますんで」
「三津山が同人誌販売っ!? 同人誌ってマンガを描いて本にするアレのことか?」
「はい」
衝撃の告白に度肝を抜かれた。
「ですので金銭的なことは心配していただかなくても大丈夫です。家事をしてくれて、あとたまに絵のモデルになっていただければ、お給料をお渡しいたします」
待て待て待て。
昨日からとんでもない話の連続で、思考が全く追いついていかないんだけど……
「……一つだけ聞きたいんだけど」
「はい。なんでもどうぞ。あ、同人誌の内容に関する質問以外ならば」
三津山は急に顔を赤らめて視線を逸らす。
「なんで俺なんかにそこまでしてくれるんだ?」
「それはもちろん積田くんが困っているからです」
三津山は当たり前という顔で俺を見た。
「『困っている人を助けなさい』というのが父の教えです。それが三津山家のものの義務だと教わって育てられました」
淀みなくそう言った瞬間だけ、急に凛とした顔立ちになった。
「困っている奴なんて、俺の他にも大勢いるだろ」
幼い頃からイカれた親に育てられた俺は、基本的に他人の優しさや親切を素直に受け取れない人間になっていた。
正直この三津山の親切も、何が裏があるのではないかと勘繰ってしまう。
自分でも嫌な性格だと思うが、染み込んでしまったものはどうしようもない。
「そうかもしれませんが、私は積田くんが困っているところを目撃しました。目の前で困っている人がいるなら助けなければなりません。もちろん他にも理由はありますが」
「他の理由?」
「ま、まあいいじゃないですか! とにかく落ち着くまではうちで過ごして下さい」
世話になりすぎるのも気が引けるが、三津山が言う通り俺には行くところがない。
「じゃあ少しの間、世話になります」
「はい! こちらこそよろしくお願いします」
三津山はペコっと頭を下げた瞬間、ぐぅーっとお腹を鳴らした。
「じゃあ取り敢えず夕飯作るか!」
世話になるなら、せめて役に立とう。
俺は腕まくりをして台所に向かった。
「やった! 今日はなにかなー!」
三津山は嬉しそうに笑った。
学校で見るのと違い、口元を手で抑えず、きれいな白い歯を見せて笑っていた。
いったいどちらが本当の三津山の顔なんだろう。
次の更新予定
人生詰んだ俺がクラスのアイドルに拾われたんだが、思っていたのとなんか違う件 鹿ノ倉いるか @kanokura
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